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第270話 待たせてごめんなさい

 何を言われるのか——。

 疑問とほんの少しの期待を胸に、誠治(せいじ)久東(くとう)家のインターホンを押した。


 冬美(ふゆみ)の部屋に入るまでの間、会話はなかった。

 彼女はベッドの端にちょこんと腰を下ろした。


「……座りなさい」


 冬美が眉を下げながら視線だけで誠治を見上げ、自分の隣をぽんぽんと叩いた。どこか不安げな表情だった。


「お、おう」


 誠治は緊張したまま、そっと腰を下ろした。

 二人の間に微妙な距離が空いている。


 しばらく沈黙が続いた。

 冬美は何かを言おうとしては躊躇う様子を見せていたが、やがて意を決したように切り出した。


「誠治は……」

「おう?」

「誠治は、その、今でも私のことを、好きでいてくれているの?」

「へっ? そ、そりゃ、もちろん!」


 予想外の問いかけに一瞬面食らったが、誠治はすぐにうなずいた。


「好きだし、その、むしろお前以外見てないっつーか……」

「そ、そうっ……」


 小さくつぶやく冬美の頬は、誤魔化しようがないほど赤らんでいた。


「な、なあ冬美。もしかして……?」


 誠治が恐る恐る尋ねると、冬美はさらに真っ赤になりながら、消え入りそうな声で答えた。


「……えぇ」

「っ……!」


 誠治は息を呑んだ。

 冬美は顔を彼に向け、それでも視線は合わせられないまま続けた。


「待たせてごめんなさい。私も……誠治のことが好き。だから、その……」

「つ、付き合って……くれるのか?」


 誠治は我慢できず、続きを問いかけた。

 冬美は一瞬だけ彼に視線を向けて、小さくあごを引いた。


「ま、マジかっ……! えっ、マジか! 夢じゃねーよな⁉︎」

「そんなわけないでしょう」


 誠治の大袈裟な反応に、冬美は呆れたように苦笑した。

 恥じらいの色を残しつつも、どこか安堵しているような柔らかい表情だった。


 一方の誠治は、未だに状況を理解できていない様子だ。


「本当に、冬美が俺の彼女になったのか?」

「っ……!」


 自問するようなその言葉に、冬美の頬は再び熱を帯びた。


「あ、あんまり言葉にされると恥ずかしいのだけれど……そういうことよ。もう如月(きさらぎ)君のことを引きずってはいないし、その……私もあなたのこと以外、見てはいないわ」

「——冬美っ!」


 冬美の言葉が終わる前に、誠治は彼女を抱きしめていた。

 驚いたように息を呑んだ冬美は、やがて手順を確認するかのようにゆっくりと、誠治の背中に両手を回した。


 誠治は肩を跳ねさせた。より一層力強く冬美を抱きしめ、つぶやいた。


「俺、このまま死ぬなら本望だ……」

「馬鹿なことを言わないで……ねぇ、誠治。少し話を聞いてもらっていいかしら」

「えっ? ……はっ、ま、まさか!」


 誠治が瞳を見開いた。


「ドッキリだったって言うんじゃ——いてえ⁉︎」

「そんな性悪女だと思っていたのかしら? 殴るわよ」

「もう殴ってるだろ!」


 誠治が涙目で抗議すると、冬美はふんと鼻を鳴らした。

 それから頬を赤らめ、視線を背けて続けた。


「それに……ドッキリなら、は、ハグなんてさせないわよ」

「っ——」


 誠治は口元を手の甲で覆って顔を背けた。


「そ、それはやベーって……!」

「な、何がよっ?」

「可愛すぎるっつーの……!」

「はっ⁉︎ だ、だから馬鹿なことを言っていないで、私の話を聞きなさい!」

「いてえ⁉︎ わ、わかった! 聞くからその拳を下ろせ!」


 二発目を喰らわせた冬美は、三発目をお見舞いしようと拳を構えたが、誠治が慌てて制止した。

 しぶしぶ拳を下ろした冬美を見て、誠治は安堵の息を吐いた。


「で、どうしたんだよ?」


 その問いに、冬美は小さく息を吸ってから、静かに口を開いた。


「改めてごめんなさい。長い間、待たせてしまって」

「それは気にすんな。中途半端な状態で付き合っても、どうせうまくいかなかっただろーしな」

「……そうね。でも、私はもっと前からあなたのことを好きになっていたのだと、今ならわかるわ」

「そ、そうなのか?」


 誠治は目を丸くして冬美を見つめる。

 彼女は少しうつむきながらも、しっかりと答えた。


「えぇ。あなたと一年生の女の子が話しているのを見てモヤモヤした気持ちになっていたのは、悔しいけれどあなたの言う通り、その、ヤキモチを妬いていたのよ」


 冬美は恥ずかしそうに頬を赤く染めながら続けた。


(第一、幼いころから親しくしていた男の子に、まっすぐな目で好きとか可愛いとか言われ続けたら、誰でも好きになるわよ……)


「……バ(かがり)のくせに」

「えっ、何か言ったか?」

「な、なんでもないわよ!」


 冬美はまぶたをぎゅっと閉じ、限界とばかりに叫んだ。


「そ、そうか。でも、とにかくお前の中で(たくみ)のことは吹っ切れた……ってことで、いいんだよな?」

「えぇ」


 冬美は間髪入れずにうなずいた。


「如月君が香奈(かな)と付き合っていると知ったときはショックだったし、私が彼を好きだったのは間違いないわ。でも多分、その好きは恋愛的なものとは少し違ったのよ」

「どういうことだ?」


 誠治は目を瞬かせた。


「もちろん恋愛的にも好きだったのでしょうけど、それ以上に彼に憧れていたのよ、私は」


 冬美は少し遠い目をしながら、話を続ける。


「彼のように芯を持ちつつも周囲に柔らかく接することができ、たとえ結果が出てなくてもがむしゃらに頑張る姿は、私の目指すべき理想そのものだった。だから、彼のそばにいたいと思ったのよ」

「気持ちはわかるぜ。巧ほど手を抜かないで全力を出せるやつ、他にいねーもんな」


 誠治は感慨深げにつぶやいた。

 彼も巧の姿勢は常に見習いたいと思っているし、実際に参考にもしている。


「でも、よくそんなこと気づいたな」

「彼のファンの子が憧れていると言っていて、気づいたのよ。私もそうなんだって」


 冬美は微笑を浮かべた。


「ここ最近、彼と香奈を見ていても心が痛むことはなくなっていたわ。でも、彼への関心がなくなったわけではないから、自分でもモヤモヤしていたの。でも、それはただ彼のような姿勢を見習いたいだけなのだと、今ではわかるわ。それに……私が最も自然体でいられるのは、あなたと一緒にいるときだということもね」

「っ……!」


 誠治は目を見開いて冬美を見つめた。

 冬美は耳元まで赤らめつつも、微笑みながら誠治の目をしっかりと見返した。


「あなたは自分が如月君よりも直感的で不器用であることを引け目に感じているようだけれど、気にする必要はないわ。裏を返せば計算のない素直な性格ということになるのだし、そんなあなただからこそ、私も隣を歩いてほしいと思ったんだもの」

「っ……そっか」


 誠治はこみ上げる喜びを噛みしめるように、両の拳を握った。


(そういうところよ)


 素直に感情を表現する誠治を見て、冬美はそっと微笑んだ。


「な、なぁ、冬美」

「何?」

「その……もう一回、抱きしめてもいいか?」

「っ……!」


 冬美は唇をキュッと引き結んだ後、伏し目がちにこくんとうなずいた。

 誠治は先程とは違い、ガラス細工を扱うような優しい手つきで、そっと彼女の華奢な体を包み込んだ。


 冬美はおずおずと抱きしめ返した後、躊躇いがちに誠治の胸に顔を埋めた。


「っ……」

「誠治の心臓の鼓動……すごく速いわ」

「そ、そりゃ仕方ねーだろ」

「そうね」


 冬美はふふ、と笑い声を漏らした後、誠治に身を委ねた。

 二人はそのまま、しばらく抱き合っていた。

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