表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白ぎつね  作者: 野ささげ
1/6

或白狐の一生

――酔いどれ爺曰はく――

「ワシがまだガキの頃の話じゃ。あの山の入り口に、祠があったんじゃ。まぁ、なんでもねぇただの祠じゃ。じゃが、その祠にゃ真っ白い狐がおるんじゃと。白い狐がめでたいってんで、前の帝も見に行っとったらしい。まぁ、ワシも一度お使いすっぽかして見に行ったんじゃ。その日は丁度誰もおりゃんくての、よう見えたんじゃ。ほんに、白かった。まだ秋じゃのに、祠の側だけ雪が積もったようじゃった。あぁ、、あれは神々しかった。稲荷様じゃったんじゃろなぁ。その次の日じゃ、お狐様は祠の前で死んだ。眠るように死んどったそうじゃ。それで、帝さんがその祠のとこにそりゃあもう立派なお社を立てなしゃったんじゃ。それがあれじゃ、こっからでも見えるじゃろ、あの真っ白い鳥居じゃ。都で用が済んだなら、一度行ってみりゃあえぇ。供えもんは濁り酒がよかろ、好物だったそうじゃから...」



――五十年前、祠にて――

 (われ)は狐だ。ただの狐じゃない。白ぎつねと人に呼ばれる。その名の通り、群れで吾だけが白い毛だった。そして、吾だけが人の言葉を解し、さながら人のようにものを考えられた。当然、浮いた存在だった。白い狐なんて気味悪かったろう。吾は()だけに()立して、群れを早々に抜けた。まぁ他の奴もあとふた月あれば否応無しに追い出さられるが。

 それから一年、吾が生きられたのはまさに奇跡だろう。毛が白いせいか知らんが、吾は後ろ脚が弱かった。それで、獣なんてもちろん捕まえられない。いつも食べるのは虫と木の実と果物と、あとは苦い草と獣の死骸。死骸はどうも嫌だった。


 果物なんかは食ったら無くなる。それで別のとこで探そうと思ったら、そこは違う狐の縄張りで散々な目に遭う。縄張りなんてよく分かんないからしょっちゅうだった。

 一度、入った先が弟の縄張りだったことがある。これでも同じ親から生まれたんだから穏便にしてくれよう、あわよくば何か食いもんをくれるんじゃないかしらと思ってたら、どの狐よりも手酷くされた。ひっかき傷はそれからひと月は痛かった。奴はもう吾のことを微塵たりとも覚えてないようだった。まぁ覚えていた吾の方が余程おかしいのかもしれん。

 あとは、熊に食われそうだったとこもある。あれは怖かった。流石に死ぬかと思った。茂みに隠れて息を殺していたとき丁度、近くに弱った鹿がいた。そいつから血の匂いがしたから助かった。熊が鹿を食っているときにのろい足で必死に逃げた。


 そんなこんな、行く先々で痛い目を見て、終いには山を下りていた。穴熊が掘った古い巣穴があったから、そこを棲みかにした。山を下りてしまったから碌に食べ物も見つかるまいと思っていたが、巣穴の近くに変な形の岩があって、そこにまた変な食いもんが置いてあった。今になって分かるが、それは祠と供え物の握り飯だった。中々旨かった。三日経って、また握り飯が供えてあった。やはり中々旨かった。

 また三日経って、吾は食いもんを探しに巣穴を出たはいいものの、急に脚が痛くなって祠の側でじっとしていた。脚の痛いのはたまにあったが、今度のは特に痛くて一歩も動けなかった。痛みに耐えていて気づかなかったが、いつの間にかそこにつんつるてんがいた。僧というものだと後で知った。そいつが、ありがたやとか言って、握り飯をくれた。


 人の言葉を解せることに気付いたのはその時だった。あの僧が触れ回ったのか、それからいろんな奴が祠に来た。祠の側にいるだけで、どいつも一様にありがたやありがたやと拝んで、中には食いもんをくれる奴もいた。やかましいのは嫌だったが、痛む脚を動かさなくていいのは助かった。たまに羽振りの良さげな女が来る時は、甘え声で鳴いとけばいくらでも旨いもんが食えた。

 それから、人をたくさん引き連れた偉そうな奴が来たこともあった。綺麗な衣をまとっていた。そいつがくれた飯と甘い酒が一番旨かった。お礼にと思い一声鳴いてやったら、そいつは歌を詠んだ。なんだっけ、吾の白さが雪のようだとか何とか、つまらんかったからもう覚えてない。


 そんな暮らしが三つきほど続いた。脚の痛いのは日に日に酷くなって、巣穴と祠を行き帰り、後は寝ていることが多くなった。起きている時もずっとふわふわ眠気がする。いつも後ろ脚を引きずって歩いていたが、近頃はもう前脚にも上手く力が入らない。吾はそろそろ死ぬ。何となく分かる。二年か、か弱い体にしてはそこそこ長く生きられたと思う。旨いもんもたくさん食った。余り悔いは無い。

 そういや、最初に飯をくれたハゲはあの後も何度か来たが、いつか、いつもの握り飯をくれてからこんなことを言っていた。輪廻がどうたらこうたら云々かんぬん、要は生まれ変わりのことだったはずだ。それが戯言でないとしたら、吾は死んだら人になってみたい。できれば、いつぞやの偉い奴になって、旨いもんをたらふく食べたい。


 相も変わらず吾は祠の側で丸まっている。今日は少し痛いのが楽になって、ふと昔のことを思い出していた。たった二年を昔とはおかしな話だが、それでも懐かしい。

 まだ子狐の頃、吾は白い毛を心底恨めしく思っていた。この白い毛のせいで、親も兄弟も吾のことを愛してくれない。嫌だ嫌だとずっと思って、何を考えたのか、泥を被って毛を土の色にしたことがあった。その後夕立が降って、また元の真っ白に戻って、雨の中で大泣きした。今思うと馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう。しかし、なぜこんなつまらんことを今更。もう思い出したくなかった。


 吾の隣に、昨日はつぼみだった彼岸花が咲いている。秋の涼しい風が吹いて、紅葉が目の前にひらひら舞い落ちた。あくびをして、目を瞑ろうと思っていたら、足音が近づいてきた。三つきも経てば、さすがに吾を見に来る者も少なくなって、一日に一人二人来るくらいだった。もうあんまりものを食う気も失せていたから、それで事足りた。

 今日来たのは子供だった。ありがたそうな目で吾を見ている。いつも思うが、ただ毛が白いだけでなぜこんなにも崇めるのか。吾は神などではないのに、熱心な奴らだ。もう人に媚びるのも面倒になって、吾は置物のようにじっとしていた。子供は一丁前に礼をして帰っていった。今度こそ吾は瞳を閉じて昼寝を始めた。


 涼しい風が吹く。


 紅葉がまた一つ、ひらひら舞って、落ちてゆく。


 白い狐はここで一生を終えた。

読んでくれてありがとう。初投稿です。書くのって難しいね。

続きはその内。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ