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第261話 無様だな

 広川(ひろかわ)内村(うちむら)の退部、武岡(たけおか)大介(だいすけ)の昇格、そして(まこと)の豹変。

 数日で様々な変化のあった咲麗(しょうれい)高校サッカー部だが、選手権本戦を目前に控えた今、立ち止まっている暇はなかった。


 程なくして迎えた土曜日も、午前中から練習試合が組まれていた。

 実績的には格下と目された相手だったが、前半をスコアレスドローで終えた。


「中盤がというより、西宮(にしみや)先輩が機能してませんね。なんか縮こまっちゃってるっていうか」

「そうだね」


 耳打ちしてきた香奈(かな)に、(たくみ)は同意した。


「あの二人の退部で、何かしらの心境の変化があったのは間違いないんだろうけど……迷ってる感じはあるかな」


 京極(きょうごく)も同じように感じていたのだろう。

 ハーフタイムには、真にもっと積極的にプレーするように伝えていた。


 真は指示が終わるなり、水飲み場に向かった。

 巧は腰を浮かしたが、彼よりも先に一人の選手が動き出していた。

 真を追うことはやめ、同じく追うそぶりを見せていた京極に話しかけた。


「監督。いいんですか?」

「あぁ。選手間で解決できるなら、それに越したことはないからな。それに、今のあいつなら——武岡(たけおか)なら、うまく真の能力を引き出してくれるだろう」


 京極はニヤリと笑った。


 ——そう。彼よりも巧よりも先に真を追いかけたのは、真とともに先発出場していた武岡だった。


「無様だな、西宮」


 頭から水を浴びていた真は、水滴を垂らしつつ振り返った。

 彼に睨まれても、武岡は意に介した様子もなく続けた。


「自分でもわかってんだろ? ウチがまだ一点も取れてねえのはお前のせいだってことくらいよ」

「っ……」


 真は思わずと言った様子で瞳を揺らした。

 武岡は淡々と、しかし容赦なく続けた。


「いい流れで繋いでも、お前のところでリズムが狂ってんだよ。ったく、少しは心を入れ替えたかと思えば、誰でもできるたりぃ横パスばっかりしやがって……今のお前を出すくらいなら、百瀬(ももせ)晴弘(はるひろ)蒼太(そうた)のほうが百倍マシだろーな」


 武岡はあえて一度視線を逸らしてから、真を正面から見据えて続けた。


「はっきり言ってやるよ、西宮。お前にチームプレーは無理だ」

「……自分勝手なプレーをやめろって言ったのは、お前や如月(きさらぎ)だろ」

「はっ、相変わらず視野が狭えなぁ」

「あっ?」


 武岡が薄く笑いながら吐き捨てると、真は眉を釣り上げた。


「俺たちがやめろっつったのは、自己満のドリブルで完結することだ」


 真は意味がわからないというふうに、眉をひそめた。

 武岡は目線を外し、水飲み場の蛇口を軽くひねりながら言葉を続けた。


「なんでお前は自分しか操らねえんだ? わがまま王子なら、敵も味方も全部お前の思い通りに操ってみせろよ」


 蛇口を閉めると、武岡は真に顔を向けた。

 その瞳に挑発的な光を宿しながら、続けた。


「——それこそ、如月みてーにな」

「っ……!」


 真が目を見開き、息を呑んだ。

 武岡は肩をすくめ、背を向けた。


「それくらいできなきゃ、お前は如月には勝てねーよ」


 振り返らないまま最後にそう言い放つと、武岡はベンチに向けて歩き出した。


 真はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて眼を閉じ、深く息を吐き出した。

 最後にもう一度だけ頭から水を被り、一歩一歩地面を踏みしめるように歩き出した。


「——真」


 声と同時に、タオルが放られた。


「……飛鳥(あすか)

「真冬にそんな水垂らしてたら風邪引くだろ、早く拭け」

「余計なお世話だ——」


 真は意に言葉を飲み込んだ。次に彼の口から漏れたのは、紛うことなきくしゃみだった。


「言わんこっちゃないな」


 そう言って笑う飛鳥を睨みつけてから、真は黙ってタオルで髪を拭いた。


(みなと)ー、そろそろ後半始まるよ……って、西宮君どうしたん? そんなびしょびしょで」


 マネージャー長である愛美(まなみ)が、真を見て瞳を丸くした。

 飛鳥が笑いながら、


「武岡に水ぶっかけられたらしい。不甲斐ないプレーしてんじゃねえって」

「勝手に風評被害してんじゃねーよ」


 そう言って背後から飛鳥の頭を叩いたのは、武岡だった。


「武岡君、マジでやったの?」

「んなガキみてーなことするわけねえだろーが」


 愛美に真剣な表情で尋ねられ、武岡は呆れたように肩をすくめた。

 真をあごで示して、


「こいつが勝手に水浴びしてただけだっつーの。ま、そのおかげで少しは頭も冷えたんじゃねーか?」


 口の端を吊り上げる武岡を、真が黙って睨みつけた。

 飛鳥が割って入った。


「ま、そのくらいにしとけよ、二人とも。もう後半始まるぞ」


 飛鳥が大股で歩き出した。

 武岡も真も、何も言わずにキャプテンに従った——後者は舌打ちをしながらであったが。


「……あの三人がああやって一緒にコートに向かうとか、予想できなかったなぁ」


 愛美は感慨深げにつぶやき、自らも急ぎ足でベンチに戻った。




◇ ◇ ◇




 後半開始とともに、真は人が変わったようにドリブルをし始めた。元々のプレースタイルなのだから、戻ったというべきなのかもしれないが、これまでとは決定的に違う部分があった。

 ドリブルで何人かかわした後に、パスを選択するようになったのだ。


 真にドリブルで翻弄(ほんろう)されるほど、相手の意識は否応なく彼に向く。

 そうすればスペースも増えるため、自ずと他の選手はフリーになってパスコースも増えるのだ。


 前半の消極的なプレーも布石となったのか、相手は全く真の個人技に対応できていなかった。

 しかし、後半十分が経過しても、未だスコアは動いていなかった。


「「「ああー……」」」


 咲麗ベンチ、そして観客からため息が漏れる。

 真から誠治(せいじ)へのスルーパスがわずかにズレたのだ。通っていれば決定機だった。


「巧さん」


 晴弘が隣に座っていた巧に話しかけた。


「さっきの水田(みずた)さんへのパスもそうすけど、真さんのパス鋭すぎないすか? もうちょっとパススピード緩めたほうがいいと思うんすけど」

「そうだね。でも——」


 巧はピッチに視線を向けたまま、続けた。


「僕は、西宮先輩にそんなことはしてほしくないな」

「「「えっ?」」」


 周囲から説明を求めるような視線を受けても、巧は口元に緩やかな笑みをたたえたまま、ピッチを見つめていた。


(もうそろそろ信じてあげてもいいんじゃない? ——誠治)


 ——試合に集中している誠治は、巧の心の声はもちろん、その視線も感じ取っていなかった。

 しかし、考えていることは同じだった。


(これまでの俺と水田さんへの二回のパス……あれらは全部、俺らがギリギリ取れるような強さだった。技術はさすがだが、次も来るって信じていいのか? 真さん)


 誠治は真に目を向けた。ちょうど彼も見ていたのか、ばっちりと目が合った。

 そのまっすぐ自分を射抜く瞳を見た瞬間、誠治は確信した。次も必ず、同じようなキラーパスが来ると。


 真はドリブルをするんじゃないか、自分は囮になったほうがいいんじゃないか——。

 そんな考え、迷いは一切消えた。

 ただ真から出てくるであろう明確な意図を持ったパスを受け取ることだけに、全神経を集中させた。


(——ここだ!)


 誠治が飛び出した瞬間、真の足からボールが離れた。

 一切誠治を減速させることなく、ぴたりと足元に収まった。


「ドリブルばっかしてたくせに、なんでパスもうめえんだよ……!」


 嫉妬、不満、畏怖、呆れ、そして——高揚感。

 そのとき生じた全ての感情を込めた誠治の力強いシュートは、キーパーの肩の上をすり抜け、ニア上に突き刺さった。

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