奇跡の全貌
ヒーディは清楚な白いドレスを脱ぎ捨てて、薄く露出度が高いシュミーズをまとっただけの姿でいた。私達がやってきても、装いを改める気はないようだ。
「聖女様、大きな奇跡を彼らに」
「待って。今は薄めたエリクシール、一人分しかないんだけれど」
ヒーディが指先で摘まんだ瓶には、水で薄めたであろうエリクシールがあった。
おそらくエリクシールは貴重なため、このように薄めて使っているのだろう。
「聖女様! ご発言には注意を」
「いいでしょう? どうせあとから薬で口封じをするんだから」
衝撃な発言の連発に、くらくらと目眩がしそうだ。
「聖女様、早く大きな奇跡を」
「わかった、わかった」
のろのろと立ち上がると、ヒーディは部屋の隅に置かれた魔法薬の瓶を手に取って一気に飲み干す。
紫色の魔法薬は色だけで判別は難しいが、強い眠気などを防ぐ目覚まし薬だろう。ヒーディだけでなく、法衣の男性も一気に飲み干していた。
これからよくないことを始めるのだろう。
「じゃあ、目を瞑って」
そう言いながらヒーディは香炉に火を灯す。その瞬間、エルツ様が呪文を唱えた。
するとヒーディと法衣の男性はその場で意識を失う。
ヒーディの手にあった香炉は手から滑り落ち、落下の衝撃で粉々に割れていた。
「ビー、煙を吸うな! 意識を朦朧とさせる香木に火を付けたようだ!」
エルツ様に抱かれていたモモが飛びだし、香炉に灯った火に花瓶の水をかける。
私は口元にハンカチを当てて、窓を開けに行った。
「エルツ様、これはいったい――」
そう口にした瞬間、扉がどんどんと叩かれる。
「聖女様、大きな物音がしましたが、何事でしょうか!?」
「お返事ください!!」
大勢の者達が押しかけているようだ。エルツ様はモモを抱き上げ、私の腕を引いて寄せる。すぐに転移魔法を展開させ、研究室へ移動した。
「――っ!」
膝の力が抜けてその場に頽れそうになるも、エルツ様が私の腰をしっかり支えてくれた。
モモはエルツ様の腕から離れ、華麗な着地を見せる。
「ビー、大丈夫か?」
「う……はい」
「無理はするな」
そう言うや否や、私を横抱きにし、長椅子に座らせてくれた。
モモが水を持ってきてくれた。飲み干すと、少し動悸が治まった気がする。
エルツ様は着ていた外套を脱ぎ、深いため息を吐きながら私の隣に腰掛ける。
「やはり、聖女というのは嘘だったのだな」
「ええ」
お祖父様のために調合したエリクシールを、人を騙して儲ける手段に利用するなんて、絶対に許さない。
「教会はあのように寄付を集めなければいけないほど、困窮しているのでしょうか?」
「いや、そもそも私には彼らが聖職者には見えなかった」
「たしかに――!」
金貨を受け取った法衣の男が、私達に「まいどあり!」と言ったのを思い出す。
聖職者であれば口にしないような言葉だろう。
だとしたら、彼らはいったい何者なのか。
「調査は慎重に行ったほうがいい」
誰が犯人かもわからない状況である。国の上層部に報告せずに、自分達で動いたほうが安全かもしれない、とエルツ様は言った。
「もしかしたら、国王陛下の命令を受けてやっている可能性があるからな」
その場合、ヒーディの行いを非難し悪と糾弾しても、訴えはもみ消されてしまうだろう。
「ヒーディが身を寄せたという修道院に、話を聞きにいったほうがよさそうですね」
「そうだな」
エルツ様は別ルートで調べたいことがあると言うので、明日は別行動となりそうだ。
「謝肉祭の病気の件だけでも頭が痛いのに、さらなる問題が持ち込まれるとはな」
「本当に……」
ひとまず明日、ヒーディについての話を聞きに行こう。
「修道院も共犯である可能性がある。調査にはモモにアライグマ妖精の姉妹、鷹獅子の幻獣などを連れて行き、少しでも危険を感じたら撤退するように」
「承知しました」
修道院は児童養護施設も兼ねていると聞いた。ヒーディの子どももいるはずだが、どうしているのだろうか。
子ども達へのお土産を持って訪問しようと心に決めた。
翌日――私はグリちゃんに乗って、王都の隣街にある修道院へ向かった。
ここは王都から北に向かって馬車で二時間ほど離れた場所にある。
子ども達へ作ってきた薬草クッキーを、シスターは喜んでくれた。
「あの、今日はここに在籍していたシスターヒーディについて話を聞きたくて、やってまいりました」
これまでにこにこしていたシスターだったが、ヒーディの名前を聞いた途端に眉間に皺が寄る。
「シスターヒーディは、ここを逃げだしました。今現在は行方も知れず、どこにいるかもわかりません」
「そう、だったのですね」
もしかして生まれた子どもを連れて逃げたのだろうか。
シスターが出産した場合、乳離れをする少し前に養子に出されると聞いていた。
実の子との別れが辛くなって修道院を抜け出し、お金稼ぎのために聖女になったのだろうか。
「あの、ヒーディが産んだ子も一緒だったのですか?」
「いいえ、彼女は自分の子どもを置いて、逃げたんですよ。本当に信じられない話ですが」
まさか、オイゲンとの間にできた子を見捨てて、修道院から逃げたなんて。
「それで、ヒーディの子は……?」
「ご安心ください。優しい夫婦に引き取られましたので」
通常であれば、母親からの授乳をさせてから引き渡すのだが、ヒーディは出産の傷も癒えぬような状態で忽然と姿を消したようだ。
「最初は誰かに誘拐されたのでは、と疑われ、騎士隊の調査も入ったんです」
しかしながら、修道院の金庫で預かっていたヒーディの私物と、教会から預かった寄付金がなくなっていたので、本人が盗んで姿を消したのだろう、と結論づけられたようだ。
「あの、私物の中に、エリクシール――魔法薬はありましたか?」
「ええ、ありました。珍しく貴重な魔法薬ばかりだったので、どこかで盗んできたのではないか、と噂になっていたんです」
やはりあのエリクシールはお祖父様の金庫から盗んだ物だったのだ。
呆れて言葉も出てこない。
「ヒーディは一度、王都で見つかったんです。しかし、彼女が身を寄せていたのはココロト商会でして」
ココロト商会というのは、謝肉祭の運営を担う者達だ。さらに病院をも掌握し、自分達の思うがままに動かしていたのを思い出す。
「なんでもココロト商会は騎士隊に多額の寄付をしているとのことで、強く出られないようで」
「罪を犯した者を匿っているのに、調査できないなんて……」
なぜ、ヒーディはココロト商会に匿ってもらえたのか。その理由についても、シスターが教えてくれた。
「ココロト商会はシスターヒーディの叔父が経営しているんですよ。その縁でしょう」
まさかの繋がりがあったわけだ。
「では、王都の街に突然できたスズラン教会というのは――」
「スズラン教会? なんですか、それは?」
「ヒーディが聖女を名乗り、奇跡を起こす場所として指定された教会です」
「なっ、ヒーディが聖女ですって!? そんなのデタラメです!!」
それにスズラン教会も枢機卿の許可を得て建ったものではないだろう、とシスターは言い切った。
もしかしたら教会と聖女は繋がっていないのかもしれない。
シスターのおかげで、たくさんの情報を得ることができた。
「ありがとうございました。ヒーディについては、罪を償わせるために、なんとかしてみます」
「ええ、お願いします」
私はシスターと別れ、王都へ戻ったのだった。




