第18話 美少女後輩マネージャーの拒絶、怒り狂う三軍キャプテン
「なっ? はっ? ど、どういうことだよ香奈!」
「言葉通りです。これから何が起ころうと、私があなたになびくことはありません。先輩を退部に追い込もうとした人に、私が一ミリでも好意を寄せると思ってるんですか?」
香奈は鼻で笑った。
巧に守られているという安心感により恐怖が薄れ、これまで蓄積されていた武岡への怒りが、ダムが決壊するように溢れ出していた。
「どうしても先輩を見下したいみたいですが、あなたが先輩に勝っているところを見つけるのは、雨の日の地面に落ちたコンタクトを探すよりも至難ですよ」
「なっ……そ、そんなはずねえだろ! 俺が如月に劣っているはずがねえ! 男らしさも、女の扱い方も、サッカーの技術も、全部俺のほうが上だ!」
「知りませんけど、少なくとも私の扱いに関しては、あなたは先輩の足元にも及んでません」
「そ、そんなわけがあるか! 女は全員、強引にされるのが好きなんだろ⁉︎ 如月みたいなヘタレになびくやつなどいるはずねえだろうが!」
「ハァ……たしかに強引にされるのが好きな女性は多いかもしれませんが、それはあくまで好意を寄せてる相手であることが前提です。これまであなたが手に入れてきた人たちは、もともとあなたに好意を寄せていたか、男なら誰でもいいクソビッチ——」
「白雪さん」
巧の鋭い声が、ヒートアップする香奈を遮った。
「それ以上は言っちゃダメだよ」
「……はい」
香奈は素直に口を閉じた。言葉が過ぎた自覚はあった。
——巧は彼女に微笑みかけてから、厳しい表情で武岡に向き直った。
「聞いての通りです。僕とキャプテンのどちらが優れているかは僕も知りませんが、手に入らないからと言って実力行使に出るのは間違っています。もう、白雪さんのことは諦めてください」
「あ、諦めろだと⁉︎ ふざけるなっ、香奈が俺よりてめえを選ぶはずがねえだろうが!」
「今の白雪さんの態度が演技、強引に迫られたいがためのブラフとおっしゃるのですか? それなら、僕は彼女に演劇部への転部をオススメしますよ。すぐにエースになれるでしょう——三軍のキャプテンなど経験する間もなく」
「ってんめえ……!」
武岡の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
額に青筋が浮かんでいる。激怒しているのは明らかだ。
(やっば、やっちゃった……!)
巧は自らの発言を悔いた。
武岡の身勝手な、巧どころか香奈をも愚弄する言葉に対して、苛立ちを抑えきれずに挑発してしまった。
しかし、後悔先に立たず。
「調子乗んなよ如月ぃ!」
——武岡のフラストレーションは限界まで溜まっていた。
練習では巧に手のひらの上で転がされ、目の前で香奈とイチャつかれた。
今は香奈を取られた上に彼女にハッキリと拒絶され、巧に挑発までされた。
これらのストレスに対応できるほどの器を、彼は持ち合わせていなかった。
拳を握りしめ、巧に襲いかかる。
「っ先輩!」
香奈が悲鳴にも似た声を上げた。
しかし、彼女が想像したようなことは起こらなかった。
「——何をやっているんだ!」
鋭い声がした。ピンと空気が張り詰めた。
武岡の拳が止まる。
彼はゆっくりと振り向き、顔をしかめた。
忌々しそうに声の主の名を呼ぶ。
「……三葉」
三軍副キャプテンの三葉が、焦りと憤怒の表情と浮かべて走ってくる。
「武岡、何をしている⁉︎」
「……うるせえな。別に何もしてねえよ」
「言い逃れできるはずがないだろうっ……おい、武岡!」
三葉の呼びかけにも応じず、武岡はゆっくりとその場から去っていく。
追うか追うまいか——。
葛藤する様子を見せた後、三葉は巧と香奈に目を向けた。
「二人とも、大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます。白雪さんは? 手首大丈夫?」
「……あっ、はい」
香奈がワンテンポ遅れてうなずく。
色々と処理が追いついていないのだろう。
「ちょっと見せて」
巧は彼女の腕を掴んで引き寄せた。
内出血までは起こしていないようだが、武岡の手形がくっきり残っている。
「一応冷やしておこう。痛みはない?」
「は、はい。大丈夫です」
「なら、とりあえず救急箱を取りに行くか」
「ですね」
救急箱は倉庫にあるため、職員室で鍵をもらい受けた。
「あの、お二人ともありがとうございましたっ」
一足先に職員室を出て向き直り、香奈が巧と三葉に対して深々と頭を下げた。
「いいよいいよ。後輩を守るのが先輩の役目だから。三葉先輩、僕の顔が四角形になるのを防いでくれてありがとうございました」
巧は香奈に向かってヒラヒラ手を振って見せた後、三葉に頭を下げた。
「あぁ、巧はしっかりと俺の教えを吸収しているな」
「もちろんです。僕の体の約七割は三葉先輩で構成されていますから」
「気持ち悪い言い方をしないでくれ。俺はお前の水分じゃない」
ぷっ、と香奈が吹き出した。
そんな彼女を巧と三葉で挟むフォーメーションで歩き出す。
「さすが三葉先輩ですね。白雪さんのツボをとらえるなんて」
「ただ思い浮かんたことを言っただけなんだが」
「いえっ……す、すみません。先輩の体内を三葉先輩の顔が巡ってることを想像したらっ、面白くて……!」
「……ふふ」
巧は吹き出しそうになるのを堪えた。
それでも笑いが漏れてしまう。
眼鏡をかけた無表情の三葉の顔が、流れるプールの浮き輪のように流されていく姿。
……じわじわこみ上げてくるものがある。
「巧。お前まで笑ったな?」
「いえ、まさか」
「こっちを見ろ」
「ごめんなさい」
三葉の顔を見たら笑わないでいられる自信がないので、巧は素直に罪を認めた。
香奈が再び吹き出している。
どうやら、巧の開き直り謝罪はマネージャーにウケがいいらしい。
「まあ、笑えているのなら別に構わないが……二人とも。よければでいいんだが、何があったのか聞かせてくれないか?」
香奈がスッと笑いを収めた。表情も固くなっている。
「僕は途中からしか見ていないので……白雪さん、話せる? 全然無理はしなくていいよ」
「あっ、はい。大丈夫です」
声も相応に固かったが、彼女はつっかえることもなく一部始終を話した。
「そうか……武岡がすまないな」
三葉が本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
副キャプテンである彼は、自他共に認める武岡の舵取り役だ。責任を感じているのだろう。
「三葉先輩が謝ることじゃないですよっ」
香奈が慌てたように手を振った。
「むしろ、助けていただいて感謝しかないです」
「僕の左頬がブルドックにならずに済んだのも、三葉先輩のおかげですから」
巧も言い添えた。
この一件、間違っても三葉に非はない。
「四角形よりもさらに腫れているのはいいとして……ありがとな、二人とも」
「「こちらこそです」」
巧と香奈は同時に言った。
三葉がふっと頬を緩めた。
「それにしても、巧も武岡に全く屈していなかったな。格好良かったぞ」
「そう思うじゃないですか。僕、あのとき普通にちびりそうでしたよ」
「そうなのか? 冷静に見えたが」
三葉は意外だ、という表情を浮かべた。
「後輩の前では格好つけたいってだけです。白雪さんがいなかったらブルブル震えてましたよ。だからありがとね、白雪さん。僕がダサい姿を晒さなくて済んだのは白雪さんのおかげだから」
「お礼の言われ方がよくわかりませんし、それにあの場でもし先輩がライオンに睨まれたチワワみたいにガクブル震えていたとしてもダサいなんて思いませんよ。私を庇って守ってくれた。それだけで最高に格好良かったですっ!」
「そう? ありがとう」
巧はサラッと受け流した。香奈はあくまで感謝の意を伝えてくれているだけと解釈していたからだ。
(キャプテンの言う「勘違い野郎」になってしまわないように気をつけないとな)
そう自分に言い聞かせながら、倉庫の鍵を開けた。
必然的に香奈に背を向ける形になる。
だから、彼は気づかなかった。
香奈が不満そうに頬を膨らませて自分の背中を見つめていたことに。
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