祖母のドレス
どきどきしながらドアを開くと、そこにはたくさんのドレスが収納されていた。
『ぜんぶ、アリスのドレスなの!』
『大切に、着ていたみたい』
『どれも、かわいいでしょう?』
ざっと見て百着以上はあるのか。
華やかな花柄模様のドレスや、絹やレースをふんだんに使った豪奢なドレスなど、さまざまな種類のドレスがところ狭しと並べられていた。
床には状態保存の魔法陣が描かれている。
ドレスが劣化しないよう、魔法がかけられている。そのため、ドレスはすべて五十年前の物なのに、新品のようにきれいだ。
魔法陣に肉球のスタンプが押されているので、きっとセイブルが展開している魔法なのだろう。
新緑のようなやわらかな緑を思わせる色合いが美しいドレスを、ひとつ手に取ってみる。
ボーンの入った立ち襟で、胸元にはリボンが結ばれている。腰周りは紐で編み上げるようになっているハイウエストのスカートで、かわいらしいキャンディ・ストライプ模様が入っていた。裾には精緻なレースが当てられている、愛らしい一着である。
古くささはまったくないどころか、今、社交界で流行っているような意匠だ。
ドレスの流行は繰り返されると言うので、五十年もの間に巡り巡って、新しい物として受け入れられているのかもしれない。
『アリスは娘が産まれたら、ドレスをあげたいって、言ってたの』
『だから、ベアトリスが着てあげて』
『きっと、喜ぶから』
「でも、私には少しかわいすぎるような……」
なんてぽつりと呟くと、アライグマ妖精の姉妹がカッと目を見開く。
『絶対似合う!!』
『間違いないんだから!!』
『着ないとドレスが可哀想!!』
「そ、そうですね」
じりじりと追い詰められ、逃げ場がなくなる。
たしかに彼女達が強く訴えるとおり、このままここで死蔵しておくのももったいないだろう。
あと数日で、喪が明ける。そうしたら、お祖母様のドレスを着て、明るく生きてみようか。そのほうが、お祖父様とお祖母様が喜んでくれそうな気がした。
「お祖母様、ここのドレスは、大切に着用します」
そう誓うと、アライグマ妖精の姉妹は『やったー!』と言って喜んでくれた。
続けて、彼女らはセイブルが案内しそこねたらしい部屋や場所などを教えてくれた。
『ここは〝生鮮品貯蔵庫〟』
『あっちは〝乾物貯蔵庫〟』
『猟肉獣肉貯蔵庫もあるよ』
それはどれも、厨房にある隠された地下貯蔵庫で、呪文を唱えないと出てこない仕組みになっているようだ。
食品の状態は魔法で管理されているようで、長期保存を可能としているらしい。
当然だが、五十年もの間誰も使っていないので、中身は空である。
唯一、たっぷり品物が収納されていたのは、酒類保管庫であった。
もともとお祖父様はお酒が好きだったので、ワインやウイスキー、ブランデーなどが揃っていた。お酒は熟成させたかったからか、保存魔法はかけられていない。
お酒は結婚式以来、飲んでいないのだが、たまに飲むのもいいだろう。
庭にも、いろいろあるようだ。
『あそこは〝自家菜園〟』
『向こうにあるのは〝柑橘専門温室〟』
『物干し用の芝生もあるよ』
自家菜園では食客薬獣が育てた野菜がたくさん実っており、柑橘専門温室には魔法で管理されたシトロンが収穫できるらしい。
『薬草も、野菜も、建物も』
『ここにあるものはすべて』
『ベアトリスの物なんだよ』
ここにいたら、誰も私を邪魔者扱いなんてしない。
それにこれから先、衣食住、何も心配する必要なんてないんだ。そう思うと、安堵する気持ちがこみ上げてくる。
ホッと息を吐いたら、お腹がぐーっと鳴った。
自分でもびっくりしているのだが、空腹を覚えるのなんていつ振りか。
祖父が亡くなってからというもの、食欲なんてなかった。
それでも、何か食べないと生きていけないとわかっていたので、パンを一切れとスープは絶対に食べるようにしていたのだ。
先ほどまでの私は、魂と体が別々の場所にあって、ちぐはぐだったのかもしれない。
ここにきて、やっと魂が体に戻ってきたのだろう。
何か栄養になるものを食べよう。
そう決意した瞬間、リス妖精達がやってくる。
『おい! これ、さっき収穫したジャガイモだ』
『たくさん召し上がれ』
蔓と泥が付いたままのジャガイモが差しだされたので、ありがたく受け取った。
「ありがとうございます」
『いいってことよ!』
『必要な野菜があったら、言うんだよ!』
どんな野菜が実っているかは、玄関に白墨で描いてくれていると言う。
さっそく見に行くと、玄関の石畳に、ジャガイモとニンジン、芽キャベツにバター・カボチャ、ケールのかわいらしい絵が描かれていた。
自家菜園まであるなんて、ありがたい話だ。
ひとまず、ジャガイモを井戸で洗おう。
井戸の周りにはすでに、アライグマ妖精の姉妹が待ち構えていた。
『お手伝いするー』
『洗うの得意!』
『ちょーだい』
ジャガイモを手渡すと、ムクが井戸水をくみ上げ、モコが水を桶に移し、モフがジャガイモを素早く洗う。
さすが、アライグマ妖精である。こういう作業はお手のものなのだろう。
私も手伝おうとしたものの、テンポが崩れるから、とお断りされてしまった。
あっという間に、ジャガイモは泥が落とされ、きれいになる。
さて、このジャガイモで何を作ろうか。
考えるだけでなんだか楽しい気分にさせてくれた。