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第203話 力になれていたのなら

 (たくみ)香奈(かな)が休憩室でお弁当を広げているころ、咲麗(しょうれい)サッカー部の二軍、いわゆる咲麗Bは母校のグラウンドに集合していた。


 高校サッカーの二部リーグにあたるプリンスリーグはまだ再開していないため、練習試合だ。

 相手は地区こそ違うものの、同じプリンスリーグに所属している強豪だった。


「巧たちは全国出場を決めたんだ。俺たちも負けてらんねえな」

「うむ、間違いないな。ガッハッハ!」


 (まさる)大介(だいすけ)は気合い十分といった表情で拳を突き合わせた。

 巧たちに触発されたのは彼らだけではない。チーム全体の士気もこれまで以上に高かった。


 それを象徴するかのように、咲麗Bは前半から攻め立てた。

 ハーフタイムに入った時点で二対〇でリードしていた。フォワードがいくつか決定機を逃していたため、もっと点差が開いていても不思議ではないほど完璧な試合運びだった。


 しかし、後半途中にアクシデントが起きた。

 アンカー、いわゆる中盤の底で敵の攻撃をことごとくシャットアウトしていた武岡(たけおか)が怪我をしてしまったのだ。


 練習試合ということもあり積極的に交代していたため、ベンチにはボランチをできる者が残っていなかった。

 二軍監督の間宮(まみや)は、急遽(きゅうきょ)優をボランチで起用した。


 ——それは、結果として素晴らしい采配だった。

 短い時間ではあったが、優はサイドで出場していたそれまで以上のプレーを見せたのだ。

 その優のアシストもあってさらに一点を追加した咲麗Bは、四対〇で大勝した。


「お疲れ様です、百瀬(ももせ)先輩」


 ベンチに戻って汗を拭う優の元に、あかりがタオルを持って声をかけた。


「おっ、あざす」

「ボランチに入ってから特にすごかったですね。攻撃は元より守備もすごく頑張ってましたし……その、格好良かったです」


 そう言ってあかりがはにかんだ。


「っ……そっか。さんきゅ」


 息を呑んだ優は、視線を外しながら小さくお礼を言った。

 頬はそれまで以上に紅潮していた。口元には隠しきれない喜びがにじみ出ていた。


 あかりはハッとなって視線を外した。

 早まった心臓の鼓動を鎮めるようにそっと深呼吸をしてから、


「それじゃあ、この後も頑張ってくださいね」


 そう言い残して、優の元を離れた。

 空になったボトルを集める。しゃがみ込んだまま少しの間それらをぼーっと眺めてから、気持ちを切り替えるように「よしっ」と立ち上がった。




 片付けやストレッチを済ませた後、優とあかりのみが監督の間宮に呼ばれた。隣には一軍監督である京極(きょうごく)もいた。

 彼は優とあかりが来るなり、笑顔で言い放った。


「お前たち、明日から一軍だ!」

「「……へっ?」」


 優とあかりは思わず顔を見合わせた。


「えっ、あ、あの? 一軍? 俺らが?」

「あぁ。昨日の時点で選手とマネージャーが一人ずつ辞めたからな。その枠にお前らが入ることになった。変に意識しても良くないだろうから言っていなかったが、京極監督はそのために視察に来ていたんだ」

「うむ! マネージャーは将来性も考えて七瀬(ななせ)でほとんど決まっていたが、選手のほうを決めかねていてな。辞めた木村(きむら)はボランチだったから同じポジションを……と思っていたが、優。お前がボランチで素晴らしい動きを見せたからな! サイドプレーヤーとしてもオプションになり得るとは間宮から言われていたし、明日から一軍で頑張ってくれ!」

「っ……はい!」


 優は腹の底から大きな声を出した。


「お前たちの努力はずっと見てきた。一軍でもきっとやれるはずだ。頑張れよ」

「「はいっ!」」


 優とあかりは同時に返事をした。

 京極はハッハッハと豪快に、そして間宮は親のように優しげに笑った。


 二人が去り、その場には優とあかりのみが残された。

 静寂が訪れると、それまでどこか夢見心地だった優の胸に、信じられないという思いと努力が報われた喜びが一気に押し寄せてきた。


「百瀬先輩、おめでとうございます。努力が報われましたね」

「サンキュー……七瀬もな」


 優の声は震えていた。喜びを噛みしめていた。

 一軍に昇格できたことに加え、それを好きな人が喜んでくれているのだ。こんなに嬉しいことはなかった。


「俺がここまで来れたのも七瀬のおかげだ。マジでありがとう」


 優のまっすぐな眼差しと言葉があかりの胸に突き刺さった。


「っ……!」


 あかりは言葉を詰まらせた。頬に熱が集まるのがわかる。

 照れてしまったことを誤魔化すように視線を逸らしつつ、


「……私は大したことはしていません。一軍に昇格できたのはあくまで百瀬先輩自身の力ですよ」

「そんなことねえよ。あのとき七瀬が声をかけてくれなきゃ、俺は今も三軍でくすぶってたと思う」


 巧がメキメキと頭角を表して一軍昇格にまでこぎつけたとき、優は嬉しく思うと同時になんであいつが、とも思った

 自分が足踏みをしている間に、三軍にいたころは自分よりも序列が低かった友達がスターダムを駆け上がっていくのを見て嫉妬してしまったのだ。


 友達にそんなことを思うなんて最低だ、と自己嫌悪に陥っていた優を救ってくれたのがあかりだった。


 たとえ友達だったとしても、抱いちゃいけない感情を抱くことくらいあるんじゃないですか——。

 彼女はさらりとそう言ってのけた。それを相手にぶつけずに力に変えればいいとも。


「あの言葉に本当に救われたんだよ。巧にだけじゃなくて、他の二軍に上がってた同級生とか後輩に感じていたジェラシーも一気に軽くなったからさ。さすがに誠治(せいじ)とかにはそもそも嫉妬してなかったけど、あのときに気持ちが軽くなったからここまで頑張ってこれたんだ。だから一軍に昇格できたのは七瀬のおかげだよ」


 優は顔を真っ赤にしつつも、あかりから目を逸らさなかった。

 小っ恥ずかしいことを口にしている自覚はあったが、紛れもない本心だった。羞恥以上に感謝を伝えたいという気持ちが強かった。


 ——そんな優の想いは当然あかりにも伝わっていた。

 嬉しかった。耳まで赤くして思わずうつむいてしまった。


(こんなだらしない顔は見せたくない。でも……)


 優が赤面しつつも真っ直ぐな想いを伝えてくれたのに、自分だけうつむいているのは卑怯だと思った。

 あかりは意を決して顔をあげた。胸の内に抱いている喜びや感謝を表現するように、少しだけ首を傾げてはにかむように笑った。


「大袈裟だとは思いますけど……でも、百瀬先輩の力になれていたのなら嬉しいです」

「——七瀬っ」


(……えっ?)


 突然、あかりの視界が暗くなった。

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