第260話 王子様の決意
「——巧」
志保からの謝罪を受けた日の放課後練習で、一軍キャプテンの飛鳥が声をかけてきた。
「キャプテン。お疲れ様です」
巧は振り向き、丁寧に頭を下げた。
「白雪たちとの様子を見る限り大丈夫だとは思うが、無理はしていないか?」
「はい、大丈夫です。すみません、キャプテンには色々とご迷惑と心労をおかけしてしまって……」
巧はかすかに眉を下げ、肩を少し縮こまらせながら申し訳なさそうに頭を垂れた。
飛鳥はそれを見て、フッと軽く息をついた。表情はどこか柔らかい。
「心配するな。お前らのせいじゃないってのはわかってる。こういう言い方が正しいのかはわからないが、お前らだったからこの程度で済んでるだろう。普通に部活動停止になってもおかしくないくらいのことが起こったからな」
「まあ、理事会は僕たちを優遇してくれていますしね」
巧が口元を片方だけ引き上げ、少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
飛鳥は軽く肩をすくめ、苦笑いを浮かべてみせた。
「お前がそういう表情してると、なんか詐欺師のブレーンに見えてくるな」
「えっ、そんなに頭良さそうに見えます?」
巧の口角がますます上がった。
飛鳥は彼の頭をポンっと叩いて、
「元気そうで何よりだ」
その手つきにはどこか親しみが込められていて、巧は照れくさそうに目元を緩めた。
「でも、これであらかた片付いたと思っていいのか?」
「おそらくは。西宮先輩も真面目に取り組んでいますし」
巧が視線を移すと、そこには朝練に続いてひたすら罰走を続ける真の姿があった。
息を切らしながらも必死さを隠そうとしないその表情に、飛鳥は苦笑いを漏らす。
「ま、あいつはただのガキだからな」
「……気づいていたんですね」
巧が驚いたように目を丸くする。
飛鳥は苦々しい表情になり、居心地悪そうに後頭部を掻いた。
「それくらいわからなきゃ、キャプテンは務まらないさ——と言いたいところだが、あいつや広川たちの暴走は、キャプテンの俺がちゃんとしていなかったからだ。すまないな」
「いえ、それこそ飛鳥先輩がキャプテンだったから、このチームは今もこんなにまとまっているんだと思います」
巧の言葉に、飛鳥は一瞬だけ目を細めた。
その後、先程とは打って変わってやや乱暴に頭を撫でつけた。
「生意気言ってくれるな」
巧は「今僕逃げれないんですよ?」と文句を言いながらも、どこか穏やかな表情でされるがままになっていた。
「まあ、過ぎてしまったものは仕方ないからな。これから良くしていくしかない。巧もメンバー入りできるのか気が気じゃないだろうが、どちらにせよお前は色々な面でチームの力になれるからな。これからも頼むぞ」
「はい、わかりました!」
「よしっ」
飛鳥は良い返事をした巧の肩をポンと叩き、満足そうに微笑んだ後、彼の元を離れた。
「真、飛鳥——」
少し経つと、罰走を終えた真とともに京極に呼び出された。
「これは本来なら真にだけ伝えてもよかったんだが、飛鳥もキャプテンとして聞いておいたほうがいいだろうと思ってな」
そう前置きをして京極が話したのは、退部と停学が決まった後の広川と内村とのやりとりだった。
「真。あいつらは、お前が羨ましかったと言っていた。努力で這い上がってきた巧に負けてほしくなくてお前のあいつに対する対抗心をくすぐったこと、勝手に理想を押し付けてしまったことを申し訳なく思っているともな」
「っ……」
真が唇を噛みしめた。
京極は一つ息を吐いてから続けた。
「そして、こうも言っていた。真は自分たちとは違う。周りに甘やかされて育ったサッカーが好きなだけのガキなのだと。だからちゃんと叱ってやってくれと、そう言われたよ」
「っ——」
息を呑む真に、京極は頭を下げた。
「すまなかった」
「えっ……?」
真が瞳を見開き、驚いたように声を漏らした。
飛鳥もまさか京極が謝罪をするとは思っていなかった。危うく「何してるんですか」と声を上げそうになったが、グッとこらえて、続きを待った。
「俺は問題が起きることを恐れて、ちゃんとお前を叱ってやれなかった。広川も内村もそうだ」
震える京極の拳を、真は呆然とした表情のまま見つめていた。
京極はだから、と続けた。
「俺はもう、お前を特別扱いはしない。もうほとんど時間は残っていないが、広川と内村の想いを無駄にしないためにもお前と正面から向き合うことにした。だから真、お前もチームのために戦ってくれ」
京極はもう一度頭を下げた。
真は何かを言おうと口を開いては閉じる、というのを繰り返した。やがて、ポツリと言った。
「……もう二度と、負けるのはごめんだ。俺は勝つために戦う」
「あぁ、それでいい」
京極は大きくうなずいた。
顔をしかめて渋い表情になる真を笑顔で見つめてから、京極は飛鳥にも目を向けた。
「飛鳥も構わないか?」
「はい。最優先事項は勝つことです。そこを真が目指すというのなら、異論はありません。過去を振り返っても仕方がない。今いるメンバーで優勝に向かって突き進むだけですから」
「そうだな。よしっ! それじゃあ二人とも、練習に戻れ」
飛鳥は「はい!」と返事をし、真は無言でうなずいた。
二人は並んでグラウンドに駆け戻っていった。
「……ふぅ」
京極は息を吐き出した。ようやく肩の重荷が降りた気分だった。
真が本当の意味で勝利のためにプレーすることができたなら、優勝だって夢じゃない——。
そんな淡い期待を胸に、その背中を見送った。
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