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第2話 三軍キャプテンは美少女後輩マネージャーを待ち伏せする

「いいツラしてたなぁ、如月(きさらぎ)のやつ」


 高校の敷地を悠然と歩きながら、武岡(たけおか)は退部を命じたときの(たくみ)の表情を思い出し、口元を歪めた。


「あれはもう、完全に心折れただろ。他の奴らならともかく、俺に言われちゃ辞めるしかねえもんな。香奈も途中で諦めるような雑魚には興味ねえだろう。そうなれば、あとは俺がじっくり距離を詰めていけばいい。女なんて、好意を伝え続ければ簡単にオチるからな。あー、早くあの胸を揉みしだきてえ……」


 自分の手で乱れる香奈を想像して、武岡はさらに笑みを深めた。

 同時に、彼女との今朝のやりとりが脳内に浮かんでくる。


『別に彼氏もいねえんだろ? だったら何も気にせず遊べばいい。これまでの男はつまんなかったかもしれねえが、俺は退屈させねえぜ。なんせ、そこらの奴らとは経験がちげえからな』

『直近はちょっと忙しいですし……すみません』


  これまでの女遊びの経験をアピールして見せたが、それでも香奈のガードは固かった。


「今は少しばかり警戒されているが……それは香奈が俺のことを男として意識しているからだ。あいつはあいつで何度も口説かれてきてるだろうし、案外、強引に手を出されることを望んでいるのかもしれねえな。プランBとして考えておくか」


 巧は退部する。そして、いずれ香奈は自分のモノになる。  武岡にとっては、それが当然の成り行きだった。

 そう確信していた武岡は、正門近くで赤みを帯びた髪色を視界にとらえ、笑みを深めた。


(来た……!)


 武岡は、香奈を待っていた。

 補習が終わる時間はだいたい把握していたし、偶然を装って出くわすには、今がちょうどいいタイミングだった。


「おい、香奈」


 わざと低く、雑に呼びかける。

 香奈が少し驚いたように立ち止まり、振り返った。


「……あ、武岡先輩。こんにちは」

「あぁ。今、帰るとこか?」

「はい、補習が終わったところで……三軍の試合は、もう終わったんですか?」


 その問いに、武岡はわざと重々しくうなずいた。


「ああ……終わったよ。まあ、案の定ってやつだったけどな」


 鼻で笑い、ポケットに手を突っ込む。

 香奈がほんのりと眉を寄せた。


「案の定?」

「如月のミスで負けた。前にも増して動きが酷くてよ。前向きな声かけはしてやったが……あれはもうダメだな。目が死んでた。完全に心が折れてる証拠だ」

「……そう、ですか」


 香奈の声が、かすかに揺れた。


(……いや、これは単に香奈が甘っちょろいだけだ)


 武岡はそう自分に言い聞かせ、ざわつく心を落ち着かせた。

 そして、あえてゆっくりとした口調で喋り出した。


「お前もいい加減、あんな根性のねえやつとつるむのはやめろ。途中で投げ出すようなやつは、どんなことだってうまくいかねえよ」

「っ……」


 香奈の眉がぴくりと震えるが、武岡はそれに気づかず得意げに続ける。


「ヘタレで言い寄ってこねえから楽なんだろうが、草食系なんてのは所詮、自分に自信が持てねえ貧弱な男ばっかだ。あんなナヨナヨしたやつ、お前には似合わねえよ」

「……私はそんな、大層な女じゃありませんから」


 香奈は押し殺したようにそう言った後、間髪入れずに続けた。


「それでは、私はここで失礼します」


 ぺこりと頭を下げると、武岡の進行方向とは違うほうへ歩き出す。

 武岡はその背中に声をかけた。


「たしか徒歩通学なんだろ? 送ってってやろうか?」

「いえ、用事があるので。それでは、失礼します」


 香奈はもう一度頭を下げると、そのまま歩き出した。

 武岡はもう声をかけることはせず、鼻で笑った。


「ハッ……食えねぇ女だな」


 だが、すぐに口元に余裕の笑みを戻す。


「まあいい。時間はまだまだあんだからよ」




◇ ◇ ◇




 武岡と別れ、角を曲がってから少し経ったころ、香奈は腕時計を見るふりをしながら、目線だけで背後を確認した。


(……ついてきてない)


 誰もいないことを確認した瞬間、彼女は全力で駆け出した。

 すぐに雨が降り始め、徐々に強くなり、やがて本降りになった。


 一応傘は差したが、全力疾走をしている状態では雨を完全に防ぐことなどできない。髪の毛や服が体に張り付く感触は不快だったが、今だけはそんなものはどうでも良かった。

 水たまりに突っ込んで、靴の中にまで雨水が侵入してきても、香奈は足を止めなかった。


(先輩っ……!)


 脳裏に蘇るのは、補習の前に言葉を交わした際の、()の表情。


『私も補習で寝ないように頑張りますから、先輩も試合、頑張ってくださいね!』


 そんな香奈の言葉に、彼は『お互い頑張ろう』と微笑んだ。

 最近あまり元気がなさそうだった彼が笑みを見せてくれたことに香奈は安堵したが、今思えば、心配をかけまいと無理をさせてしまっていたかもしれない。


 そんな気遣いのできる彼に、香奈は入学してからこの四ヶ月、たくさん支えられてきた。

 ならば、今度は香奈が彼を支える番だ。


(先輩ほどサッカーが好きな人なんて、いないんだから……!)


 香奈は自宅であるマンションの前を、一瞥もすることなく走り抜け、その先の公園を目指した。

 そして、入り口付近のベンチで見知った紫髪を見つけ、肺に残ったわずかな酸素を振り絞った。


「——先輩!」

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