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第10話 美少女後輩マネージャーを家に招き入れた

白雪(しらゆき)さん。どうしたの? また鍵でも忘れた?」

「いえ、どうせ親も帰ってきていないですし、早くどうだったのか聞きたくて待ってました!」


 香奈は照れたようにえへへ、と頬を掻いた。

 だが、すぐに笑みを引っ込めると、声をひそめて尋ねてくる。


「その……今日の練習、どうでしたか? もちろん、初めて試すことばかりだったと思うので、難しかったでしょうけど……」


 歯切れが悪いのは、傷つけないようにと慎重に言葉を選んでいるからだろう。

 巧は自然と口元をほころばせながら、大きくうなずいた。


「思った以上にうまくいったよ。手応えあったし、実は監督にも褒められたんだ」

川畑(かわばた)監督に? すごいじゃないですか! おめでとうございます!」


 心配そうな表情から一転、香奈はぱっと笑顔をはじけさせた。


「白雪さんのおかげだよ。ありがとね」

「何を言いますか。これまでの先輩の頑張りが実を結んだだけですよ」


 香奈が瞳を細めて、ふっと微笑んだ。


「……うん、ありがと」


 巧はひとつ息を吐き、笑みをこぼした。

 不覚にも、目尻が少し熱くなっていた。


「——でも、先輩。それとこれとは話が別ですからね」


 香奈が不意に真顔になり、ぴしっと指を突きつけてくる。


「えっ、なにが?」

「後輩女子を家の前で待たせるなんて、紳士としていただけません。せっかくシャワー浴びたのに、また汗かいちゃいましたよ」


 香奈が胸元をパタパタと仰ぐと、ふわりとシャンプーの甘い香りが鼻先をくすぐった。

 身長差的に、タイミングが悪ければ()()が起きかねないため、巧はすかさず視線を逸らした。


「それは悪かったけど……でも、自分の家で待っててくれてもよかったんだよ?」

「だって、驚かせたかったんですもん。シャワー終わるころには帰ってきてると思ったし……スーパー寄ってたんですか?」


 香奈が、巧の手に下がった袋へと目を向けた。


「うん。ちょっと食材の買い出しとか」

「ふむふむ……ちゃんと自炊してることに免じて、今回は許してあげましょう」


 香奈が腕を組んで、ふんすと鼻を鳴らす。

 巧は頬を緩めた。


「ありがと。ところでさ、僕もこれから風呂入ろうと思ってるんだけど、白雪さんはどうする?」

「あっ、そっか……じゃあ、また後で来てもいいですか?」

「もちろん。けど、よかったらそのままウチで待っててよ。わざわざ行ったり来たりするのも面倒でしょ?」


 巧は自室の扉を開けてみせた。

 いくら同じマンションとはいえ、また暑い中を往復させるのは気が引けた。


「えっ、それはさすがに悪いですよ」

「一昨日もそうだったし。それに、白雪さんが僕を信頼してくれてるように、僕も白雪さんのこと、変なことする子じゃないって信頼してるからさ」


 巧の言葉に、香奈が一瞬目を丸くした後、じわじわと頬を染めた。


「まったく……なんでそういうのをサラッと言っちゃうかな……」


 何やら小声でぶつぶつとこぼしている。


「何か言った?」

「い、いえ、なにも。でも、本当にいいんですか?」

「もちろん。ほら、暑いし入っちゃおう」

「はい、お邪魔します……あっ、先輩。これからお風呂なんですよね?」

「うん」

「なら、またドライヤーさせてくれませんかっ?」


 その目は、おもちゃを前にした子どものように輝いていた。


「……義務感じゃないよね?」

「違いますっ! 普通に、先輩の髪を触りたいだけです!」


 手をわきわきさせる香奈に、巧は思わず笑ってしまった。


「じゃあ、お願いしようかな」

「やったーっ! じゃ、楽しみに待ってます!」


 香奈がピシッと敬礼を決めた。


(『げんきのかたまり』みたいな子だな……)


 巧は瞳を細めた。

 彼女の笑顔には、本当にHPが全回復させる力があるかもしれない。


「にしても先輩。初めて来たときよりだいぶ綺麗にしてますね。感心感心」

「白雪さん、ハウス」

「はいっ!」


 香奈は嬉々とした表情でリビングに飛び込んだ。


「……ここ、君の家じゃないんだけど」

「先輩のものは私のものですよ」

「野球部に転入する?」

「おい巧先輩……サッカーやろうぜ!」

「多分混ざってるよね、それ」

「抑えられませんでした」


 香奈がえへへ、と舌を出した。

 本当に、この子といると退屈しないな、と巧は思った。




 洗濯物を乾燥機付きの洗濯機に入れて回してから、お湯を沸かす。

 シャワーだけでもいいのだが、やはり湯船に浸かるのとそうでないとでは、疲労の回復具合が桁違いだ。


 生活の質の向上には金を惜しむべきではない、というのは父親である大樹(たいき)の言葉だ。

 そのために高校生にしては多めの仕送りをしてくれている彼には、感謝しかない。


「白雪さん、お待たせ」

「はいっ!」


 巧がリビングに顔を見せると、香奈がパタパタと駆け寄ってきた。


「では先輩、お待ちかねドライヤータイムですっ!」


 椅子に座る巧の髪に、そっと風があたる。


「くぁー……これこれっ!」


 香奈が嬉しそうに声を漏らす。


「仕事帰りに一杯引っかける親父か」

「今だけは何言われても許します〜」


 実にご機嫌そうだ。


「将来、美容師とか目指したら?」

「嫌です」


 巧としては半分真面目な問いかけだったが、即答された。


「それは嫌なんだ」

「私が触りたいのは先輩の髪だけですから。他の人とか興味ないし、清潔かもわかんないですから」

「なるほどね。僕の髪質が白雪さんのドストライクだったわけだ」

「……まあ、今はそういうことにしておいてあげます」

「えっ、なんか言った?」


 ドライヤーのせいで、普通の声量だと聞こえにくい。


「いーえ、何でもないですぅ」


 香奈がわざとらしく語尾を伸ばす。

 若干不機嫌になっている気がするのは、巧の気のせいだろうか。




「今回はマッシュにしてみました!」

「おー、いい感じ」


 ちょうど右眉の終わりあたりに分かれ目があり、そこより右の髪は右に、左側は左にそれぞれ流れている。


「イマドキの大学生っぽい」

「ですね。ま、先輩はお顔が可愛いので、ちょっと背伸びしちゃった高校生って感じですけどっ!」

「……」


 巧は香奈をじっと見つめた。


「な、なんですか……?」


 香奈が視線を泳がせながら頬を染める。


「いや……白雪さんも童顔だなって」

「それ、可愛いってことですか?」

「……否定はしないけど、なんか釈然としない」


 同じ言葉でも、巧にはマイナスの意味に感じられるのに、香奈はポジティブに捉えている。


「しょせん、男女平等なんて綺麗事なんですよ」

「そういうことだね」


 巧は立ち上がった。


「ドライヤーありがとう、白雪さん。気持ちよかったよ」

「本当ですか⁉︎」


 香奈がパァ、と瞳を輝かせた。


「うん。ちょっと眠くなっちゃったもん」

「そんなにですか? じゃあじゃあ、これからもお風呂上がったら呼んでくれてもいいんですよ?」


 香奈がニヤリと笑った。

 これは揶揄われているのだろうな、と巧は解釈した。


「そんな召使いみたいな扱いはしないよ」


 遠回しに断りつつも、今度機会があったらこっちからお願いしようかな、などと巧は考えた。


(いや、あくまでこれは後輩としての彼女なりのスキンシップの一環だろうし……)


 やっぱり申し出てくれたときだけお願いしよう、と巧は思い直した。




「そういえば、先輩——」


 リビングに戻ると、香奈がふと真面目な声色で切り出した。


「ん?」

「なんで(かがり)先輩に、私たちがたまたま会ったって嘘ついたんですか?」


 今朝、誠治(せいじ)と会ったときの話だ。


(そういえば、少し不満そうにしていたな……)


 巧からすれば、あれは香奈のことを思っての咄嗟の嘘だった。


「だって、誤解されたくないかなって。男と女が一緒に登校してたら、どうせ『付き合ってんの?』とか言われるし……いやでしょ? そういうの」

「いえ、先輩となら全然。というかむしろ、嘘ついてたほうが怪しくないですか?」


 一理ある。

 だが、同じマンションに住んでることが広まれば、巧へのやっかみのリスクも跳ね上がる。慎重にならざるを得なかった。


「それに、その……」


 香奈が、言いにくそうに口ごもる。


「なに?」

「……えっと、これからもたまには、一緒に登校したいなって思ってて……。もちろん先輩さえよければ、ですけど、そうなったらいつまでも誤魔化すのは難しいかなって……ダメですか?」


 上目遣いでおずおずとそう告げる香奈に、巧はわずかに目を見開いた。


「構わないよ」

「えっ、ホントですかっ⁉︎」

「うん」


 パァッと笑顔を弾けさせる彼女に、巧は冷静を装ってうなずいた。


(そりゃ、こんなの向けられたら勘違いする人も出るよね……)


 内心で苦笑する。

 彼女のサッカー馬鹿な一面を知らなければ、巧も勘違いしていたかもしれない。


 香奈が巧と一緒に登校したいのは、同じ熱量でサッカーを語り合いたいからだろう。

 そんな健気な後輩の思いに応えるためなら、多少やっかみを受ける程度のリスクは呑んで当然だ。


「じゃあ、これからは特に誤魔化したりはしないようにしよっか。誠治には僕から言っておくよ」

「はい、よろしくお願いします!」


 香奈がピシッと敬礼を決めた。


「ハマってるの?」

「マイブームです」


 手をおでこに当てたまま、香奈が照れくさそうにはにかんだ。

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