第103話 王子様に忠告をした②
「今、白雪さんが拒否したらやめるって言いましたね?」
「……あっ?」
真と取り巻き二人が振り返って眉をひそめた。
巧は建物の影に視線を向けて、
「——白雪さん」
「はい」
「「なっ……!」」
姿を現した香奈を見て、取り巻き二人がお手本のような驚きのリアクションをした。
真は冷静さを装おうとしていたが、瞳が左右に揺れていた。動揺している証拠だった。
「な、なんで白雪がいるんだよ⁉︎」
「先行ったんじゃなかったのか⁉︎」
「フリですよ。さて、白雪さん。君が嫌って言えば西宮先輩は触れるのやめてくれるみたいだけど、どう? やっぱり男性に触られるのは嫌?」
「はい」
香奈ははっきりと顎を引いた。
巧は真に向き直った。
「だそうです。約束通り、今後は一切彼女に触らないでください」
「はっ」
真が鼻で笑った。
「そんなもん、てめえが無理やり言わせただけじゃねえか。何の説得力もねえよ。それに、さっきのはただの口約束で証人もいねえ。そんなもんなんの抑止力にも——あっ?」
意気揚々と語っていた真が眉をひそめた。
巧がポケットからボイスレコーダーを取り出したからだ。
「これを聞かせた人の分だけ、証人は増えますよ」
「……はっ、一人じゃ何もできねえてめえらしいな」
「録音とかダッサ!」
「キモすぎるだろ!」
三人はそれぞれ嘲笑を浮かべるが、その口元は等しく引きつっていた。
取り巻き二人の声など震えていた。
彼らは、まさか録音されているなどとは思ってもいなかった。
必死に嘲りつつも、焦りを隠せていなかった。
——計画通りだ。
巧は頬を緩めた。
真のようなプライドが高くて他人を見下す人間は、調子に乗らせればさらに相手を貶めるために余計なことを喋り出す。
だから、巧はわざと有効な策がないことを示唆し、焦ってみせた。
その結果、真はまんまと引っかかった。香奈が拒否したら接触をやめると豪語した。
あえて譲歩してみせることで、さらに優越感に浸りたかったのだろう。
期待以上の収穫だった。
「もう二度と彼女に絡まないでください。今後もし西宮先輩が白雪さんに触れたりするようなことがあれば、この録音を公開します。いくらあなたでも、拒否されたにも関わらず女に付きまとう男というレッテルを貼られればタダでは済まないでしょう」
「なっ……!」
「てめえ! 調子乗ってんじゃ——」
「はっ。いいぜ、約束してやるよ」
イキリ立つ取り巻きを制して、真が上から目線で告げた。
この期に及んで何様だと思わなくはなかったが、自分が有利な状況であれば、彼のようなプライドの高い人物がこちらの要求を呑むはずがない。
どんな態度であれ受け入れた時点で、真も内心では自分の不利を悟っているだろう。
「それでは失礼します——行こう」
「はいっ」
巧は香奈を促し、その場を後にした。
「お、おい、どうすんだよ真っ?」
「このまま引き下がっていいのかよ⁉︎」
「まあそう焦るな」
真は余裕そうな笑みを浮かべて取り巻き二人を宥めた。
「如月は得意げにしていたが、所詮は俺から香奈に接触するって手が使えなくなっただけだ。なら、方法は一つ」
真はニヤリと笑った。
「——あいつから接触するように仕向けてやればいいのさ」
「「おおっ、そうか!」」
取り巻き二人がポンっと手を叩いた。
「でも、具体的にどうすんだ?」
「そんなの簡単だ。香奈のマネージャーとしてのプライドをくすぐってやればいい。クク、如月の表情が見ものだぜ」
真の脳内ではすでに、自分の作戦が成功して巧が悔しがっている絵が映し出されていた。
巧と香奈がグラウンドに姿を見せると、ギャラリーがざわついた。
「ねぇ、あいつ雰囲気変わった?」
「なんかイケメンになってね?」
「待って、結構タイプかも」
「いや、真に比べたら全然でしょ」
「そもそも系統ちげえだろ」
「可愛い系かと思ってたらすっげえ爽やかになってんな」
「ギャップ萌えかも〜」
一部真と比較してこき下ろす声もあったが、多くは好意的な声だった。
香奈が巧の脇腹をつつく。
ほら言ったでしょ、とでも言いたげな不満そうな顔だ。
巧は安心させるような笑みを浮かべた。
香奈は唇を尖らせてそっぽを向いた。頬の緩みは隠し切れていなかった。
あいつら付き合ってるの隠す気あんのか——。
誠治は呆れたようにため息を吐いた。
しかしそれはあくまで、彼が巧と香奈の交際を知っているからこその反応だ。
彼以外の巧に好意的な生徒たちは、一様に色めき立った。
「ねぇ、今の無言のやり取りヤバくないっ?」
「なんか心が通じ合ってるって感じだったよね!」
「やっぱりあいつらのほうがお似合いじゃね?」
「わかる〜」
「なんか空気感似てるよねー」
「如月君がイメチェンして、容姿的にも結構お似合いになったんじゃない?」
「それな」
巧と香奈のカップリングを推す声が増す中、ほぞを噛んでいたのが真親衛隊だ。
「何あいつ、ちょっと髪型変えたくらいで真君に張り合えると思ってんの?」
「それな。共感性羞恥半端ないんですけど」
「あの女もヤバくね? 真君に言い寄られてながら他の男にデレデレするとか」
「あの目、実は赤色のビー玉なんじゃない?」
「うわ、それあるわ!」
彼女たちは一斉に笑った。
「どうせ、真君に言い寄られながら平凡な男になびく自分に酔ってるんでしょ」
「うわ、ありそうだわ〜」
「何それ、多数派に逆らうのが格好いいと思ってる中学生じゃん」
「行事めっちゃ面倒くさがる系のやつね」
「それだわ」
「キモすぎでしょ」
彼女らは真を推しているのではなく、もはや神格化している。
だから、「真に言い寄られている」こと自体ではなく「自分たちが崇める真をぞんざいに扱っている」ことに対して憤りを覚えていた。
「まあでも、結局真に構われたらいずれ堕ちるでしょあんな女」
「それな」
彼女たちにとっては、真が完全無欠の存在であることこそが一番の望みだった。
しかし、その期待は裏切られた。
朝練の間、真はただの一度も香奈に絡まなかった。
——当然、違和感を覚えたのは真親衛隊だけではなかった。
「如月君。あなた何をしたのかしら?」
朝練後、誠治に背負われている巧に、冬美が問いかけた。
「何が?」
「西宮先輩よ。ここ数日に反して、一回も香奈に絡まなかった。あなたが何かしたのでしょう?」
「まあ、ちょっとね」
巧が肯定すると、冬美はやや不満げな表情を浮かべた。
「……相談してくれてもよかったんじゃないの? 私たちだって、何か手は打ったほうがいいんじゃないのかって話していたのよ。香奈から相談されなかったから、様子を見ていたけれど」
巧は頬が緩みそうになった。
冬美は頼ってくれなかったことに対して不満を覚えているのだ。
「ごめん。でも、久東さんたちには心配をかけたくなかったんだと思うよ」
「でも、あなたには相談した。やっぱりあなたたち、付き合ってるんじゃないかしら?」
「違うって。一緒に帰ってるし、相談しやすかったんだと思うよ。マネージャーよりも部員のほうが対処はしやすいだろうしね」
「……まあ、そうね」
冬美は完全に納得している様子ではなかったが、それ以上は追求してこなかった。
誠治の背に乗ったまま教室に入ると、ざわめきが広まった。
背負われているからではない。それは夏休み明けからずっとだ。
「あれ、巧髪の毛どしたん?」
「如月君、すっごい雰囲気変わったねっ」
「おいおい、爽やかになってんじゃねーか!」
巧の突然のイメチェンに、わらわらとクラスメートが集まってきた。
「えー、すごいっ、格好良くなったね!」
「可愛かった如月君が……でもこれはこれでいいかも」
「どうしたの? 失恋でもした?」
「違うよ」
巧は苦笑いとともに首を振った。
その反対だよ、とはもちろん言わない。
「何、体育祭に向けてって感じ?」
「まあ、そんなところ」
「おいおい、体育祭くらいで気合い入りすぎだろ!」
正樹が嘲笑を浮かべながら会話に入り込んできた。
またか、と巧は辟易した。誠治や冬美が怒る前に対処しておこう。
「そうだよ。やっぱりクラスで一丸となって何かやるっていうのは楽しいからね。バチバチに気合い入れてきたんだ」
「おっ、じゃあ騎馬戦と借り人競争は無双だなっ」
「そこで一位二つは確定だね!」
「待って待って。前言撤回する」
「えー」
「おいおい、髪の毛に漢気吸われちまったんじゃねえか〜?」
クラスメートが揶揄ってくる。
「いやでもほら、騎馬戦は下が誠治じゃん。だから、さ」
「あー、確かに!」
「それはちょっと厳しいかも〜」
「なんせ『ば縢』だからなっ」
「おいこら」
イジられた誠治がツッコミを入れて、クラスは盛り上がった。
定番のやり取りの一つだ。
すっかりあしらわれてしまった正樹は、顔を赤くして悔しげに唇を噛んでいた。
行事を面倒くさがって支持を得られるのは中学生までということの証明だった。
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