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第102話 王子様に忠告をした①

 美容院から帰った(たくみ)は、軽く汗の処理だけをした後、白雪(しらゆき)家に直行した。


「お帰りなさ——」


 巧の顔を見た瞬間、香奈(かな)はぴたりと動きを止めた。

 口をぽかんと開けたまま固まっている。


(えっ、もしかして似合ってなかった?)


 巧は心配になった。


「……香奈。どうかな? 髪」

「えっ……? あっ、あぁ、めっちゃ格好良くなってますっ、さすが巧先輩ですね! ささ、上がってください」


 香奈がそれ以上の会話を避けるように、リビングに戻っていく。

 巧は背後からその肩をつかんだ。


「香奈」

「な、なんですか?」

「なんでさっきから目を合わせないの?」

「べ、別にそんなことはないですよ?」


 香奈はそう言って巧に向き直るが、相変わらず視線を合わせようとはしない。

 硬直から解放された直後からずっとだ。


 その理由は、すっかり染まっている頬を見ればわかった。

 その上で、巧は不安げな表情で、


「もしかして似合ってなかった……?」

「そ、そんなことはありませんっ」

「でも、全然目合わせてくれないじゃん」

「そ、それはそのっ……か、格好良すぎて直視できないんです!」


 香奈が頬を真っ赤に染めて叫んだ。


「なるほど、そういうことだったんだ。ありがとね」


 巧は笑いながら香奈の頭に手を乗せた。

 彼女はハッとした表情になり、目つきを鋭くした。


「わ、わかって揶揄ってましたね⁉︎」

「うん」

「っ〜!」


 巧が悪びれもせずにうなずくと、香奈は首まで真っ赤にしてソファーにダイブした。

 クッションに顔を押し当て、うぅ〜と唸り声をあげている。


「香奈、大丈夫?」

「だ、大丈夫ですっ!」


 香奈は近くに寄ってきた巧に、シッシと手で追い払うジェスチャーをした。

 彼はくつくつと喉を鳴らした。


(く、くっそ〜、めっちゃ揶揄われてる……!)


 香奈はよっぽど不意打ちでキスでもしてやろうかと思った。


(でも、今はダメだっ……!)


 いつもより男の色気に溢れている巧の顔を見ながらキスなどしたら、気絶するか暴走するかの二択だろう。


(それに——)


「そうだ、香奈」

「あっ、はい」

「ちょっと相談なんだけどさ——」




 翌日、香奈は普段より早く巧の家を訪れていた。

 彼の髪の毛をセットするためだ。


 朝練で汗をかくためワックスはつけないが、形を整えておくのは大切だ。

 相変わらずサラサラふわふわな巧の髪の毛の感触を楽しみつつ、昨日と同じ型になるようにセットしていく。


 自分でやったから、というのもあるのだろう。

 昨日のように直視できないなんてことはない。


(でも、これまでよりも三割増し、いや五割増しで格好良いっ……色気やばい……!)


 香奈は下腹部のうずきと同時に、不安も覚えた。


 ——その微妙な表情を、巧は香奈が今の髪型にしっくり来ていないのではないかと勘ぐった。


「全然昨日とは違う感じでもいいよ」

「あっ、いえ、そういうわけじゃないんです。めちゃくちゃ似合ってるので、その……絶対モテちゃうから、ちょっと心配になって」

「そんなことないでしょ。ワックスもつけてないんだし」

「ありますっ、巧先輩のような可愛い系がいきなり爽やかさと色気出してきたら、みんなギャップ萌えでオチちゃいますって!」

「ふむ……」


 巧は真に受けなかった。

 しかし、そこまで自分のことを評価してくれて、しかもヤキモチを妬いてくれている。嬉しくないはずがなかった。


 巧は振り向きざま、香奈にキスをした。


「えっ……?」

「これで安心できる?」

「っ……!」


 香奈が一瞬で真っ赤になった。

 彼女は視線を逸らしながら、


「……ま、まだ足りません」

「そっか。じゃあもっとやらないとだね」

「はいっ……ふ……んっ……」


 嬌声を漏らしながら、香奈からも唇を押し当ててくる。

 恋人からキスをされてテンションが上がらない者などいない。


 それからも二人は、夢中になってお互いの唇を求めた。


 我に返って時計を確認すると、出発時間になっていた。

 慌てて家を出て、エレベーターで顔を見合わせて苦笑した。




 出発がいつもより遅かったからだろうか。

 グラウンドに入る直前、巧と香奈は(まこと)一行——真と二人の取り巻き——にばったり遭遇した。


「先行ってて」


 巧は香奈にそう耳打ちをした後、何食わぬ顔で素通りしていこうとする真の背中に声をかけた。


西宮(にしみや)先輩、少しいいですか」

「いいぜ」


 真は余裕たっぷりに笑った。

 彼を校舎裏に連れていく。なぜか取り巻きもついてきた。


「それで、何の用だ?」

「単刀直入にいいます。白雪(しらゆき)さんが嫌がっていたので、もう彼女に接触するようなことはしないでください」

「はっ、まだ彼氏気取りなのか?」


 真が頬を釣り上げて嘲笑を浮かべた。


「これは事実です。なんなら彼女に立ち会ってもらいますが」

「その必要はねえよ。軽く触れてる程度、あんなのはチームメイトのスキンシップの範疇(はんちゅう)だ。そう思ってるから表立って行動してねえんだろ? お前らみてえな一人じゃ何もできねえカスは、すぐに先公を頼るからな」


 真の言葉に取り巻き二人が「確かに!」「まじだせえよなっ」とゴマをする。

 高校三年生にもなって中学生みたいなイキリ方だな、と巧は思った。


 しかし、彼の言う通りであることも事実だった。

 巧は悔しげに唇を噛んだ。


「……そうですね。ですが、相手の嫌がることをするのは立派ないじめです。あなたが何をするのではなく、彼女がどう感じるかです」

「はっ」


 真が鼻を鳴らした。


「ならこの話は終わりだな。あいつは拒否もしてねえ。つまりはそういうことだろ。俺に構われて嬉しくねえ女なんていねえからな。香奈はちょっとばかしガードが堅いみてえだが、まあ時間の問題だ。今のうちに彼氏気取りを楽しんでおけよ」

「お前が白雪と登下校できるのもあと何回だろうな!」

「お前ごときが真に敵うはずねえだろ!」


 取り巻き二人が煽ってくる。

 しかし、それらは巧にとっては小鳥のさえずり程度の影響力も持たなかった。


 巧は焦りの表情を浮かべ、真に対して食い下がった。


「では、西宮先輩はあくまで白雪さんが拒否していないから接触をしている、ということですか?」

「あぁ。もしあいつがしっかり拒否してきたら、そんときはやめてやるよ。まあ、そんなことはあり得ねえけどな」


 真がニヤリと笑い、話は終わりだとばかりに踵を返した。

 ——巧は口の端を釣り上げた。


「今、白雪さんが拒否したらやめるって言いましたね?」

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