聖女とは?
「今すぐ聖女とやらの化けの皮を剥がしてやろうか!」
「ま、待ってください! きっと彼女のもとには大勢の人達が集まっているはずです。聖女を糾弾するようなことがあれば、暴徒と化する可能性があるので、危険かと思われます」
「何が暴徒だ! 蹴散らしてくれる!」
「蹴散らさないでください! 一般市民です!」
いったいなぜ、ヒーディが聖女をやっているのか。
「そもそも、聖女というのはどういう存在なのですか?」
「歴史上の定義としては、人々が混乱の世に飲み込まれたときに現れる奇跡の人、生き神、という扱いだな」
毎週教会に行っている人ならば、当たり前のように知っていることだという。
なんでも神父の説教の中に、困難は神と聖女が救うだろう、という言葉があるのだとか。
貴族は月に何度も教会に通うほど神を心のよりどころにする者は少ない。
けれども市民の多くは熱心に教会へ通い、神を信仰している。そのため、聖女と聞いて希望を抱いたのだろう。
「さて、どう料理しようか」
「まずは聖女の実体について、よく調査したほうがよさそうです」
一度スズラン教会に行ってみようと考えていたのだ。
「私も同行する」
病気についての検査はすべて魔法式を完成させ、検体を解析している途中らしい。あとは待つばかりなので、調査に付き合ってくれると言う。
「ただそのまま行くと、目立ってしまいそうですね」
「変装をしよう」
下町で購入した古着が洗って返されたので、それを着たら別人と化すだろう。
頭巾を深く被ったら、私達は貴族であるとバレないはず。
「モモにも変装させて、子どもを抱えた夫婦に偽装してみようか」
「いいですね」
行動は一秒でも早いほうがいい。夜間であるが、スズラン教会を調査してみよう。
そんなわけで、変装したのちに、モモを連れてイーゼンブルク公爵家の屋敷を出たのだった。
スズラン教会は中央街にある商店街の中心にあった。
周辺には大勢の人々が聖女の奇跡を求めて押し寄せている。
夜間であるが、中から灯りが漏れていた。今の時間帯でも信者を受け入れているようだ。
建物の見た目はただ白く塗っているだけで、礼拝堂とは思えない。信仰の象徴である大きな十字架が掲げられていたので、辛うじて教会だと判別できるばかりだ。
「あの辺りの建物は、たしか大きな商店でしたよね」
「そうだったか?」
エルツ様はこの辺りで買い物などしないので、よく知らないのだろう。
「ビーは行ったことがあるのか?」
「一度だけですが」
なんでも扱う総合雑貨店と聞いていたので、一人暮らしに必要な品々を買いに来たのだ。
「ただ少々品物が粗悪品だったと言いますか、その、趣味に合わなかったので、何も買わずに出たんです」
「そうだったのか」
雑貨店が閉店して空き家状態だったところに、騒動を受けてスズラン教会としたのかもしれない。
「時間はかかるだろうが、列に並んでみよう」
「ええ」
果たしてヒーディは数少ないエリクシールで、どうやって多くの市民相手に奇跡を起こすというのか。その手腕を見せていただこう。
私達は三時間ほど行列に並び、やっと礼拝堂の中へ入ることができた。
建物の中にも大勢の人達がいて、ずらりと列を成している。
途中、受付のような場所があり、いきなり寄付を求められた。
「聖女様の奇跡を受けるためには、寄付を必要とします」
そこには三枚の紙が置かれていて、小さな奇跡は銅貨一枚、中くらいの奇跡は銀貨一枚、大きな奇跡は金貨一枚と書かれてあった。
「完全に治したい場合は、大きな奇跡をオススメします」
エルツ様と私は言葉を失ってしまう。
いったいどうして聖女なんか立てたのか謎でしかなかったのだが、目的が明らかとなった。
彼らは人々の恐怖心を利用し、お金を稼ぐつもりなのだ。
エルツ様のほうを見ると、こくりと頷く。
ここは寄付をして、どういった奇跡をしているのか目で確認したいのだろう。
懐に入れて置いた財布からお金を取り出そうとした瞬間に、エルツ様が金貨三枚を差しだす。
「ま、まいどあり! ではなく、えーーーー、ごほん。あなたの信仰心に感謝します!」
その後、いくつか質問を受ける。祖国に家族はいるのかとか、王都に知り合いはいるのだとか。
流浪の旅人という設定だったため、人の付き合いはない、とだけ答えておく。
この質問をする意味は? ただの世間話にしては、込み入ったことを聞いてくる。
よくわからなかった。
このまま行列に並ぶのかと思いきや、大きな奇跡を望む者は優先権が与えられるらしい。
新しくやってきた法衣の男性が私達を奥の部屋へと案内してくれる。
長い廊下にはたくさんの見張りがいた。三十人以上はいるだろうか。
皆、聖女であるヒーディの護衛役なのだろう。
廊下を進むと、両開きの扉がある部屋へ行き着いた。
法衣の男性がノックし、声をかける。
「聖女様、大きな奇跡を望む信者様が訪れました」
「はあ、もう今日は終わりって言ったじゃないの!」
「え、ええ、その予定でしたが、金貨を三枚も寄付いただきまして」
「わかったわ。通して」
すでにヒーディは聖女の演技にボロが出ている。そんな態度を取っていいものなのか。
他人事なのに心配になってしまった。
扉が開かれると、煙草の臭いで咳き込みそうになる。
そこには煙管を手にしたヒーディの姿があった。




