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第241話 努力の結果

 朝日がまだ低い位置から差し込む中、香奈(かな)はユニフォームの仕分けをしていた。

 その手が一瞬止まり、ふわりと大きなあくびを漏らす。


「ん〜……」

「お疲れじゃん」


 横から声をかけられ、香奈は慌てて口元を押さえた。まさか近くに人がいるとは思っていなかった。

 声をかけてきた人物——あかりに照れ笑いを向ける。


「ごめん、見られちゃった?」

「そりゃ丸見えだよ。まあ、如月(きさらぎ)先輩のサポートとテストが重なってたから仕方ないよね。しんどくない? 大丈夫?」


 あかりが気遣うように香奈の顔を覗き込んでくる。

 香奈は安心させるように大きくうなずいた。


「大丈夫だよ。確かに疲れるけど、少しでも力になりたいから」

「好きな人のためなら、なんでも頑張れちゃう?」


 あかりが軽く口角を上げると、香奈もつられて笑った。


「うん。無限に力が湧いてくるね。なんか人生で一番マネージャーしてる気分」

「香奈ってさ、お嬢様っぽい雰囲気に見えて、実は結構尽くすタイプだよね」

「つらーいけどー否めなーい!」


 香奈は手をマイクにして歌ってみせた。

 あかりがくすりと笑った。


「あれ、香奈ってひげだん好きだっけ?」


「たまに聞くよ。ミックスナッツが一番好きかな」

「あぁ、確かにいい曲だよね」

「でもね、実はあれ、結構闇が深いんだよ」


 香奈は真剣な表情を浮かべた。

 あかりは怪訝そうに眉をひそめた。


「えっ、どういうこと?」

「隠し子ーおだらけ、つぎーはぎーだらけのホーム you know……」

「失礼すぎるでしょ」


 あかりが呆れたようにツッコんだ。

 香奈はしたり顔で続けた。


「ナッツって、実は子種の隠語なんだって」

「怒られればいいと思う」

「これぞまさに『official髭男ディスる』ってやつだね!」

「うん、そうだね」

「あっ、ひどい! 軽く流された!」


 香奈がブーブーと抗議してみせると、あかりが苦笑いを浮かべた。


「いやだってさ、そのネタもう使い古されてるじゃん。正直、飽きたよ」

「ナッツだけに懐かしいよね!」

「まだそこまでは回りきってないから。一周する手前の、一番おもしろくない時期だよ」

「まだパイパイではないってこと?」

「急な下ネタどうしたの」


 あかりが半眼になった。

 香奈はピースをしてみせた。


「おっぱいじゃないよ。二パイで三百六十度、一周でしょ?」

「……あぁ、弧度法ね」


 あかりは呆れたように笑い、香奈の頭を軽く小突いた。


「いてっ」

「香奈ってさ、お嬢様に見せかけてくだらないこと好きだよね。ちょっと如月先輩に似てるかも」

「えっ、(たくみ)先輩に?」


 香奈は驚いた。今の文脈で巧に似ていると言われるとは思っていなかった。

 あかりは軽く肩をすくめて言った。


「前に誕生日会に混ぜてもらったときも、(かがり)先輩とかとくだらないことでめちゃくちゃ笑い転げてたじゃん。やっぱりあんたらお似合いだよ」

「えへへ、ありがと」


 香奈ははにかむように笑い、少し赤くなった頬を隠すように髪を耳にかけた。親友の率直な言葉が照れくさくも嬉しかった。

 最近は、あかりと(まさる)の関係が少しずつ進展しているのが見て取れる。そのおかげか、香奈自身もあかりとより自然体で話せるようになっていた。


「あ、でもね、何か手伝ってほしいこととか聞いてほしいことがあったら、いつでも言ってよ?」


 あかりが優しげな笑みで香奈の肩を軽く叩いた。

 香奈は目を輝かせて大きくうなずいた。


「うん。ありがとう、あかり!」

「はいよ」


 ウインクをして、あかりが自分の作業に戻っていく。

 香奈も「よしっ!」と小さく拳を握り、再び仕事に戻った。




 ——翌日、金曜日の放課後。

 香奈は巧の家のソファーで膝を抱え、顔を埋めていた。その肩は小刻みに震えていた。


「ごめんなさい、巧先輩……」


 絞り出すような声に、巧は軽く首を振る。


「ううん、香奈が謝ることじゃないよ。切り替えよう。ね?」


 その穏やかな声に、香奈は「はい……」と返したが、顔を上げることはできなかった。

 優しく頭を撫でる巧の手が暖かいほど、自分の不甲斐なさが胸を締めつける。


 定期テストの結果は惨敗だった。テスト期間に入る前から巧にみっちり教えてもらい、これまでで一番自信を持って臨んだはずの今回。

 特に時間をかけて教えてもらった数学も、散々な出来だった。


 頑張ったのに結果が出なかったことはもちろん悔しい。

 だだそれ以上に、自分の勉強時間を割いてまで教えてくれた巧に申し訳なかった。


「すみません。せっかく教えてもらったのに……本当に情けなくてっ……」


 香奈の声は涙で掠れていた。

 巧はそんな彼女をじっと見つめ、ふっと小さく息を吐いた。


「情けなくなんかない。香奈はここ最近本当に頑張ってたよ。でも一つだけ、大事なことを教えておくね」


 香奈はわずかに顔を上げた。巧は優しげな微笑を浮かべて続けた。


「努力っていうのはさ、すぐに結果が出るものじゃないんだ。ほら、よく人の成長曲線だって指数関数的に伸びていくグラフ、見たことない? 尻上がりに上がっていくやつ」

「あぁ……はい」

「あれは真理だと思うよ。だってさ、逆にゲームみたいにやった分だけすぐに成果が出るなら、運動にせよ勉強にせよみんな努力すると思わない?」

「……確かに、それはそうですね」


 香奈は小さくうなずいた。

 ゲームの楽しさは、すぐになんらかの成功報酬だったり結果だったりが得られるからこそのものだ。

 もしも時間や労力を費やしても一向にキャラが強くならなかったら、誰もRPGなどやらないだろう。


「そうでしょ? でも実際は、すぐに成果が見えないから努力をやめちゃう人がほとんどだよね」


 巧の言葉に、香奈はまた小さくうなずく。

 続く言葉を待つように、彼の顔をじっと見つめた。


「努力しても必ず成功するとは限らないよ。才能とか運とかもあるからね。でも、努力し続ければ成果が出ると信じてる人だけが、最後に何かしらの成功を手にするんだと思う」


 香奈は同意を示すようにコクンとうなずいた。努力で這い上がってきた巧だからこその説得力があった。

 巧は優しくうなずき、香奈の頭にそっと手を置いた。


「あんまり調子に乗らせちゃダメだと思って言ってなかったけど、最近香奈に教えるの簡単になってきてるんだ。それって香奈が前よりできるようになってるからこそだし、さっきざっとテストも見たけど、惜しい回答も増えてきてる。確実に成果は出てるよ。僕が保証する。だからさ、もう少しだけ頑張ってみない?」


 その言葉に、香奈の目がじんわりと潤んだ。


「……はいっ」


 頑張りを認めてくれる巧の声が、心にじんわりと染みていく。それと同時に、ふつふつとやる気が湧き上がってきた。


「よし、いい子だ」


 巧がやや乱暴に頭を撫でてくる。

 激励の気持ちが言葉にせずとも伝わってきて、香奈は嬉しくなった。


 ふと、巧が真剣な表情を浮かべた。


「でもさ、香奈」

「はい」

「今回に関しては、僕のサポートをしてて時間が取れなかったり、疲れが出ちゃったっていうのもあると思うんだ」


 その言葉に、香奈は慌てて首を横に振った。


「それはっ……違います! 巧先輩のせいじゃありませんし、全然負担じゃなかったですから!」

「うん、それはわかってる。でも、万全じゃなかったのも事実でしょ?」

「……まあ……」


 巧の冷静な言葉に、香奈はうつむきながらも小さくうなずきいた。

 実際、彼が怪我をしてしまってからは徐々に疲労が蓄積している感覚はあった。


「だからさ、次だよ。学年末のテストで、この鬱憤(うっぷん)を晴らそう。僕も全力でサポートするからさ」


 巧の真っ直ぐな目に、香奈の心が一気に晴れていく。

 まるで霧が一瞬で晴れるように、気持ちが軽くなっていった。


「はいっ! 頑張ります!」


 香奈は拳を握りしめながら、巧に向けて笑顔を返した。

 そのルビー色の瞳には、すっかりやる気を取り戻した輝きが宿っていた。

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