第208話 王子様の取り巻きを注意した
一軍と二軍が合同練習をすることはほとんどないため、それぞれの選手は練習の合間などにも積極的に交流していた。
巧は誠治や優、大介などとともに鳥籠——複数の選手が円状に並んで、円の中にポジションを取る鬼役の選手にボールを奪われないようにパスを回す練習——を行なったり、意見交換をしていた。
しかしそれは、あくまでやる気のある者たちが集まっていたからこそだ。
グラウンドの隅では、二人の三年生が練習と全く関係のない話をして笑っていた。真の取り巻きの、一軍ではすっかりベンチ外となっている広川と二軍に降格した内村である。
それぞれ一軍と二軍の監督である京極や間宮、同じくそれぞれのキャプテンである飛鳥や二瓶といった発言権のある者たちの前では大人しくしていたが、周囲に後輩しかいなくなったと見るや雑談を始めたようだ。
腐ったリンゴは、やがて正常だった他のリンゴも腐らせる。
だらけている姿を後輩に見せてほしくない、悪い影響を与えないでほしいと思ったときには、巧は彼らに話しかけていた。
「広川先輩、内村先輩。今は練習中です。関係のない話はせず、練習に集中してください」
「あー? へいへい」
「わかりましたよ」
彼らは「だる」などとつぶやきながら、その場を去っていった。
別の場所に行ってまた雑談を再開する、という様子はなさそうだった。
安堵の息を吐いた巧の元に、真親衛隊のリーダーである志保が心配そうな表情で近づいてくる。顔を寄せて小声で尋ねてきた。
「如月君。あの二人と何を話していたの?」
「全く部活と関係のない話をしていたので、注意をしていました。後輩に真似をしてほしくはないですし」
「なるほど。さすがだね。でも、そういうのは監督とかキャプテンとかに任せるべきじゃない? 如月君はあんまりあいつらを刺激しないほうがいいでしょ。君自身のためにも、彼女さんのためにも」
志保がチラッと香奈を見た。
巧はハッとなった。
「おっしゃる通りですね。今後はそうします。心配していただいてありがとうございます」
「ううん、お節介でごめんね」
そう言ってチロリと舌を出してから、志保は去っていった。
確かにちょっと軽率だったな——。
巧は今一度気を引きしめた。
最近の真一派に何か仕掛けてくるような予兆はないが、それでも警戒すべき対象であることに変わりはないのだ。
先程は後輩たちのことを思って咄嗟に注意してしまったが、今後は志保の言うように周囲の発言力のある者たちの力を借りようと決めた。
巧は夕方まで誠治、優、大介と遊んだ後、自宅に戻った。
香奈から夕方には帰ってきてほしいと言われていたからだ。
何気なく鍵を開けて自宅の扉を引くと、パァーンという破裂音が響いた。
直後に頭上から紙飛沫が降ってくる。
「巧先輩っ、一週間前のおめでとうです!」
「……えっ?」
クラッカーを引いたままの姿勢でニコニコと笑う香奈を前に、巧は呆然と立ち尽くした。
彼女が彼の家に滞在していること自体は、合鍵を渡しているため不思議ではない。単純に状況が掴めなかったのだ。
(えっと……一週間前のおめでとうって言った? あっ、そういうことか)
巧は彼女の言葉を咀嚼し、狙いに気づいた。
一週間後の十一月三十日は彼の誕生日なのだ。
「早めに僕の誕生日を祝ってくれたってこと?」
「はい! お誕生日会は今度みなさんとやるじゃないですか。けど、それとは別に二人だけでお祝いしたくって」
十一月三十日は木曜日だ。誠治と優、大介といういつものメンバーに香奈、冬美、あかりを加えた六人が十二月三日の日曜日にお祝いしてくれることになっていた。
テスト前でもあるため、勉強会の後にご褒美的な意味合いも兼ねて誕生会をする予定だ。
「誕生日当日の夜でもよかったんですけど、飾りつけとかするなら今日しかなくて、一週間前はさすがに早すぎるかなと思いつつ決行しちゃいました」
香奈が照れたようにはにかんだ。
その瞳は期待と不安に揺れていた。自分でも言った通り、一週間前のお祝いを喜んでもらえるか不安なのだろう。
——その心配は杞憂だった。巧の胸にはじわじわと喜びが込み上げていた。
彼女が自分のために何かを用意してくれたのだ。彼氏として嬉しくないはずはなかった。
「そうだったんだ。ありがとう、香奈。本当に嬉しいよ」
巧は心の底からのお礼を述べつつ、その体を優しく抱きしめた。
「本当ですか? 一週間前って変じゃないですか?」
香奈が上目遣いで見上げてきた。その瞳にはまだ少しだけ不安の色が残っていた。
巧は「まさか」と笑いながら首を振った。
「香奈が僕のことを考えて頑張ってくれたんだもん。それだけで最高に嬉しいよ」
巧はおでこにキスを落としてにっこりと笑った。
腕の中で香奈の表情が花が咲いたようにパァ、と輝いた。
「よかった……!」
噛みしめるようにそう言った後、巧の腕からささっと抜け出した。
素早く背後に回り込み、「早く早く」と子供のように無邪気な声をあげつつ背中を押してくる。
(飾りつけを見てほしいんだろうなぁ)
巧は愛おしさを感じて笑みをこぼしながらリビングに入り、
「わぁ……!」
歓声を上げた。
真っ先に飛び込んできたのは「HAPPY BIRTHDAY !」というカラフルな文字だった。色紙などを切り取ったものではなく、一文字一文字マジックで書かれていた。
「すごっ……! あれ、香奈の字だよね?」
「イエス!」
巧の背後にいた香奈が、腰のあたりからひょこっと顔を覗かせた。自信ありげな表情だ。
思わず頭を撫でると、猫のように目を細めて相好を崩した。
「ふふ、達筆でしょう?」
「うん、すごく綺麗。気持ちが伝わってくるよ」
「えっ、どんな気持ちですかぁ?」
「……香奈が僕のことを好きでいてくれている気持ちが」
「よろしい」
巧が照れくさそうに言うと、香奈は腕を組んで偉そうにうなずいた。顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
楽しげな彼女を見ていると本当にお祝いしたいのだという思いが伝わってくるので、揶揄われたはずの巧も笑顔になってしまった。
一際目を引くその文字の他にも、折り紙などを使ってハートや星などの様々な装飾が壁に施されていた。
少々子供じみている気もしたが、同じ形をいくつも作って連結させたりする作業は決して簡単ではなかったはずだ。
(僕のために、ここまで頑張ってくれたんだ)
巧は胸がポカポカと温かくなるのを感じながら、装飾を愛おしげに見つめた。
「カラフルで可愛いね、これとかも」
一番上手くできているハートに触れた。紫色の折り紙で作られていた。
香奈は我が意を得たりとばかりに大きくうなずいた。
「そうでしょう? 紫は特に丹精込めて作ったんです」
「あっ、そうなんだ。どうして?」
巧が尋ねると、香奈は頬を染めつつ照れくさそうに笑って、
「だって、巧先輩の色ですもん」
「っ……! そういうことか。ありがとね、本当に」
巧は頬に熱が集まるのを自覚しつつ、香奈を抱きしめた。
感謝と愛情を伝えるように口付けをした。
何回か唇同士を触れさせあってから、巧は顔を離した。
目を細めて愛おしげに見つめると、香奈は腕の中でくすぐったそうに笑った。
巧は毛流れに沿ってルビー色のその頭を優しく撫でながら、
「大変だったでしょ。全部一人でやったの?」
「はい。前もって準備してたり、間に合わないと思って断念したのもありますけど」
「十分すぎるよ。ありがとう」
「えへへ〜、どうしたしましてっ」
香奈はにぱっと笑いつつ、やってよかったなと思った。
巧の幸せそうな笑みを見られただけで全ての努力が報われた気がしたし、何より香奈自身も嬉しかった。
実家——白雪家でやるという選択肢もあったし、それなら両親の手も借りられたかもしれないが、何よりも二人きりの時間を過ごしたかった。
いくら可愛がっている巧の誕生日会とはいえ両親を家に入れさせないわけにはいかないし、仮に二人が承諾してくれたとしても巧が申し訳なく感じてしまうだろうと考えたのだ。
だから、彼の家を会場にして一人で頑張ることに決めた。
ちなみにあかりには声をかけたのだが、「飾り付け要員とはいえ、彼氏と一緒でもないのに他の男の人の家には上がらないほうがいいと思うから」と断られてしまった。
わざわざ巧に告げることはないが。
そのあかりは現在、優と一緒にいる。
お互いに好きなロックバンドである「ONE OK ROCK」のライブ映像を一緒に見るらしい。
あかりも頑張れ——。
香奈は親友に内心でエールを送ってから、巧を全力でお祝いすることに意識を戻した。
一週間前の誕生日会とはいえ、最愛の彼氏を祝うのだ。
クラッカーと飾りつけだけで終わらせるつもりはなかった。
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