第22話 美少女後輩マネージャーに警告した
「先輩っ、切り終わりました!」
「ありがとう」
「次は何をいたしましょうか⁉︎」
「あっ、うん。次はね——」
指示を出すと、「合点承知のすけ!」という訳のわからない言葉とともに敬礼をして、香奈はテキパキと作業を始める。
(特に一回家に帰ってから、テンションがおかしくなってるなぁ)
巧は苦笑した。
本当にただテンションが高いだけなので、一向に構いはしないのだが。
——そして、料理も終盤に差し掛かったころ、
「先輩、私まな板」
「……はっ?」
意味がわからず、巧は香奈を凝視してしまった。
「あっ、すみません。略しすぎました。私、まな板洗っちゃいますね」
「明らかにわざとだよね?」
「えへへー」
香奈がチロっと舌を出した。
「お前がまな板なわけねーだろって思いました?」
「うん、思った」
「そこ認めちゃうんですね」
香奈がおかしそうに笑った。
「いやぁ、さすがに認めないほうが無理あるでしょ」
香奈がまな板なら、この世から巨乳という概念が消えてしまうかもしれない。
「嬉しいこと言ってくれますねぇ。そんな先輩にはご褒美です! 特別に私のカップ数、教えて差し上げましょうか?」
「いい」
「E? Dかもしれないし、Fかもしれませんよ?」
香奈がドヤ顔で胸を強調する。
「あっ、ごめん。アルファベットのEじゃなくて、教えてもらわなくていいのいいだった」
「あ……そ、そうすか」
ハイテンションだった香奈が、途端にシュンとなった。
頬は桜色に染まり、落ち着きなく体を動かしている。
きっと、羞恥が血流のように全身を駆け巡り、叫び出したい衝動に駆られていることだろう。
「……また、びしょハラされました」
「今のはセルフでしょ。というより、今のもちょっと危ないラインだよ」
「……やっぱり、下ネタはダメですか?」
香奈が視線を下げた。
「いや、そういうわけじゃないけど、白雪さんが下ネタオッケーな人ってわかったら、めちゃくちゃそういう話題振ってくる男だっているだろうし」
「心配してくれるのは嬉しいですけど、それは大丈夫ですよ。先輩にしか言うつもりありませんから」
「……だとしても、白雪さん自身に関わるようなのはダメ。パンツもそうだし、カップ数も」
「はーい。でも、普通のはいいんですよね? 先輩、下ネタを言う女の子は嫌いじゃないですか?」
香奈が不安そうに尋ねてくる。
「別に極端じゃなければ嫌いじゃないよ。むしろ、そういうノリもできる子のほうがいいかな。変に気を遣わなくてもいいから」
「じゃあ、ちょいちょい言います!」
「うん、嫌な予感するからやっぱりやめて」
「先輩、男に二言はありませんよ。本当についてるんですか?」
「早速言うじゃん」
巧は苦笑いを浮かべた。表情を真剣なものに戻して続ける。
「あと、そういう僕に関わるようなこともあんまり言わないでね。僕だって男だから、何も感じないわけじゃないよ」
「えっ、先輩。もしかして発情しちゃったりするんですかぁ〜?」
香奈がニマニマと笑った。
「そうだね。しちゃうかもしれない」
巧はゆっくりと香奈に近づいていった。
「へっ……? あ、あの、先輩っ⁉︎」
後退りつつ、香奈が頬を引き攣らせた。
巧がさらに距離を詰めると、彼女は頬を染めて涙を浮かべた。
「あのっ、えっと、その、私っ……! まだっ、心の——」
「なんて、冗談だよ」
「……ほえっ?」
香奈が間の抜けた声を出した。
巧は務めて穏やかな笑みを浮かべた。
「大丈夫。白雪さんを襲うつもりなんてないから安心して」
「えっ……? あっ、か、揶揄ったのですか⁉︎」
香奈が真っ赤な顔で憤慨した。
巧は首を横に振った。
「違うよ。今のは真面目な警告。今はまだ全然大丈夫だけど、エスカレートしたらどうなるかわからない。だから、早めに釘を刺しておいたんだ。後輩として甘えてくれているだけなのはわかってるし、素直に嬉しいけど、一応男の一人暮らしの家に上がり込んでいる自覚だけは持っておいてね」
「ハ、ハイっ……!」
香奈は、初めて部活見学に来た人見知りの新入生のような返事をした。
「そんなに畏まらなくていいよ。脅しちゃってごめんね。でも、基本的には全然素の状態でくつろいでもらっちゃっていいから」
お互いのために必要な行動だったとはいえ、巧は今更ながら恥ずかしさを覚えていた。
言いたいことを言って、すぐに料理に戻る。
「せ、先輩っ……ちょっとトイレをお借りしてもいいですか?」
「どうぞー」
「し、失礼しますっ!」
香奈がダッシュで駆けていく。
(漏れそうなのかな? さっき表情が固くなってたのも、もしかして我慢してたのか)
それなら申し訳ないことをしちゃったな、と巧は反省した。
(今後はもっと、自然とトイレに行きやすいような雰囲気づくりを心がけよう)
巧はそう自分に言い聞かせた。
そうだけどそうじゃない、とツッコミを入れる者は、残念ながらその場にはいなかった。
香奈が戻ってきたのは、かれこれ十分ほど経過してのことだった。
ちょうど料理を作り終えたところだ。
「すみません、先輩一人にやらせちゃって」
「いいよいいよ。白雪さんは座ってて」
「いえ、盛り付けくらいは私にやらせてください! ささ、どうぞこちらへ」
上品な口調とは反対に、香奈は強引に腕を引っ張って巧を椅子に座らせた。
「本当にいいの?」
「はい、先輩は地団駄でも踏んでてください」
「別に悔しくないよ。純粋にありがたいけど」
「頭突きしますよ?」
「……それはジダンだね」
ワールドカップ決勝で相手選手の挑発に耐えきれず、頭突きをくらわせて退場処分を受けたフランスのテクニシャンだ。
「おー、さすがです!」
香奈がイェーイ、とハイタッチを求めてくる。
トイレから戻ってきたら、警告をする前以上にテンションが高い。
ジェットコースターみたいだな、苦笑しつつ、巧は手のひらを合わせた。
香奈がフルスイングしなかったため、前回のような事故が起こることもなく、二人は無事に手のひらを交わした。
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