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家を追放された魔法薬師は、薬獣や妖精に囲まれて秘密の薬草園で第二の人生を謳歌する(旧題:再婚したいと乞われましても困ります。どうか愛する人とお幸せに!)  作者: 江本マシメサ
二部・第三章 奇跡の力を揮う者?

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追跡

 ブラザーは裏口から外に出る。そこには待機している数名のブラザーがいて、停めてあった馬車の荷台部分に連れてきた人を乗せていた。

 すでに中には数名分の檻が置かれているようだ。

 最後に一人一人目が覚めていないかの確認をしたあと、馬車は出発する。

 ここから先はスズラン教会の関与を悟られないためか、私服姿の御者が操縦していた。

 おそらくココロト商会に属する従業員なのだろう。

「ビー、クワルツに乗ってあの馬車を追いかけよう」

 エルツ様の転移魔法で移動した先は、王宮の敷地内にある塔の最上階。そこには召喚用の魔法陣が描かれており、その昔は竜やワイバーンを召喚して移動する手段としていたらしい。

 エルツ様はここにクワルツを喚んで乗り込む。

「モモもついてきて、ビーを守ってくれ」

『承知しましたでちゅ!』

 モモは勇ましい表情で返事をし、私の前に跨がっていた。

 クワルツにはエルツ様が馬車の特徴を伝えると、すぐに発見したようだ。

 なんでも竜族は視力が優れていて、空から地上を歩く人を見ても、判別がつくらしい。 クワルツは翼をはためかせながら、塔から飛び降りる。

 水鳥のように助走をしなくとも、飛ぶことができるのだ。

 ふわっ、と優雅に飛び立ったクワルツは、あっという間にココロト商会の馬車を発見した。あとは上空を飛んで追跡するのみである。

「あやつら、まさか人の売買に手を染めていたとはな」

「ええ……。ですが、こんなことをして、そのうち行方不明者が続出して大変な事態になると想定していなかったのでしょうか?」

「おそらくだが、突然姿を消しても不思議でない者達を選別しているのだろう」

 そういえば寄付をしたあとや面接で、故郷の家族はどうしているかとか、王都に知り合いはいるかとか、妙に踏み込んだ話題を聞かれていたのを思い出す。

「あの会話は選別の意味があったのですね」

「おそらくだが」

 なんとも狡猾こうかつな手段を用いて犯罪行為を働いたものだ。呆れて言葉も出てこない。

 馬車は順調に進んでいると思われたが、モモが上空を眺め、鼻先をひくつかせている。

「モモ、どうかしましたか?」

『雨の匂いがしまちゅ』

「そ、そうなのですね」

 きっとこのあと雨が降るのだろう。

 空を飛んでいて雨に降られるのはなんとも微妙な……。

「ん、雨か? 馬車がもう少し速く走ってくれたらよいのだが」

「難しい話かと」

 竜の速度と比べるのは、馬が気の毒になってしまう。

「まあ心配するな。もしも雨が降ったさいは、クワルツが雨避けを展開するゆえ」

「そんなこともできるのですね」

 改めて、竜ってすごい生き物なんだと思ってしまった。

 王都の森を抜けると、見渡す限りの牧草畑が見えてきた。

「前までこんなだったか?」

「ココロト商会が土地の権利を買い取って、牧草を育てているようです」

 育てた牧草は隣国へ肉を買うさいの交渉の材料にしているのだ。

 トリスはこの辺りまで仕事にきていたのだろう。毎日通うのは大変だったに違いない。

 しばらく飛んでいると、遠くに海が見えてきた。

「わあ、海!」

「ビーは海が好きなのか?」

「はい!」

「空が晴れていたら、もっと美しかったのだろうがな」

「そうですね」

 海を見ていたら、なんだか懐かしい気持ちがこみ上げてくる。

 オイゲンとの結婚生活で私が解放される瞬間と言えば、海を渡った先にある街を目指す薬草採取の旅だった。

 そのため、今でも海を見たらわくわくしてしまうのだろう。

「ビー、いろいろ落ち着いたら、旅行に行かないか?」

「エルツ様とですか?」

「ああ。新婚旅行だ」

「新婚って、どうして――」

「私達は夫婦だろうが」

「そうでした」

 エルツ様と婚姻関係にあることを、すっかり忘れていた。

 恐れ多いことをどうして忘れられるのか。

 ヒーディが聖女をしていたことや、ココロト商会の悪事という衝撃的な出来事のせいで失念していたのだろう。

 新婚旅行というのはひとまず措いておいて。

 私達はきっと働き過ぎなので、旅行に行って気分転換をするくらいであれば罰は当たらないだろう。

「いいかもしれませんね」

「なんだと?」

 エルツ様は私を振り返り、驚いた表情を浮かべていた。

「あの、前を見てください。危ないです」

「それもそうだな」

 エルツ様の美貌を見た途端に、自分の発言を後悔しそうになった。きっと背中越しの会話だったからこそ、いいかもなんて思ってしまったのだ。

 まあ、楽しく話をするだけならば問題ないだろう。

「どこに行きたい?」

「船旅とかいいですよね」

「豪華客船か?」

「いいえ、そういうのではなく、のんびり進む貨物船みたいなものでも十分楽しめます」

 貨物船の客室はおまけみたいなもので、そこまで設備が整っているわけではない。

 大きな船体は客船と違って揺れを制御する構造などなく、船内の様子もどこか古びている。けれどもそれがいい、と思ってしまうのだ。

「何もないからこそ、自分で食料やお菓子を持ち込んで、ゆったり過ごすことができるんです」

「なるほどな。静かな時間を過ごしたい私にも向いていそうだ」

 ただ食堂は当たり外れがあるので、その辺はよーーく評判を調べてチケットを取る必要がある。

「私が個人的に気に入っていたのは、アカシア号という名前の貨物船なんです」

 そこの朝食で出されるパンケーキが絶品で、乗船中の三日間毎日食べても飽きないほどだ。

「ただ、料理人によっても料理のクオリティには差があって、同じアカシア号でも私の好みでない料理人が作ったものは口に合わなかったんですよね」

「同じ料理人が乗っているとは限らない、というわけか」

「そうなんです」

 ただそういう当たり外れ感も旅行のときは楽しくなるものだ。結局、毎回充実した時間を過ごしていたのを思い出した。

「エルツ様は旅行とか行かれていたのですか?」

「地方にある魔法遺跡の調査に行ったことはあったが、旅行という感じはしなかったな」

 食事も近くにある村でパンとバター、それから飲み物を購入して、お腹がぐーっと鳴ったら食事を取る、という日々を繰り返していたらしい。

「振り返れば、酷く味気ない時間だったように思える」

「調査に集中されていたのですね」

「それもあるが、当時の私は食事にさほど興味もなかったから」

 つい最近、私と食事を取るようになって、料理がおいしいと感じるようになったという。

「ビーと一緒だからだろうか。不思議なものだ」

 これからはもっとたくさん、おいしい料理を食べてほしい。

「一人でいるときは、パンとバターで充分だと思ってしまうのだがな」

「あの、私がいなくても、食事はたくさん取ってください」

「不可解なもので、ビーがいなければ別にそこまで食べずとも、と思ってしまうのだ」

 それでも以前よりは食事を取るようになったと言うので、いい方向へは向かっているのだろう。

 今後はなるべくエルツ様と一緒に食事をするようにしよう、と心の中で誓ったのだった。

「港街までそろそろか」

「みたいですね」

 王都の玄関口である港には、たくさんの貨物船や客船が止まっていた。

 その中のどれかに、人身売買を行う商人が潜んでいるのだろう。

「一刻も早く解決しなくてはなりませ――げほっ!」

「どうした? 寒いのか?」

「いえ、急に喉がイガイガしたと言いますか、喉の調子が悪くなりまして」

 蜂蜜でも舐めたら治るだろう。

 馬車はあと少しで港町へ到着するに違いない、というタイミングで想像もしていなかった事態となる。

「――ん?」

『ちゅ!?』

 エルツ様とモモが地上を走る馬車を見て、何か反応を示していた。

「どうかしたのですか?」

「襲撃だ」

「え!?」

 突如として馬車を襲ったのは、巨大なスライムだった。 

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