第13話 美少女後輩マネージャーと勉強をした
「この後はどうする?」
「先輩は宿題をするんですよね?」
「うん」
香奈は少し悩むそぶりを見せてから、ねだるような視線を向けてきた。
「私も先輩の家で宿題していいですか?」
「いいけど……なんで?」
「一人だと絶対に集中できないんですよ。邪魔はしないので」
「なるほどね。いいよ」
「やった!」
香奈が小躍りをした。
表情がコロコロ変わるので、見ていて飽きない。
「にしても、やっぱり先輩は手強いですね……」
「えっ、何が?」
「なんでもないですぅ」
なぜか不満げに唇を尖らせた後、ふっと口元を緩めて見せてから、香奈は「宿題持ってきます」と出ていった。
(わかんないけど、多分ゲームのことだよね)
ならどうしてぼかすように言ったのか、という疑問が残るが、大方声に出して認めるのが悔しかった、といったところだろう。
彼女は結構な負けず嫌いだ。
巧も一度自室に引っ込み、勉強道具を持ってリビングに戻った。
普段はどちらかといえば自室でやることが多いが、まさか香奈まで自室に招き入れるわけにはいかないし、彼女一人をリビングに残すのもお互いに良くないだろう。
「お待たせしまし——わわっ⁉︎」
「白雪さん⁉︎」
玄関から大きな物音がして、巧はすっ飛んでいった。
案の定、教科書やらノートやらが散乱していた。
それらを拾い上げようとしていた香奈が、巧を見て申し訳なさそうに笑った。
「すみません。大きな音立てちゃって」
「それはいいけど、白雪さんは大丈夫だった?」
「はい。落っことしちゃっただけなので」
「良かった……」
巧は胸を撫で下ろした。
「気をつけてね。白雪さん、おっちょこちょいなとこあるんだから」
「先輩、そこは『抜けていて完璧じゃないのも君の美点だよね』っていうんですよ。これがオブラートに包むってやつです」
「なるほど。ちょいちょいポンコツだよね、白雪さんって」
「直球でしかもキレも増した⁉︎ ツーストライク、バッターアウト!」
「早い早い。まだ一球あるよ」
「えっ、そうなんですか?」
「あっ、本気で間違えてたの?」
「はい」
香奈が照れたような笑みを浮かべてうなずいた。
「やっぱり抜けてるね」
「む〜……見ててください。これから私は超絶完璧美少女に生まれ変わりますからっ!」
「うん、頑張って」
ご丁寧に指まで突きつけてきた香奈の宣言を、巧はサラッと受け流した。
自分が拾った分はそのまま脇に抱えてリビングに戻る。
「まさしく塩対応っ、でもそれもいい!」
「どこでやりたいとかある?」
「いえ、全然」
「じゃあ、一緒にダイニングテーブルでやろっか。ソファーだとだらけちゃうかもだし」
「はいっ」
香奈が小学生のように元気な返事をした。
テーブルに先程拾った教科書やらノートやらを置く。
香奈がありがとうございます、とぺこりと頭を下げた。
勉強を始めて五十分が経ったところで、巧は手をとめた。
効率よくやるのなら、休憩こそが最も大切だ。
偶然か狙っていたのか、同じタイミングで香奈もペンを止めた。
「うーん、疲れたー……先輩、休憩がてら一試合しません?」
「しない」
これは確実に狙っていたな。
「えー、なんでですかぁ?」
「休憩にならないから。スマホとかゲームとかは、一番休憩中にやっちゃいけないんだよ」
「そうなんですか?」
「それらをした後って、疲れちゃって何もやる気起きなくならない?」
「なります」
香奈は即答した。
「そういうことだよ」
「えー、でも、そしたら何したらいいんですか?」
「何もしないのが一番かな。瞑想とかいいらしいよ。深呼吸をして、ただ呼吸に集中するだけ。鼻から吸って、口から吐ききるって感じで」
巧はユーチューブで仕入れた知識を披露した。
「うーん、なんか難しそうですね」
「そうでもないよ。最初の頃はしょっちゅう雑念が浮かんでくるけど、また呼吸に意識を戻せばいいから。一回やってみる?」
「はい」
巧は香奈をソファーに連れて行って、並んで腰掛けた。
「楽な姿勢で目を閉じるか一点を見つめて。まずは三分くらいやってみよう」
「わかりました」
巧はもう半年以上瞑想をやっているので、慣れたものだ。
タイマーがピピピピ、と三分が経過したことを報せた。
「どう?」
「確かにスッキリした感覚はありますけど、結構難しいですね。すぐに雑念が浮かんで来ちゃいます。先輩はもうずっと集中できてる感じですか?」
「いや、僕も全然別のこと考えちゃったりするよ」
「えっ、今だったら何を考えてました?」
香奈が身を乗り出してきた。
「さっきのゲームのワンシーンとか。あそここうしてもよかったなー、みたいな」
「むむ……相変わらずサッカー馬鹿ですね」
香奈が不満そうな表情を浮かべた。
「君には言われたくないけどね。というかなんで不満そうなの?」
「いーえ何でも」
何なんだろう、と巧は首を傾げたが、香奈が言わないのならこれ以上は追求しないほうがいいのだろう。
「そういう白雪さんは?」
「私、一つのことだけずっと頭に浮かんで来たんですよ。本当に気になっちゃって」
「何?」
「先輩の今日のパンツ、何色なんだろうって」
「中学男子か」
巧は思わずツッコんでしまった。
「えっ、中学のときはそういうことを考えていたんですか? あの子のパンツ何色なんだろー、みたいな」
「十分リラックスしてるみたいだし、勉強に戻ろうか」
「はーい」
香奈が大人しくダイニングテーブルに戻っていく。
だる絡みしてくることもあるが、それはそうしてもいいと判断しているから。
彼女は空気を読むのが上手いので、巧としても一緒にいて苦痛を感じたことはなかった。
合計二時間ほど勉強した後、香奈は帰り支度を始めた。
といっても、ただ勉強道具をカバンに詰め込んだだけだが。
「今日はありがとうございました。久しぶりに勉強した感があります」
「気持ちいいでしょ」
「悔しいですけどね」
「なんでよ」
巧は笑った。
「もし先輩さえ嫌でなければ、また勉強しに来ていいですか?」
「いいよ」
友達とやると、どうしてもしゃべってしまうのだろう。
香奈は巧ほど集中は持続しないが、決して邪魔はしてこないので、一緒に勉強をするデメリットは一つもなかった。
むしろ、怠けた姿は見せられないというプレッシャーで、いつもより集中できた気さえする。
「よっしゃ、ありがとうございます! それじゃ、お邪魔しやしたー」
「うん、またね」
「はい! ……あっ、そうだ先輩っ」
香奈が顔だけを扉の間から差し込んできた。
ニマニマ笑っていた。
「数日後、いいことあるので期待していてくださいねっ!」
それだけを言い終えると、問い返す間もなく香奈は去っていった。
「……なんなんだ?」
巧は閉められた金属製の扉を前に、首を傾げた。
少し考えてみてもわからなかったので、数日後にはわかることか、と思考を放棄した。
数分して『好きなだけ考えてくだされ』というメッセージが香奈から送られてきたので、『みんなで食事をしているときの、残り一つのお菓子を食べるかどうかくらい悩んだけどわからなかったよ』と返した。
『私なら迷わず食べちゃいますね』
黒いサングラスをかけてニヤリと笑ったスタンプとともに送られてきた返信を見て、天真爛漫な彼女らしいな、と巧は口元を緩めた。
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