第232話 元三軍キャプテンが珍しく話しかけてきた
咲麗高校サッカー部の一軍は火曜日から全体練習を再開した。
顔ぶれに少しだけ変化があった。
日曜日に行われたプリンスリーグでの活躍を受けて、真の取り巻きである内村が一軍に復帰したのだ。
「内村、打て!」
「ナイッシュー!」
内村の威力と精度を兼ね備えたシュートがゴール右上に突き刺さり、どよめきが起こる。
故障した巧と同じ攻撃的なボランチだったこと、そして二軍には他にめぼしい中盤の選手がいなかったことが白羽の矢が立った大きな要因だろうが、彼はここ数ヶ月とは打って変わって真剣に練習に打ち込み、周囲の懐疑的な視線に応えていた。
同じく真の取り巻きであり、一軍には残っているもののベンチ外の扱いを受けてすっかりやさぐれていたはずの広川もまた、一昨日の日曜日以降は覇気のこもったプレーを見せ続けている。
どちらも元々一軍に在籍できる能力は持っていたのだ。ポテンシャルを完全に発揮できたなら、十分に計算できる戦力になる。
(西宮先輩とまではいかないけど、やっぱりあの二人も上手いよなぁ。僕より走れるし)
自分と同じタイプである二人の活躍には、巧も当然ながら焦りを覚えた。
ただ、これまでやる気のないプレーや言動で足を引っ張っていた彼らの復活は、そのままチーム力の向上につながる。それ自体は素晴らしいことだとも思っていた。
間違っても今度は自分が足を引っ張ってやろうなどとは思わないし、どれだけ焦ったところで今の巧はプレーでアピールをすることもできない。
それを一日でも早く可能にするためにもケアであったりリハビリであったり、一つ一つできることを地道にやっていくしかないのだ。
その日も放課後に病院の検査の予定が入っていた。
香奈に付き添ってもらいながら、コーチの待つ車に向かう。
「これから病院?」
背後から声をかけられた。
真親衛隊リーダーの志保だった。
「はい」
「来週も火曜日のこの時間?」
「そうです」
「じゃあ定期テスト明けなのに、如月君はすぐに帰っちゃうのか。君のファンは悲しむね」
志保はどこか揶揄うように言った。
「僕はどのみちプレーしませんけど」
「ファンっていうのはその選手がプレーしてなくても、とりあえず何か頑張ってる姿を見たいものなんだよ」
何やら得意げな志保の言葉に、香奈もウンウンとうなずいている。
「そんなものですか」
「そんなものよ。私だってもし真君が怪我しても絶対見にくるし、実際見にきてたもん。まあそれはいいとして——」
志保が真剣な表情になり、チラッと香奈を見た。
「病院まで彼女さんに付き添ってもらうの?」
「いえ、香奈は僕の専属ではありませんし、チームに欠かせない人材ですから。非常に残念ですけど、いくら恋人とはいえ部活中は独り占めするわけにもいきませんので」
「た、巧先輩。言いすぎですよっ」
香奈がほんのりと頬を染めつつ、上目遣いで睨んでくる。
「そうかな? ごめんね」
巧は一昨日の勉強会兼誕生日会の反省を思い出し、頭を撫でそうになるのを必死に堪えた。
何やらため息を吐いている志保に向き直る。
「それに、僕一人で行くわけじゃありませんから。この後コーチに送っていただくんです」
「なるほどね。ちぇ、彼女さんに支えてもらいながらのイチャイチャ展開を期待してたんだけどなぁ」
「そ、そんなみなさんの前ではイチャつきませんもん」
志保に揶揄われ、香奈が頬を赤らめてもじもじ体を動かした。
巧は真面目な表情でぺこりと頭を下げた。
「ご期待に沿えず申し訳ありません」
「いや、そんな堅っ苦しく謝られるとこっちが居心地悪いんだけど……ずっとコーチと?」
どこか残念そうに志保が尋ねてくる。
「いえ、病院自体は近いので、普通に歩けるようになったら一人で行く予定です」
「あっ、そうなんだ。よかった」
志保は安堵したようにホッと息を吐いた。
「何がですか?」
「いや、ずっとコーチとのBLイチャイチャ見なくていいんだって思って」
「別にイチャイチャはしないですよ。あと、すみません。待たせちゃっているのでそろそろいいですか?」
「あっ、そうだね。くだらないことで引き留めてごめん」
志保が申し訳なさそうに手を合わせ、許しを乞うようにウインクをした。
巧は「いえ」と首を振った。実際、特に気にしてはいなかった。
「ありがと。それじゃ、頑張ってね。白雪さんも」
「「ありがとうございます」」
巧と香奈は頭を下げ、再び歩き出した。
車から十メートルほど手前で足を止めた。
「香奈、ここまででいいよ」
「はい」
香奈は素直にうなずいた。
「お互い頑張りましょう!」
「うん」
巧と拳を合わせ、去っていった。
「お待たせしました。コーチ、武岡先輩」
車まで着いてきてもらわなかった理由は、元三軍キャプテンの武岡も同乗することになっていたからだ。
彼は以前の二軍の試合で怪我を負い、戦列を離れていた。すでに完治しかけており、今日が最終検査らしい。
巧とほとんど時間が被っているということで、一緒に病院に向かうことになった。
三軍にいたころのいざこざを聞いていたのか、京極からは別々の車にしてもいいと言われていたが、わざわざ二台出してもらうのも申し訳ないため遠慮した。
かつてはしつこく絡んできた面倒な存在だったが、心を入れ替えた彼は真剣にサッカーに取り組んでいる。
積極的に一緒にいたいとは思わないし、事実として香奈を引き合わせたくはなかったが、巧が一人でいるときであれば強く拒絶する理由もなかった。
「二人とも、いいか?」
「うす」
「はい。よろしくお願いします」
軽くうなずいた武岡の横で、巧は頭を下げた。
「おう。じゃあ出すぞ」
車がゆっくりと発進した。
「——如月」
巧とコーチの他愛のないサッカー談義が一段落したタイミングで、不意に武岡が話しかけてきた。
珍しいことだと思いつつ、巧は返事をした。
「なんですか?」
「お前と西宮は仲悪いっつーのに、志保とは仲良いのか?」
言葉を交わしていたのが車内からでも見えたのだろう。
口調こそぶっきらぼうだったが、何やら真剣な表情だった。
武岡は心を入れ替えて以降、香奈だけではなくほとんど全ての女子を苗字で呼ぶようになったと聞いていた。
そんな中で志保は名前で呼んだことに若干の引っかかりを覚えつつ、巧はうなずいた。
「そうですね。青山先輩が西宮先輩の親衛隊のリーダーになってからは、たまにお声をかけていただいてます。あの、それが何か?」
「……いや、なんでもねえ」
武岡は少しだけ考え込むそぶりを見せてから、首を振った。
釈然としない思いは抱きつつも、巧もそれ以上は尋ねなかった。
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