第251話 嘲笑う黒幕
あとがきにお知らせがあります!
「ふふ、あいつら今ごろうまくやっているかな〜」
志保はベッドに寝転がっていた。弾んだ口調の端々に、どこか人を見下すような笑みがにじんでいる。
親衛隊のメンバーには、体調が悪くなったからと断って帰ってきた。歓喜の瞬間を一人で迎えたかったからだ。
「白雪香奈が同行してたのは予想外だったけど、脅す材料が増えただけだから問題ないでしょ。あいつらはめちゃくちゃ慌ててたけど、少しくらいは機転利かせろっつーの。ま、頭悪いやつらにそんなこと期待するだけ無駄か」
演技でもしているように大袈裟に肩をすくめ、再び嘲笑を浮かべた。
「にしても如月も馬鹿だよねー。私のこと信じ切っちゃって、日程とかルートまで全部教えちゃってさぁ。真君推しの私がお前なんかと仲良くするわけないじゃん!」
志保は口の端を吊り上げてそう言い放ってから、まるで作戦の成功を確信した策士のような勝ち誇った満足げな笑みを浮かべた。
「まあ、私が本気で騙しにかかったんだから仕方ないけどねー。普段から愛想良くして後輩を可愛がってるいい先輩を演じてたし、わざわざ個人的に差し入れまでしてたんだから、騙されて当然といえば当然だし」
志保は愉快そうにくつくつと喉を鳴らした。
「唯一の懸念は如月が白雪香奈みたいなぶりっ子が好きだったってことだけど、全く問題なかったな。所詮は男だし、美人な先輩に構ってもらったらそりゃ鼻の下も伸ばしちゃうか。私と如月がデキてるみたいなこと言ってる馬鹿女たちもいたしね。あいつら、自分が私や白雪香奈みたいに可愛くないから嫉妬してたんだろうなぁ。あー、かわいそう!」
志保はひとしきり笑い転げた後、イヤホンを装着して携帯を操作した。
小馬鹿にするような笑みを浮かべてつぶやいた。
「——ま、それでも一番笑えるのは、私にいいように踊らされてるこいつらだけどね」
携帯の画面に映し出されているのは、志保にソレを上下に扱かれてうめいている広川と内村の姿だった。
内容としてはただのアダルトビデオだが、彼女は卑猥な映像として捉えてはいなかった。
広川と内村を食い入るように見つめているが、そり立つモノには一切目を向けていない。
自分の手で気持ちよくなっている彼らの表情や声で、優越感に浸っているのだ。
「本当、ちょっと手がベタベタになるのと臭いのを我慢するだけで男を操れるんだから、女に生まれてよかったぁ。男尊女卑がなんだとか言われてるけど、明らかに女のほうが生物として生きやすいでしょ。誘惑って武器があるからこそ、あの三馬鹿も如月を虐めることができたわけだしね」
志保は皮肉げに口元を歪めた。
「——まあ、頭が足りないから退学になっちゃったわけだけど」
三馬鹿とは、以前に真親衛隊のトップを張っていて、巧へのいじめなどの罪で退学した岩倉京子、太田瑞稀、橘若菜の三人のことだ。
志保は自分を差し置いて親衛隊を率いていた彼女らを憎み、同時に見下していた。
だからこそ、巧に恨みを持つ者たちを誘惑して手駒にするという、彼女たちと同様の方法を用いたのだ。自分が格上の存在であると証明するために。
「犯行についてメッセージでやり取りするとか馬鹿すぎるでしょ。今の時代、警察が携帯会社に問い合わせればそんなもの簡単に調べられるんだからさぁ。直接言えばバレることなんてないし、手駒に証拠をみすみす掴ませておくとか自爆行為じゃん。誰かに使われるようなやつは、捕まったら後先考えずにゲロっちゃうような馬鹿だから使われる側なんだっつーの」
わざとらしくため息を吐いた後、得意げに鼻を膨らませて携帯を操作する。
「ま、あの頭の足りない馬鹿たちとは違って、私は普段から印象を良くして証拠も一切残してないから、立場上疑われることはあっても余裕で言い逃れできるんですけどね」
携帯には広川とのトークルームが映し出されていた。
日常会話がポツポツと交わされている。内村のものも同様だ。
他人がそのチャットを見ても、ただの同級生の他愛のないやり取りにしか見えないだろう。
しかし、それら一つ一つには重大な意味が隠されていた。
最新のメッセージはどちらも志保のものだ。広川には映画の、内村には本の感想をそれぞれ尋ねている。
それを気に入ったか否かという返事が、そのまま巧襲撃の成功の可否の報告になるのだ。
指先で画面を撫でながら、慈しむように画面を見つめた。
「いやぁ、頭良すぎでしょこの方法。そりゃ、真君がいなきゃイキれないあの二人が利用されるのも無理ないわ。ふふ、成功した暁には舐めるくらいはしてあげようかな。あいつらはヤらせてもらえるかもって思ってるんでしょうけど、それこそ舐めてんのって話でしょ」
志保は見下すような笑みを浮かべた。
「私は一回もセックスさせてあげるなんて言ってないのに、勝手に妄想しちゃってバカみたい。金魚のフンごときに股を開くわけないでしょ。私に相応しい男は真君しかいないんだから」
志保は写真の「真君フォルダー」を表示させた。
「ハァ、格好いい……」
熱い吐息を漏らしながら、次々とスクロールさせていく。
「如月の怪我が悪化して調子を取り戻すならそれでいいし、そうでなかったら私が慰めてあげてもいいなぁ。真君だって自分の親衛隊のリーダーがこんな美貌を持っていたら少しくらいは気になってるはずだし、前任者があのブス三人だったならなおさらでしょうね。ハッ、あいつらもちょっとは役立つじゃん。もしかしたらあのメッセージが私のものだってわかったら、褒美として抱いてもらえるかも……!」
志保は夢見心地につぶやいて、股をすり合わせた。
——恍惚の表情を浮かべていた彼女は、事態が思い描いていたものとは全く違う方向に急展開を見せていることなど、想像もしていなかった。
◇ ◇ ◇
「なんで、志保だってわかった……?」
広川が虚な眼差しでうわごとのようにつぶやいた。
名前で呼んでいるんだ、なんて感想を抱きつつ、巧は答えた。
「元々西宮先輩を推しているはずの彼女が好意的に接してくれている状況には違和感を抱いていましたし、僕が一人で病院に行くことや、その道順を雑談の中で何度も確認してきたので、ちょっと変だなとは思っていたんです。そのときはしつこいなと思っていた程度でしたけど、他にも——」
巧は自分が志保を黒幕だと判断するに至った根拠を挙げていった。
それらはほぼ全て、志保が自慢げに指折り数えていた事柄だった——その事実は、お互いに預かり知らぬところではあるが。
「……言われてみれば、確かに怪しいところはいっぱいありましたね。なんで気づけなかったんだろうっ……」
香奈が拳を握りしめた。悔しそうに唇を噛み、自責の念を浮かべている。
その頭に優しく手を乗せて、巧は顔を覗き込んだ。励ますように微笑みかけた。
「仕方ないよ。青山先輩は事実として僕らに良くしてくれていたんだから。状況証拠だけなら白だったし、僕だって普通に可愛がってくれている先輩だと思ってたもん」
巧は広川と内村に視線を向け、
「——二人の行動や言動を鑑みて、点在していた小さな違和感が線として繋がっただけでね」
と、続けた。
「如月君が怪我をした直後に、あなたたちと青山先輩が歩いているのを見たわ。そのときからすでに計画は始まっていたのかしら?」
冬美の問いに、彼らは力なくうなずいた。
「……だとしたら、相当精神がイカれているわね。ここまでつぶしたいと思っていた如月君に、目的のためとはいえ本心を隠して仲良くできるなんて普通じゃないもの。彼女も操られていた可能性はないのかしら?」
「いや、おそらくそれはねえ」
武岡が間髪入れずに否定した。
「どうしてですか?」
「あいつは誰かに操られて黙って従うようなタマじゃねえし、目的のためなら誰とでも仲良くできるやつだ。なんなら色仕掛けだっていとわねえだろう」
「「っ——」」
広川と内村が肩を震わせた。
巧はあえてそこには触れず、武岡を見た。
「武岡先輩も、青山先輩が怪しいとは思っていたんですね」
「あぁ。西宮推しのやつがお前とも仲良くしている時点でそもそもおかしいだろうが。それに、ちょうど今朝にこいつらと志保がヒソヒソ話しながらお前のことを見ていたから、何かあるなとは思ってた。まさかここまで愚かだとは思っていなかったがな」
武岡が皮肉げに口元を歪めた。
「なるほど。だから彼らが練習を抜け出すのも気づいたんですね」
巧は納得したようにうなずいた。
一転して、気まずそうな表情で切り出した。
「あの、ところで、武岡先輩」
「あっ?」
「間違っていたら申し訳ないんですが、青山先輩は——」
巧がそのことを告げると、武岡は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。
真が思い出したように「あぁ、あいつか」とつぶやいた。
平素より本作品をご愛読いただき、ありがとうございます。新作のお知らせです!
直前になってしまい申し訳ないのですが、明日12月18日(水)の午前七時から、現実世界を舞台にしたラブコメの新連載を始めます。
タイトルは『私と仲間にならない? ——そう声をかけてきたのは、非モテ陰キャだと馬鹿にしてくる陽キャの幼馴染でした』です。
内容はいわゆるざまぁ要素を含む王道なラブコメで、爽快感と甘さを同時に味わうことができる作品となっています。以下に短いあらすじと長いあらすじを掲載しておきますので、よければお読みになってください!
・短いあらすじ
陽キャグループのトップである金城大翔に「非モテ陰キャ」と絡まれていた隠れハイスペックの陰キャぼっちである黒鉄蓮が、大翔の幼馴染で彼が想いを寄せている柊凛々華と惹かれあっていく物語。
・長いあらすじ
高校一年生の黒鉄蓮は、クラスの陽キャグループのトップである金城大翔にいじめられていたクラスメイトを庇った結果、今度は自分が「非モテ陰キャ」と揶揄されて大翔たちに絡まれる毎日を送っていた。
ほとんどのクラスメイトが見て見ぬふりをする中、蓮を助けたのは、大翔の幼馴染で彼が好意を寄せているクラスのマドンナ・柊凛々華だった。
「——私と仲間にならない?」
一見冷たく、他人を寄せ付けない彼女からの予想外の言葉に戸惑う蓮だが、孤独を選んでいた二人はやがて多くの時間を共にすることになり、お互いの意外な一面に惹かれあっていく。
一方の大翔は、凛々華が自分よりも蓮を選ぶはずがないと信じ込み——、
「やめとけ。暴力沙汰になったら間違いなく退学だぞ」
「うるせえ! もうそんなもんどうだっていいんだよ! 殺してやる!」
「……仕方ない。ちょっと痛い思いをしてもらうぞ」
勘違い陽キャを隠れハイスペックの陰キャぼっちが実力でねじ伏せていく痛快ラブコメディ、ここに開幕!