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第273話 程よい緊張感とアクシデント

 ——大晦日。

 世間ではゆっくりとした今年最後の一日を過ごす人も多いであろうその日に、咲麗(しょうれい)高校は選手権二回戦、彼らにとっては今大会の初戦を戦っていた。


 全員がいい動きをしていたが、際立ってキレを感じられたのは誠治(せいじ)だ。

 冬美(ふゆみ)との交際がエネルギーをもたらしているのは間違いないだろう。


 ただ、それだけではない。(まこと)の存在も大きかった。

 味方を使うことを覚えた彼は、誠治の調子がいいことをいち早く察したのだろう。多少強引にでも、二年生エースストライカーにボールを集めていた。


 相手はプリンス一部リーグに所属する高校だ。下馬評は咲麗のほうが高かった。

 多くの者の予想に違わず、立ち上がりから咲麗がボールを支配する展開となった。


 試合の均衡が崩れたのは、前半十分が過ぎたころだった。

 ハーフラインでボールを受けた真が、トラップで前を向いた。ドリブルを開始すると三人を次々と抜き去り、シュートの体勢に入った。


「まずい、撃たれるぞ!」

「コースを塞げ!」


 相手守備陣が真のシュートを警戒した時点で、勝負は決まっていた。

 必死にブロックしようとする彼らを嘲笑うように、真は頭上を超えるような浮き球のパスを出した。反応できたのは誠治だけだった。


「フェイク……!」

「しまった!」

「ナイスパス、真さん!」


 相手の選手たちが焦りの表情を浮かべる中、誠治が冷静にキーパーとの一対一を制して、咲麗高校が先手を取った。


「「「うおおおお!」」」

「先取点は咲麗だ!」

西宮(にしみや)があの局面でパスだと⁉︎」

「あいつが味方を使うようになったら、いよいよ咲麗の攻撃は止められねーぞ!」


 観客は、真の完璧なお膳立てに興奮しているようだ。

 誠治のシュートも見事だったが、今のゴールは九割がた真のものと言っても過言ではないだろう。


「ふゆみん先輩っ、やりましたね!」

「な、なんで私だけに言うのよ!」


 香奈(かな)にバシバシと肩を叩かれ、冬美は赤面した。

 あからさますぎるその初々しい反応に、ベンチでは温かい笑いが起こった。


「え〜、だって(かがり)先輩が決めたんですもん。嬉しくないんですか?」

「も、もちろん嬉しいけれど……それはあくまで、チームが先制したからよ」

「冬美ちゃん、別に悪いことじゃないんだから、彼氏の活躍は素直に喜んでいいのよ」


 耳元まで赤くなってうつむきながら、それでも言い訳めいた口調で小さく反論する冬美の肩を、マネージャー長である愛美(まなみ)が苦笑しながら叩いた。


「そうですよ、冬美先輩。誤魔化したところでバレてますし、むしろそれが正常なんですから、むしろどんどん大っぴらにしていきましょう!」

「あんたは大っぴらにしすぎだけどね」


 冬美にややズレたエールを送る香奈の額を、愛美が指で優しく突いた。

 彼女は(たくみ)にも目を向けて、


「あんたというよりあんたたちは、だけどね」

「僕はそんなことないと思いますけど」

「「「あるんだよ」」」


 すっとぼけた巧に対して、咲麗メンバーは一斉にツッコミを入れた。


「そんなことないよねぇ?」

「ねぇ?」


 巧と香奈は不服そうに顔を見合わせた。

 その白々しい態度に何人かが吹き出すが、そんなことはまるで気にしていないように、巧は真面目な口調で切り出した。


「やっぱり相手は西宮先輩を相当警戒しているようなので、今のようなシュートフェイクは有効ですね。それと今のパスのときに相手の右サイドバックが一番後ろに残ってディフェンスラインを下げていたので、水田先輩の個人技もどんどん使ってもいいかもしれません」

「相変わらず切り替え早いよな、お前」

「それが強豪チームの特徴ですから」

「うるせえよ」


 三年生の部員が巧の頭を叩いた。

 叩いたと言っても威力は強くない。あくまで添えた程度のものだ。


「ハッハッハ! 巧の指摘は相変わらず的を射ているな!」


 スローインの際に、京極が咲麗の右サイドバックである矢口(やぐち)に耳打ちをした。

 その後、伝言ゲーム式で他の選手にも指示が伝えられた。


 真を中心に攻めつつも、水田を積極的に使え——。

 京極が送ったその指示通りに攻撃を組み立てた咲麗は、その水田のクロスに誠治が頭で合わせ、リードを広げた。


「よしよしよし!」

「この時間帯での二点目はでかいぞ!」


 ベンチメンバー同士で、ハイタッチを交わす。

 それが一段落したころ、香奈が満面の笑みで巧に拳を差し出した。


「やりましたね!」

「うん」


 お互いの拳をコツンと合わせ、彼らは笑みを交わした。


「冬美ちゃん、あれくらいはやってもいいんだからね」

「っ……!」


 愛美の耳打ちに、冬美は自分と誠治が実際に拳を合わせている姿でも想像したのか、みるみる頬を赤らめた。


「や、やりませんよ」


 消え入るような声でつぶやいた彼女の頭を、愛美は苦笑しながら撫でた。




 二点を先行したこともあり、咲麗サイドには余裕が出てきた。

 しかし、ピッチの選手たちも油断せずに堅実なプレーに徹しているし、雑談を交わしているベンチも試合をおろそかにしているわけではなく、あくまで話題の中心は相手の弱点や今後の展開についてのものだった。


 程よい緊張感の中で戦えている初戦の滑り出しは、上々だったと言えるだろう。

 しかし、前半三十分が過ぎたころにアクシデントが発生した。


安藤(あんどう)!」

「大丈夫か⁉︎」


 真と武岡(たけおか)とともに中盤を形成していた三年生の安藤が、相手からのタックルを受けて地面に倒れ込んだ。

 トレーナーが状態を確認し、ベンチにバツ印を送った。プレー続行不能ということだ。


 イエローカードをもらった相手の選手は、担架で運ばれていく安藤を悲痛な表情で見送った。

 故意ではないのは明らかだったが、だからといって安藤の怪我が軽くなるわけではない。


「マジか……!」

「バランサーの安藤がいないのはキツイぞ」


 ベンチにも動揺が走る中、京極(きょうごく)の決断は早かった。


「——(まさる)、ペースを上げろ。出番だ」

「っ……は、はい!」


 広川(ひろかわ)内村(うちむら)がいなくなった現チームでは、中盤の四番手として優が指名されるのは予想外のことではなかった。

 他数名とともに軽いアップをしていた優自身も、安藤が怪我をしたときにもしやとは思っていた。


 しかし、実際に指名されると、途端にプレッシャーを感じた。

 自分に安藤の代わりが務まるだろうか。自分が出た瞬間に失点しないだろうか。そもそも自分は本当に全国の舞台にふさわしいのだろうか——。

 急ピッチで準備を進めつつも、マイナスの考えがぐるぐると脳内を巡った。


「——大丈夫ですよ、優君」


 優しい声とともに、パニックに陥りかけていた優の手のひらを温もりが包み込んだ。


「あかり……」

「大丈夫です」


 あかりは優の手を握り、励ますように微笑んだ。


「優君はこれまで本当に頑張ってきました。だからこそ、この場面で京極さんも優君を選んだんです。大丈夫。私もチームのみなさんも、優君のことを信じています。これまでの自分の努力と、仲間を信じましょう」


 あかりがベンチに目を向けた。

 悔しそうな表情を浮かべている者もいるが、懐疑的な視線は一つもなかった。

 誰しもが、優が出場することに納得していた。


「っ……」


 胸が熱くなると同時に、うるさかった脳内の声がスッと引いていく。


「……そうだな。色々考えすぎてたよ。サンキュー、あかり」

「お役に立てたなら何よりです」


 優が微笑みかけると、あかりがはにかむように笑った。

 頬は薄く色づき、目元は優しい弧を描いていた。それでいて、瞳には信頼という名の強い光が宿っていた。


「じゃ、いってくる」

「はい。頑張ってください」


 あかりとハイタッチを交わし、他の選手たちとも次々と手のひらを合わせてから、優は副審の元へ向かった。


『咲麗高校六番、安藤選手に変わりまして、十四番、百瀬選手が入ります——』


 アナウンスの声とともに、ピッチに足を踏み入れる。


(ついに全国の舞台に立ったんだ……!)


 感慨深くはあるが、体が硬くなったり視野が狭くなるようなことはなかった。

 右手のひらをじっと見つめる。その手でハイタッチを交わした相手はあかりのみだ。特別な熱が残っている気がした。


(大丈夫。俺ならできる)


 そう自分に言い聞かせ、優が手のひらを握りしめたそのとき、


「——百瀬」

「うす……えっ?」


 優は意外そうに目を見張った。

 声をかけてきたのはキャプテンの飛鳥でも、普段から話すことも多い水田でもなく、真だった。

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