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第14話 三軍キャプテンにドヤ顔を向けられた

「一年の白雪(しらゆき)香奈(かな)です。本日から三日間、お世話になります!」


 笑みを浮かべて頭を下げる香奈を見て、「いいこと」というのはこれか、と巧は一人納得した。


 咲麗(しょうれい)高校サッカー部では、数日間だけカテゴリー間での選手、マネージャーの入れ替えを行うことがある。

 常に新たな刺激をもたらすためだ。


 入れ替えメンバーは実力とは関係なしに選抜される。

 今回は、二年生のマネージャーと入れ替えという形で香奈がやってきた。


 選手のほうでも入れ替えは行われていて、二軍の選手がやってきている。

 三軍メンバーとしては上のレベルを知り、自分たちの実力も図れる絶好の機会だ。


 だが、一部を除くほとんどの部員の関心は、二軍の選手ではなく香奈に向けられていた。


 彼女が勉学をおろそかにしてしまうほどのサッカー馬鹿かつ優秀なマネージャーだから、というわけではない。

 そのアイドル級の美貌、モデル級の豊満な肉体に心を奪われているのだ。


 彼らは一様にデレデレと鼻の下を伸ばしていた。

 普段はほとんど交わることのない高嶺の花が目の前で咲いているのだから、多少は意識してしまうのも無理はない。


 頭ではわかっていても、巧は少し不快な気分だった。


(きっと、彼女がマネージャーとして正当な評価をされていないことが悔しいんだろうな……でも、それは僕の勝手なわがままだ。抑えるべきだよね)


 そう思って巧は意識を切り替えたが、選手のちょっとした変化にめざとい香奈には見抜かれていたらしい。


「先輩、どうかしましたか……?」


 練習の合間に水分補給をしていると、香奈が心配そうに尋ねてきた。


「何が?」

「いえ、なんとなくトゲトゲしているというか……」


 心配というよりは、不安そうな表情にも見える。


「全然大丈夫だよ。むしろ、白雪さんこそ大丈夫?」

「えっ? はい……あっ、もしかして先輩。私を心配してくれていたんですか?」

「まあ、ね」


 お節介であることは自覚していたので、巧は曖昧に肯定した。

 暗い表情から一転、香奈がニマニマと笑みを浮かべた。


「そっかそっか〜。ありがとうございます! でも、全然大丈夫ですよ。先輩が心配してくださるのなら億人力ですからっ」

「それは光栄だね」

「はい! なので、先輩は気にせず練習に取り組んでくだされ」

「わかった」


 香奈はすっかりいつもの笑顔に戻っていた。

 無理をしているようには感じられなかった。


「おい、如月(きさらぎ)ぃ! サボってんじゃねえぞ!」


 キャプテンの武岡(たけおか)から怒声が飛んできた。

 いつも以上に張り切っているし、いつも以上に巧に憎悪の目を向けてきている。

 まず間違いなく香奈が理由だろう。


 武岡は、香奈に鼻を伸ばしていた大多数の部員のうちの一人だ。

 数日前には、学校でかなり強引に言い寄ってもいた。

 気になる女の子の前で格好つけたいのだろうし、彼女と笑い合っている巧が気に入らないに違いない。


 とはいえ、いつまでも話していていいわけではないのも事実だ。


「心配してくれてありがとね、白雪さん」

「いえいえ〜、こちらこそです!」

「あっ、あとさ」

「はい?」

「僕は白雪さんが容姿じゃなくて実力で二軍にいること、ちゃんとわかってるから」

「っ……!」


 巧が練習に戻ると、武岡以外の部員からもいくつもの厳しい視線が突き刺さった。

 武岡ほどの悪意は感じられないが、彼ら全員が一様に嫉妬を覚えているのは明白だった。


(ただ普通にしゃべってただけなんだけど、そんなに羨ましいのかな?)


 巧は男心だって秋空だな、と辟易した。


 すでに練習に意識を向けている彼は気づいていなかった。

 最後に自分が放った言葉で、香奈がニマニマと口元を緩めていたことに。

 そうでなくとも、彼と話すときだけ彼女の笑みの種類が違うことに。




「先輩。さっきのパスは一度チームを落ち着かせようとしたんですよね?」


 ミニゲームの合間に、香奈が巧に尋ねた。

 彼に限定した話ではない。彼女は、選手と積極的にコミュニケーションを取るタイプだ。


 少し無理をしているなと感じるときもあるが、香奈は上手に相手を褒めるので、部員たちの士気は上がっている。

 変にやる気を削いでもよくないので、巧はあえて何も言っていない。


「そうだよ」

「どうしてですか? あの場面なら速攻を仕掛けても良かったんじゃないですか?」

「そうだね、全然アリだったと思う。けどあのときは︎——」


 巧は自分の意図を説明した。

 香奈は真剣な表情を浮かべつつも、瞳を輝かせてウンウンとうなずいている。


「だから——」

「おい香奈っ、ちょっと来い!」

「あっ、はーい……先輩、ありがとうございました」

「うん」


 巧に向かって頭を下げた後、香奈は名残惜しそうな、そして腹立たしそうな表情を浮かべた。

 しかし、それは一瞬だけだった。

 すぐに笑顔に切り替え、自身を呼んだ武岡に近づいていく。


「なんでしょう。武岡先輩」

「さっきの俺のゴール、香奈はどう思った?」


(はっ? そんなこと?)


 香奈は必死に舌打ちを我慢した。


「……さすがのパワーだなって。あのスピードで低めにいったら、キーパーはどうしようもないと思います」

「だろうな。あのシュートにはもちろんパワーも大事だが、蹴り方が重要だ。あれができていねえということは、キックの基本ができてねえってことだ」

「そうなんですね! やっぱり基本が大事ってことですか」

「あぁ。小手先のテクニックに意味はない。たまたま通用することはあっても、試合で活躍するなら基本の能力こそが重要だ。技術も、身体能力もな」


 武岡の表情は、実に得意げだった。巧に勝ち誇ったような笑みを向けてきた。

 単純に香奈としゃべっていることを自慢したいのか、それとも基本の技術や身体能力のないお前が試合に出ることは不可能だと言いたいのか。そのどちらかだろう。


 巧にとっては決して気持ちのいい視線ではなかったが、彼に視線を向けていたのは、武岡にとっては幸いだっただろう。

 香奈に怒り——いや、憎悪とも呼べる視線で睨みつけられていたことに気づかずにすんだのだから。


 彼が視線を戻すころには、香奈もいつも通りの笑顔に戻っていた。

 本当に一瞬の変化だった。角度的にも、巧以外に気づいた者はいなかっただろう。


「……初めて見たな。香奈ちゃんのあんな表情は」

愛沢(あいざわ)先輩」


 前言撤回。巧のそばにいた三年生マネージャーの玲子(れいこ)は気づいていたようだ。


「部活中は特に笑顔を絶やさないあの子に、あそこまでの顔をさせるとは……武岡君もなかなかやるな」

「とても感心できたことじゃないですけどね」

「そうだな」


 口元を緩めた後、玲子は真面目な表情で巧に視線を向けた。


「大丈夫だよ。今の如月君なら、絶対に試合でも通用するから」

「はい、ありがとうございます」

「いいね。自信を持った、男らしい表情だ」

「男らしいなんて初めて言われましたよ」

「ふふ、すまないな。ハジメテをもらってしまって」

「涼しげな表情で下ネタ放り込んでこないでください」


 巧は肩をすくめた。


「おや、ニヤニヤしながら言って欲しいのかい?」

「……いえ、クールでお願いします」

「はは、言うなとは言わないんだな」


 玲子がイタズラっぽい笑みを浮かべる。


「女性だから下ネタを言ってはいけない、なんていうのも古臭いじゃないですか」

「君は革新的だな。プレーも、考え方も」

「そう言われるように頑張ります」

「あぁ」


 そろそろ自チームの出番なので、巧は玲子との会話を切り上げた。

 チラリと香奈に視線を向けると、不満そうな表情で巧を見ていた。


 武岡との会話で気分を害しているのだろう。

 ドンマイ、とでも言うように笑みを向けてから、巧は目の前の試合に意識を戻した。

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