面接へ
面接を受けるいうことは、エルツ様もスズラン教会でブラザーをするということなのか。
求人には一日半銀貨一枚、と平均値よりも高い日給が書かれていたが、そのお値段でエルツ様を雇い入れるなんて考えただけでも身震いしてしまう。
「潜入調査が目的であることはわかるのですが、スズラン教会側が私やエルツ様を雇い入れてくれるのでしょうか?」
「それに関しては、幻術を使って別人になりすませばいい。たとえば、このように」
エルツ様がぱちん、と指を鳴らすと、魔法陣が浮かび上がって靄のようなものが辺りを漂う。
それがきれいさっぱりなくなると、エルツ様はまったくの別人になっていた。
幻術だと聞いていなければ、突然部屋に見知らぬ人がいるので、悲鳴をあげていただろう。
「ビー、どうだろうか? 私ではなくなっているように見えるか?」
「は、はい。驚きました。顔立ちだけでなく、背丈や体型、声なども変わるのですね」
幻術は認識力をねじ曲げる魔法だという。そのため、目の前の男性がエルツ様だとわかっているのに別人であるような、不可解な感覚を味わってしまった。
「すまない。幻術だと聞いた上で展開した状態を見せると、認識が歪んで少々気味が悪いだろう?」
「えー、なんと言えばいいのかわかりませんが、とても不思議な感覚です」
エルツ様はすぐに元の姿へと戻った。
「この幻術を、私がビーにもかける。そうすれば、別人を装えるだろう?」
「はい、いい案だと思います」
通常、求人には必要なものが書かれている。身分を証明する者だったり、職務歴を記録したものだったり。ただスズラン教会の求人には身一つで問題ない、としか書かれていなかった。
「もしかしたら、身分がはっきりしない者のほうが、スズラン教会側もありがたいのかもしれないな」
「ええ」
私とエルツ様は流浪の旅人、という設定で面接に挑むこととなった。
出発前に、私はエルツ様に十字のお守りを手渡した。
「エルツ様、こちらを受け取っていただけますか?」
「なんだ、これは?」
「ウッド司祭からお譲りいただいた、ありとあらゆる災いから身を守る装身具だそうで」
「ほう」
エルツ様が物珍しそうな表情で受け取り、鑑定魔法を展開させてどんな品か調べているようだ。
「これはよい品だ」
「何かいい祝福でもついているのですか?」
「ああ」
睡眠、痺れ、石化、前後不覚など、さまざまな状態異常を及ぼす魔法を弾く効果があるらしい。
「効果は一回きりのようだが、もしものときに役立つに違いない」
ヒーディが使っていた香木の件もあるので、こういった装身具があったら心強いだろう。
ウッド司祭に感謝しつつ、私達は面接に向かったのだった。
求人広告は大々的に配布されたようで、面接会場となっている天幕の前には長蛇の列ができていた。
「希望者はかなり多いみたいですね」
「ああ、そうだな」
私とエルツ様が並んだ後ろにも、次々と面接希望者が並んだ。
二時間ほど待ったのちに、やっと順番が回ってくる。
先にエルツ様が受けるようだ。何か異常があれば姿消しの魔法を使ってエルツ様に侍るモモが知らせにきてくれるらしい。
私もアライグマ妖精の姉妹に姿消しの魔法をかけて待機させているものの、私とエルツ様の緊迫感が伝わったのか、足下にがしっとしがみついていた。
面接は五分くらいだろうか。エルツ様は採用の紙を持って戻ってきた。
さすがエルツ様である。
私も天幕へと入り、面接を受けることとなった。
中にはシスターとブラザーが一人ずついて、優しく質問してくれる。
「出身は?」
「西の果てにある、イーノです」
「ご両親は?」
「いいえ、おりません」
「ご兄弟は?」
「兄が一人いますが、もう何年も連絡を取っておりません」
この辺の設定も事前に考えていたものである。
「わかりました。ここで働くためには、守っていただきたいことがあります」
「もっとも重要なのは、教会で見聞きした物事は他言無用だということです」
「はい、わかりました」
次で最後の質問となるらしい。いったい何を聞かれるのか。ドキドキしながら待つ。
「聖女の奇跡をどう思いますか?」
「――!」
思いがけない質問を前に、言葉が詰まってしまう。
ここは聖女を絶賛するようなことを言ったほうがいいのだが、ヒーディへの複雑な思いから黙りこんでしまった。
「よろしい」
「こちらが結果です」
二つに折りたたまれた紙を開くと、不採用と書かれていた。
大きな衝撃を受けつつ、天幕の外に出る。
私を迎えてくれたエルツ様に、不採用の紙を見せた。
「最後の質問に、答えられなかったんです」
「なるほど。まあ、ビーには難しいだろうな、と思っていた」
エルツ様だけでも採用となっただけよしとしよう。
その後、研究室に戻りある提案をした。
「あの、エルツ様。もしも可能ならば叶えていただきたいのですが」
「なんだ?」
「エルツ様がブラザーとして働いている間、私に姿消しの魔法をかけていただき、調査をご一緒したいのです」
何か気になることがあれば、エルツ様がシスターやブラザーの気を引きつけている間に、私が調べることができる。
「なるほど、いい案だ」
スズラン教会での潜入調査に、私も同行することとなった。




