第249話 救いの手の正体
「た、武岡っ……! う、嘘だろっ、なんでお前がこ、ここに⁉︎」
自分の腕を押さえつけている元三軍キャプテンを見上げ、内村が視線を泳がせながらつっかえつっかえ問いかけた。
その声は裏返り、小刻みに震えていた。動揺を隠せていなかった。
武岡は冷ややかな視線で見下ろして、答えた。
「お前らがコソコソ抜け出すのと久東が血相を変えて追いかけていくのが見えたから、もしやと思っただけだ。怪我人とその女を狙うとか、さすがの俺でもドン引きだぜ」
「いててててっ!」
武岡に腕を捻られ、内村が情けない悲鳴を上げた。
「は、離せ! 如月と白雪がどうなっても——なっ⁉︎」
振り返り、彼は絶句した。
武岡に助けられた冬美と、彼の登場で広川の拘束が緩んだ隙を逃さなかった香奈が、巧を守るように立ち塞がっていたからだ。
個人の力では分があるとはいえ、静かな威圧感を放つ二人を前に、広川も身動きが取れないでいる様子だ。
武岡が嘲笑うように鼻を鳴らした。
「おいおい、まさか久東が如月のところへ向かったことすら気づいてなかったのか?」
「だ、黙れ! うらああああ!」
内村はなんとか拘束を逃れると、顔を真っ赤にして奇声を発しながら殴りかかった。
しかし、まんまと挑発に乗って我を忘れている彼が、百八十センチ越えの体躯を誇る武岡に敵う道理はなかった。
(こいつ、ど素人だな)
武岡は内村の勢いを利用して軽々しく地面に押さえ込んだ。
「くっ、何しやが——あがっ⁉︎」
「このまま肩を外してやってもいいんだぜ?」
「いっ……!」
武岡がぐっと力を込めると、内村は歯を食いしばり、痛みに呻くしかできなかった。
——ガサッ。
茂みがわずかに揺れた。武岡は内村を押さえつけたまま、その方向に油断のない視線を向けて問いかけた。
「で、お前はいつまでコソコソしているつもりだ? ——西宮」
「「「なっ……!」」」
武岡を除く全員が、一斉に驚きに凍りついた。
数秒の沈黙の後、茂みの中からゆっくりと現れたのは、プレミアファイナル以降姿を見せていなかった真その人だった。
彼の登場に気を取られたその隙をつき、広川が突如動き出した。彼自身も半ば無意識の、反射的な行動だった。
「どけやぁ!」
「「きゃっ……!」」
香奈と冬美を強引に押し退け、巧に襲いかかろうとしたその瞬間——、
「——やめろ」
場を切り裂くような無機質な声が響いた。
「ま、真……っ?」
何が起こったのか理解できていないような呆けた表情で振り返る広川に、真は何かに耐えるように唇を噛みしめ、もう一度言った。
「やめろ——もう、これ以上は」
「「っ……!」」
広川だけではない。息を呑んだのは内村も同じだった。
二人の顔は蒼白で、握りしめた拳が震えているのがはっきりと見えた。
「「う、うぅ……!」」
やがて、広川と内村は揃って地面に泣き崩れた。限界だった彼らの精神が、とうとう崩壊したのだ。
武岡は震える内村を押さえつけたまま見下ろしていたが、しばらくして彼を解放した。
立ち上がる素振りも見せずに嗚咽を漏らし続ける二人を一瞥して眉をひそめてから、冬美に話しかけた。
「あらかじめ警戒していたのか、こいつらのことを」
「はい。如月君と香奈に様子を見ておいてほしいと言われていたので」
「ハッ、相変わらず用意周到なこった」
武岡は皮肉げに口の端を歪めた。
「久東さん、駆けつけてくれてありがとう」
「ありがとうございます」
巧と香奈は揃って頭を下げた。
冬美は恥ずかしそうにほんのりと頬を染めつつも、申し訳なさそうな表情で答えた。
「仲間なのだから当然のことよ。むしろごめんなさい。注意するように言われていたのに、野放しにしてしまって」
「ううん」
巧は目を閉じて首を振った。
口元に笑みをたたえて冬美に向き直った。
「証拠も残しておいてくれたし、感謝しかないよ」
「私も、冬美先輩が来てくれて本当に嬉しかったし、安心しました。先輩が気に止むことなんか一つもないですよ」
「……そう」
冬美が小さくつぶやき、瞳を伏せた。
髪の毛から覗く赤らんだ耳を見て頬を緩めてから、巧は武岡に向き直った。
「武岡先輩もありがとうございました。僕たちが全員無事でいられるのも、先輩のおかげです」
「「ありがとうございます」」
冬美と香奈も、巧に続いて頭を下げた。
彼女たちは——特に香奈は——武岡にいい印象は持っていなかったが、助けられたことは事実だ。
「……お前らに感謝される筋合いはねーよ」
武岡はぶっきらぼうな口調で答え、巧たちから視線を逸らして明後日の方向を向いた。
彼は何かをそぎ落とすようにガシガシと後頭部を掻いた後、真に向き直り、鋭い声で問いかけた。
「それより、西宮はなんであんなところで隠れてやがったんだ? こいつらの反応を見る限り、共謀してたわけでもねえだろ」
真はポケットに手を突っ込んだ。黙秘権を行使した——訳ではなかった。
黙って携帯を操作して、画面を向けてきた。トークルームが表示されていた。
「「「こ、これは……!」」」
巧、香奈、冬美、そして武岡の四人は揃って息を呑んだ。
ほとんどが真っ青なそのトーク画面には、現在地である公園の名前と、「火曜日の放課後に茂みに隠れていたら面白いものが見れますよ」というメッセージが表示されていた。
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