VS巨大スライム!?
なんなのか、あの大きさは。馬車の大きさほどもあるスライムである。
「大雨が降ったあとはスライムが出現しやすくなると耳にした覚えがあるが、あれほど大きな個体がいるのは驚きだ」
スライムは大きく伸び上がると、馬車すべてを覆うようにのしかかってきた。
「ああやって取り込むつもりだ。助けるぞ」
「は、はい」
エルツ様は馬車が襲われている場所から少し離れた、牧草畑の脇にクワルツを着地させる。この辺りは前まで隠れるような木々があったようだが、ココロト商会が牧草畑を作るために伐採したのだろう。
「ビー、すまない。しばしモモとここで待っていてほしい」
「承知しました」
「モモはここでビーを守っていてくれ」
エルツ様の言葉を受け、モモは大きく頷いた。
再度、エルツ様はクワルツに跨がり、巨大スライムに襲撃された馬車を助けに向かう。
私にできるのは、どうか無事でありますように、と祈るばかりである。
スライムといえば、さまざまな冒険譚の初期に登場するありふれたモンスターである。
冒険者や傭兵は苦戦することなく倒してしまうが、実際のスライムは決して弱くない。
スライムの能力の中に分裂と統合があり、さらに敵によって形状を変えて戦う知能も併せ持つ。
この巨大スライムは、たくさんのスライムが統合したものなのだろう。
ハラハラしながら見守っていたら、突然頬に水滴が落ちてくるのに気づいた。
ぽつ、ぽつ、ぽつぽつぽつ。
「雨……ですね」
『ちゅう』
モモが悲しげな声を上げるのと同時に、滝のような雨がザーーーーーと降り始めた。
慌てて外套を脱いで頭の上から被り、モモを抱き寄せて雨から守る。
思っていた以上に、雨が降り出すのが早かったわけだ。
モモは私の胸の中で、ひたすら申し訳なさそうにしていた。
気を紛らわせるために話しかけてみる。
「あんなに大きなスライムを、どうやって倒すのでしょう?」
『雷でちゅう』
スライムは水属性で、雷属性が弱点だという。ただ、あのように大きなスライムを倒すとなれば、高位の雷魔法でないと難しいはずだ。
なんて考えていたら、エルツ様は魔法を発動させていた。
上空に魔法陣が浮かび上がり、その中心から一筋の雷がスライムを襲う。
――神々の審判!!
それは雷系の上位魔法。
天空より放たれた雷が槍のように突き刺さり、スライムの中心部にある核を破壊する。
心臓部とも言われている核を失った巨大スライムは、一瞬にして液体状となった。
やった! 倒した!
なんて喜んだのもつかの間のこと。
「――げほ、げほ、げほ、げほ!」
猛烈な喉の痛みを感じ、激しく咳き込んでしまう。
これは間違いなく、謝肉祭で多くの人々が発症した病気と同じものだろう。
『ベアトリス様、大丈夫でちゅか!?』
「ええ……心配、いりません」
視界が白濁していく中、私は原因であるものが目の前に広がっているのに今更ながら気づいた。
ああ、これだ。
ずっとずっと、これに関しての話題は出ていたのにまったく気づかないなんて。なんて考えながら意識を手放したのだ。
◇◇◇
頬にふわふわと心地よい感触があるのに気づく。
手で触ってみると、とても温かかった。
『大丈夫~?』
少し能天気な声を聞いて、ハッと目が覚める。
綿埃妖精が私の頬にすり寄るような状態で傍にいたのだ。
「ここは――?」
『隠者の隠れ家!』
元気よく綿埃妖精が答える。
なんと私は隠者の隠れ家の寝台の上にいたようだ。
『わあ、ベアトリス様!』
『目覚めた!』
『よかったー!』
アライグマ妖精の姉妹が涙目で私を覗き込んでいた。
『ベアトリス様!!』
カチャン、と何かを落とす音が聞こえた。そちらのほうを向くと、つぶらな瞳を見開き、ぶるぶる震えるモモの姿があった。足下には氷嚢が落ちていた。
「みんな……」
そう口にすると、わっと声をあげて抱きついてくる。
もふもふの毛並みに埋もれながら、彼女達に心配をかけてしまったのだ、と申し訳なく思ってしまった。
「あの、私はどうやってここに帰ってきたのでしょう?」
『エルツ様が、連れてきてくれたんだよお』
『特別に、セイブルが入場を許可してくれたの』
『ここのほうが休まるだろうって、エルツ様は言っていたよ』
「そう、だったのですね。エルツ様は今、どこにいらっしゃるのですか?」
『呼んできまちゅ!』
モモは寝台から飛び降りると、風のように去って行った。
もう家に帰られているものだと思っていたので、一階にいると聞いて驚いてしまう。
『エルツ様も看病したかったの』
『でも、淑女のお部屋には入れないって』
『遠慮していたみたい』
「そうだったのですね」
エルツ様に看病なんかされた日には、申し訳なくなって顔も見られないだろう。
ただ、こうして隠者の隠れ家まで連れてきてもらったことに対しても、いたたまれない気持ちになってしまうのだが……。
「ビー!!」
エルツ様は血相を変えた表情で私のもとへとやってくる。
「急に倒れたから驚いた」
「ええ、申し訳ありません」
まだ頭はくらくらするし、喉は痛い。けれどもそのおかげで大きな収穫があった。
「エルツ様、謝肉祭の病気の原因がわかりました」
「なんだ?」
「牧草の花粉です」
エルツ様が限界まで目を見開き、驚いた表情を浮かべる。
無理もないだろう。原因が私達の近くにあったのだから。
ただ牧草の花粉と伝えただけで、エルツ様はすべてを理解したようだ。
「ああ、わかった。謝肉祭のときに降った雨と雷が原因だな」
「おそらく、そうだろうな、と予想しております」
雨によって膨張した花粉を、雷が砕いて小さな粒へと分散させる。それに強い風が加われば、あっという間に花粉が王都に拡散されるのだ。
これが病気の正体である。
「ずっと前に神父様から春先の体調不良について聞いていたんです」
故郷にいるときには酷かったものが、王都にきてから症状がでなくなっていた。しかしながら三年前から再度発症するようになった、と。
「三年前というのは、ココロト商会が牧草を王都郊外で育て始めた期間と一致します」
さらに、出会った当初のトリスが患っていたのも、この牧草花粉によるものだったのだろう。
彼女の症状が治ったように見えたのは、エリクシールを使った奇跡と同じ。
一時的に症状を抑え込んだだけに過ぎなかったのだ。
「ただわからないのは、人々の口の腫れですが……」
「それはおそらく、ウリ科植物かマメ科植物を口にしたことによる、症状の併発に違いない」
なんでもウリ科やマメ科の植物は牧草の花粉と似ている抗原を持っているそうで、花粉を吸い込むと唇や喉の腫れに繋がるらしい。
「そういえば、お祭りの日、揚げた豆が売られていたそうです」
さらに、肉を揚げる料理にも豆から作った油が使われていたはずだ。
それを口にした人々が、症状の併発を引き起こしたのだろう。
「そういうわけだったのですね」
揚げ豆だけ食べている患者と肉だけを食べた患者に口の腫れが発生していた理由が今、明らかになったというわけだ。
「エルツ様、私、この症状を治す魔法薬を作ることができます」
「わかっている。けれどももう少し休んでほしい」
「はい」
ひとまずアライグマ妖精の姉妹とモモに、素材集めを頼んでおいた。




