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第243話 プレミアファイナルと王子様の異変

 全国随一の得点力を誇る猛獣・咲麗(しょうれい)高校と、夏のインターハイを制した絶対王者・洛王(らくおう)高校。

 東西のプレミアリーグを制した両校の対決は、高校サッカーらしい白熱した戦いになると思われていた。


 しかし、いざ試合が始まってみると、ほとんどの者が予想だにしていなかった一方的な展開になった。


「おいおい、咲麗全く攻撃つながんねえなぁ」

「奪われてカウンター喰らってばっかじゃねえか!」

西宮(にしみや)が完全に封じられてるぜっ……!」


 咲麗が停滞している主な要因は(まこと)だった。

 どれだけ自己中心的なプレーであろうとも、(たくみ)のいない咲麗の攻撃の中心はやはり彼だ。

 その真が、洛王高校の留学生のジョージ・トーマスに完璧に抑え込まれていたのだ。


「ジョージ……守備が半端ないやつだとはわかってたけど、真まで抑え込むかよっ……!」

「あの寄せの速さと無理の効く身体能力はやべえな……!」


 ジョージの一番の特徴は身体能力だ。

 真がいくらドリブルでかわしたと思っても、次の瞬間には出てくるはずのない方向から足が伸びてくる。完全に逆をついたはずなのに、気がつけば体勢を立て直して再び食らいついてくる。

 夏のインターハイは怪我で不参加だったが、彼が復帰して以降は洛王は強豪ひしめくプレミアリーグウエストで無失点なのだ。


 それでも水田(みずた)の個人技や誠治(せいじ)のフィジカルを活かした攻撃でいくつかチャンスは作ったが、所詮は単発。

 流れを変えられなかった咲麗高校は、前半を終えた時点で二点のビハインドを追っていた。


 ——もう後がない状況で、京極(きょうごく)は決断した。一度まぶたを閉じてから、苦しげな表情で告げた。


「真、内村(うちむら)と交代だ」

「「「っ……!」」」


 声にならないざわめきが咲麗ベンチを包んだ。

 だが、誰も明確な言葉を発しようとはしなかった。


 いつもは我先にと真を擁護(ようご)する取り巻きの広川(ひろかわ)と内村も、文句をつけようとしたのか口を開きかけたが、結局何も言わなかった。気まずいのだろう。

 何せ、先発出場している広川は真より長い時間をプレーすることになるし、内村はたった今、真と交代での出場を告げられたのだから。


 真は京極に鋭い視線を向けたが、何も言わずにすね当てを外した。

 心情はどうあれ、形式上は交代を受け入れた証だった。




 しかし、後半になっても流れは変わらなかった。


「途中出場した内村ってやつ、焦って全然ミスしてばっかりじゃねえか!」

「先発の広川も全然ダメだな」

「なんだ、あいつらのここ数試合の輝きはまぐれだったのか?」


 最終節の勝利の立役者となった広川と内村には相応に期待が寄せられていたが、彼らのプレーは高校サッカー最高峰の舞台であるプレミアファイナルには到底相応しくなかった。

 広川は三失点目を喫した直後に蒼太(そうた)と、内村は後半残り十分のところで(まさる)と交代させられた。途中出場、途中交代という屈辱的な扱いを受けることになった内村は、京極とのハイタッチを拒否して怒りを露わにした。


 同じタイミングで、体力の切れた水田に代わって晴弘(はるひろ)も投入されていた。

 途中出場の優、蒼太、晴弘は先発の真一派よりもチームプレーに徹した。具体的には試合を通していい動きを見せている誠治を活かそうとした。


 後半終了間際、蒼太と晴弘のパス交換から優が抜け出し、折り返しを受けた誠治が三人の敵に囲まれながらもシュートコースを切り開き、右足を振り抜いて一点を返した。


「「「うおおおお!」」」

「やっぱり(かがり)はすげえな!」

「シュートもやべえが、それ以上にフェイクで相手の体勢を崩してから打つまでがはええ!」


 大会ベストゴール級の攻撃に観客は盛り上がった。しかし、反撃はそこまでだった。

 さらに前がかりになったところをカウンターから失点して、最終スコア四対一と大差をつけられ咲麗は敗れた。




◇ ◇ ◇




「ちくしょうっ……!」


 試合が終わり、チームメイトがポツポツと片付けを始める中、誠治(せいじ)はベンチに項垂れていた。自分を奮い立たせようとしても、足が地面に根を張ったように動かないのだ。

 近くに誰かが立った気配がした。ノロノロと顔を上げた。冬美(ふゆみ)だった。


「冬美……」


 誠治はハッと自嘲の笑みを浮かべた。


「昨日にあんな大見得切っといてダセーよな。エースなら点取って、チームを勝たせなきゃいけねーのにっ……!」


 誠治は瞳をギュッと瞑り、唇を噛みしめた。


「——ダサいなんてことはないわ」


 鋭く、しかしどこか温かみを帯びた言葉が頭上から届いた。

 誠治は思わず顔を上げた。穏やかな表情でピッチを見つめたまま、冬美は続けた。


「今日の負けはチームとしての負けよ。あなたは最善を尽くしていた。点差が開いても諦めずに前から守備をして、雑なロングボールにも諦めることなく体を張り、パスが出てこなくてもポジションを取り続けたあなたの姿勢は、少なくとも私は……格好良かったと思うわ」

「っ……!」


 誠治は息を呑んだ。

 冬美は彼に微笑みかけた後、気恥ずかしそうに視線を逸らした。


 頬に赤みを残したまま、表情を引きしめて誠治に向き直る。


「今日は負けてしまったけど、まだ選手権が残っているわ。順当に勝ち上がれば、どこかで洛王と再戦することになるでしょう。そのときに今度こそやり返してやればいいのよ」


 冷静な口調の中にも熱い気持ちがこもっていた。負けて悔しいのは彼女も同じなのだ。

 その熱が流れ込んでくるように、誠治の中でも闘志の炎がふつふつと煮えたぎり始めた。


「……そうだな。次は絶対に勝つ」


 誠治は静かな、それでいて力強い口調で言い切った。


「そう。落ち込むのは仲間に任せて前を向いていればいいのよ。あなたはエースストライカーであり、単純さが売りのバ縢なのだから」

「バ縢は余計だっつーの」


 不服そうにそう言った後、誠治は照れくさそうに笑って冬美を見た。


「でも、サンキューな。冬美に慰めてもらうと、マジで元気出るわ」

「っ……!」


 冬美の顔がカァ、と赤く染まった。

 誠治から視線を逸らし、小さく「……そう」とつぶやいた。




 ——その様子を見ていた香奈は、同じく様子を(うかが)っていた巧に笑みを向けた。


「縢先輩、少し元気出たみたいですね」

「うん。よかった」


 巧も笑みを浮かべてうなずいた。

 誠治がベンチで項垂れている姿は目に入っていた。機を見て声をかけようと思っていたところで、冬美が声をかけたのだ。


 誠治はなんだか晴れやかな顔つきになっており、冬美も気恥ずかしげではあるが、その表情はどこか暖かかった。


(あの二人、なんかいい感じになってるなぁ)


 巧はふっと笑みをこぼして帰り支度を再開した。

 悔しさはもちろんある。だが、自分が出ていなかったからというのもあるのだろうか。巧の思考はすでに洛王との再戦に向かっていた。


 もし自分が出ていたらジョージを中心とした洛王の鉄壁のディフェンスをどう()(くぐ)るか——。

 そんなことを考えながら何気なく顔を上げると、同じく支度をしている真の姿が映った。どこか怠慢な動きだ。


(プライドの高い彼からすれば、何もさせてもらえずに前半で交代というのはショックだよね)


 視線に気がついたのか、真が顔を上げた。


「っ……!」


 目が合った瞬間、巧は金縛りにあったように動けなくなってしまった。

 睨まれたわけではない。むしろその逆。

 王子様とすら称される整った顔には表情がなく、眼差しは虚だった。


 あれはヤバい——!

 初めて真のことを怖いと思った。巧の背中を冷たい汗が流れた。


 真は興味なさそうにスッと視線を逸らした。

 その瞬間、巧の体は自由を取り戻した。


「っふぅ……」


 思わず息を吐いてしまう。心臓が全力疾走をした後のようにバクバクと脈打ち、額にじんわりと汗がにじんだ。


「どうしたんですか?」


 香奈が怪訝そうな表情を浮かべて尋ねてくる。巧は「いや」と首を振った。

 真が支度を終えて背を向けて歩き始めてから、香奈を呼んでその耳に口元を寄せた。


「西宮先輩の様子がおかしい。明らかに苛立ってる広川先輩と内村先輩もそうだけど、特に西宮先輩に注意しておいたほうがいいかも」

「っ……わかりました」


 おぼつかない足取りで去っていく真を見て、香奈が頬を引きつらせつつうなずいた。

 後ろ姿だけでも異様な雰囲気はわかったようだ。

 険しい表情で巧を見る。


「巧先輩こそ気をつけてくださいね。特に今の先輩は逃げようがないんですから、学校でもなるべく縢先輩とかといるようにしてください」

「うん。そうするよ。もともと今は誠治が色々手伝ってくれてるしね」

「あっ、そっか。それなら安心ですね」


 香奈がホッと表情を緩めた。


「じゃ、帰ろうか」

「そうしましょう。荷物、持ちますね」

「うん。ありがとう」


 巧が松葉杖で体を支えながら頭を撫でると、香奈がお安い御用ですよ、と照れくさそうに目を細めてはにかんだ。

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