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第262話 ベンチで彼女の頭を撫でてしまった

 誠治(せいじ)のシュートがゴールネットに突き刺さった瞬間、それまで抱えてきたストレスを発散するかのような歓声が観客から響いた。


西宮(にしみや)の超絶スルーパスから、(かがり)のゴラッソきたぁ!」

「今のアシストエグくね⁉︎」

「パスのタイミングも強さも完璧だったな!」

「あそこのホットライン開通したらいよいよヤベェぞ!」


 (まこと)のアシストからの誠治のゴールに咲麗の応援サイドが盛り上がりを見せる中、咲麗(しょうれい)ベンチには反対に沈黙が訪れていた。

 真のバスの精度は元より、彼が誠治を信じてパスを出し続けたことに驚いていたのだ。


 その中で二人だけ、いつも通りの表情を保っている者たちがいた。京極(きょうごく)(たくみ)だ。

 口を開いたのは巧だった。


「さすがですね、西宮先輩は」

「ずっと言ってましたもんね。西宮先輩がパスを覚えたら、手がつけられなくなるかもって……こういうことだったんですか」


 香奈(かな)の口調はしみじみとしつつも、どこか悔しさをにじませたものだった。


「巧は前から、真があれくらいはできると思ってたのか?」


 前半で大介(だいすけ)と交代でベンチに下がった三年生センターバックの(はやし)が、信じられないという表情で尋ねた。

 ベンチの全員の視線を受けながら、巧はうなずいた。


「バスセンスは練習中のちょっとしたところで出ていましたし、視野が広くなければ、あれだけ縦横無尽にドリブルはできないですから」

「なるほど。言われてみれば確かに、真ってドリブル中も顔上がってるもんな」


 顔が上がっているというのは、足でボールを扱っている最中もそこに釘付けにならずに周囲の状況を見ているということだ。

 いくら技術があっても自分の足元しか見れていなければ最適な判断はできないため、ボールを見ずにコントロールできるかどうかはサッカー選手として重要なスキルだ。

 それを、真は完璧に習得していた。


「そうですね。ただのドリブラーとメッシとかの一流の名手の違いってそこだと思うので、西宮先輩は本当はパスコースとかも全部見えてるだろうにもったいないって思ってたんですけど、いよいよ本領を発揮し始めましたね。学べることも多いですけど、同じポジションにあれがいると思うと正直やめてくれって思います」


 巧は苦笑した。

 正直、覚醒した今の真からスタメンを奪い返せると断言する自信はなかった。今の彼なら、京極が併用してくれる可能性もゼロではないが。


「確かに今の真とポジション争うのはかなり大変そうだが……でもやっぱりすげえな、巧の分析力って」

「うむ、サッカー()()チャンネルを()()しても良いレベルだな! ハッハッハ!」


 感心する林に続いてそう京極が言い放った瞬間、まるで世界から音が消えたのかと錯覚するほどの静寂が訪れた。


「……すまん」


 京極の小さな謝罪で、弾けるような笑いが起こった。

 本人としては不満だろうが、最近の京極は滑ること自体が面白い滑り芸を習得しつつあった。


「そのチャンネルちょっと見てみたいっていうのは置いといて……やめてほしいって言う割には落ち着いてるっすよね、巧さん」


 晴弘(はるひろ)が探るように、巧の顔を覗き込んだ。


「まあね。チームとしてプラスではあるし、西宮先輩がああいうプレーをするようになったっていうのは、素直に喜ばしいことだから」

「どうやってそのメンタル鍛えたんすか? なんか余裕が違うっつーか」

「そうだね……」


 巧は顎に手を当てた。隣に座る香奈に視線を向けた。


「ん?」


 不思議そうに小首を傾げる彼女が可愛くて、反射的に頭を撫でてしまった。

 最初は気持ちよさそうに目を細めていた彼女は、ハッと目をも開いてみるみる頬を赤らめた。


「あ、あのっ、巧先輩! こういうところじゃダメです!」

「——あっ」


 香奈に指摘されて、巧がようやく公衆の面前であることに気づいたときには、すでにじっとりとした目線が一身に注がれていた。


「ごめん。つい」

「つ、ついじゃないですよ……!」


 香奈が耳元まで赤くなった。

 頬を膨らませ、潤んだ瞳で睨むように上目遣いで見てくる彼女は大変可愛らしかったが、巧も無意識でない限りは、彼女と二人きりのとき以外にイチャイチャしようとは思わない。

 んん、と咳払いをして、晴弘に向き直った。


「もしも僕の心に余裕があるんだとしたら、やっぱり隣に支えてくれる人がいるっていうのが大きいと思うな」

「普通に始めるんすね……ま、いいすけど」


 思わずといった様子でこぼした晴弘も、その他の者も呆れを隠そうともしていなかったが、話を聞くつもりはありそうだった。

 巧は周囲を見回しながら続けた。


「香奈と親しくなる前は、多分もっと不安定だったよ。みんなもちろんそうだけど、香奈が僕以上に僕のことで怒ったり悲しんだりしてくれるから、常に余裕を持ててるんだと思う。(まさる)ならわかるんじゃないかな、この感覚」


 巧は自身の背後に座る友人に話を振った。

 ここ最近、彼は発言や態度に余裕が感じられるようになった。


「確かにわかるわ」


 優は何度もうなずいた。あかりにチラッと視線を向けながら、


「あかりなら俺のことを理解して支えてくれるって思うようになってから、周りを見れるようになったし、自分のことに集中できるようになったっつーか、そんな感じだな」

「だよね」


 巧と優は深くうなずき合った。


「あと、他にもさ——」

「あの、すんません」


 さらに話を進めようとする巧を、晴弘が呆れたような表情で遮った。


「何?」

「熱く語っているとこ申し訳ないんすけど、二人ほど沸騰しそうなやつらがいるんで、そろそろやめてあげてくれないっすか?」

「「えっ?」」


 巧と優が晴弘の指先を目で追うと、香奈とあかりが居心地悪そうにもじもじと頬を染めていた。


(何その表情可愛い……って、危ない危ない)


 巧は思わず腕を伸ばしかけ、グッと思いとどまった。


「「——あっ」」


 同じく中途半端に手を伸ばしたまま固まっている優と、バッチリ目が合った。

 彼らはどちらからともなく、お互いの頭に手を乗せた。


「……彼女の頭を撫でられないからって、それは素直に気持ち悪いわ」


 冬美の的確なツッコミに、咲麗ベンチは爆笑の渦に包まれた。


 ベンチの雰囲気の良さは、そのままチームの状態にもつながる。

 大介は完封勝利に貢献し、後半途中から投入された晴弘と優の連携からゴールも生まれるなど、交代メンバーの活躍も光った咲麗高校は、前半の停滞が嘘だったかのように、大量六得点を奪って快勝した。

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