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宿へ

 お爺さんの息子夫婦が宿を経営しているようで、夜中ではあるものの部屋を取ってくれるという。大変ありがたい申し出だった。

「明日の予定は決まっているのかい?」

「いいえ」

「だったら、うちの牛を見ていってくれ。昼は村にある唯一の食堂を案内するよ」

「ありがとうございます。嬉しいです」

 明日の予定も無事決まった。ホッと胸をなで下ろす。

 辺りは真っ暗なので村の様子はわからないものの、虫の鳴く声やあちこちにある木々を見るに、とてものどかなのだろう。

 宿に到着すると、お爺さんが息子さん夫婦に声をかけてくれた。

 寝ているところを起こしてしまって申し訳ないと思っていたものの、お爺さんが帰ってくる日だと把握していたため起きていたようだ。

「父さん、またお客さんを連れてきてくれたんだね」

「ああ、そうだ。彼らはうちの肉を食べるために、わざわざ隣の国からきたんだよ」

「それはありがたい」

 優しそうな宿のご主人と、おかみさんが挨拶してくれた。

「荷車に乗ってやってくるなんて、辛い道中だったでしょう。お部屋をご用意しますので、どうぞお二階へ」

「ありがとうございます」

 通された部屋はとても広く、大人三人は余裕で寝転がれそうな寝台がどっかりと置かれていた。

 おかみさんが部屋の扉を開きながら、設備を紹介してくれる。

「こっちにお風呂があるのですが、魔法仕掛けなんです。ここにある呪文を摩ると、あっという間に湯が張りますので、どうぞご利用ください」

「あ、ありがとうございます」

 おかみさんは部屋の魔石ランタンを灯して回ったのちに、深々と会釈する。

「どうぞごゆっくり」

 ぱたん、と扉が閉められたあと、私はとてつもなく狼狽ろうばいしてしまう。

「エルツ様、どうしましょう! 一緒のお部屋になってしまいました!」

「夫婦なのだから、当たり前だろう」

「あ……そう、でしたね」

 エルツ様は私よりも覚悟が決まっていたからか、平然としていた。

 別にこの結婚は偽装夫婦を演じるための手段で、それ以上の意味はないのだ。

 私みたいにおろおろするほうがおかしいのだろう。

「ビーよ、先に風呂に入るか?」

「エルツ様がお先にどうぞ」

「わかった」

 トランクを開いて着替えを手に取るエルツ様を見ながら、ハッと気づく。

「あの、エルツ様、もしかして、湯浴みは誰かの手を借りてなさっていましたか?」

「いいや、自分でできるが」

「よかったです」

「できないと言ったら、ビーが手伝ってくれたのか?」

「ええ、まあ……」

「ならば、できないと言えばよかった」

 私が困るのをわかっていて、このようにからかうようなことを言うのだろう。

「最悪、宿のご主人に頼んでいたかもしれません」

「ビー、言うようになったな」

「私も負けていられないので」

 そんな言葉を返すと、エルツ様にくすくす笑われてしまった。

「今後も遠慮するでない。いつでも私に張り合ってくれ」

「はあ、その、努力します」

 エルツ様は上機嫌でお風呂へ行ったのだった。

 部屋には暖炉などないのだが、温もりを感じる。床までほんのり温かいことに気づいたのだ。

 不思議に思って見て回ると、魔法仕掛けの暖房装置が備え付けてあるのに気づいた。

 王都の高級宿でもないのに、こんなにすばらしいものがあるなんて。

 暖房だけでなく、冷房機能もあるようだ。隠者の隠れ家エルミタージュにも欲しくなってしまう。

 素晴らしい技術だと思ってしまった。

 部屋を見て回っているうちに、エルツ様が戻ってくる。

 髪をきれいに拭いておらず、水が滴っていた。

「エルツ様、御髪を拭きましょうか?」

「いや、いい」

 呪文を唱えると魔法陣が浮かび、髪を乾かしていた。

 毎日一生懸命時間をかけて拭いているのに、一瞬で終わるなんて。

 布による摩擦で髪にダメージがいかないからか、さらさらつるつるの仕上がりだった。

 エルツ様の美髪の理由を目の当たりにする。

「その魔法、羨ましいです!」

「ビーにもしてやろう」

「負担になりませんか?」

「まったくだな」

「では、お願いします」

 ルンルン気分でお風呂に入り、エルツ様に髪を乾かしてもらった。

「すばらしい魔法です」

 火と風の属性を掛け合わせた魔法で、ほどよく温かい風が全身を通り抜けるのだ。

 これがあれば、入浴後のタオルなども不要なのだろう。

 私が上機嫌だったのもつかの間のこと。

 普段は見せない寝間着姿のエルツ様を前にハッとなった。直視してはいけないような気がして目をそらす。

 これからエルツ様と一緒に夜を過ごすことになるのだ。

「寝台はエルツ様が使ってください。私は長椅子で眠りますので」

 エルツ様が入浴中に確認したのだが、長椅子はふかふかで十分眠れそうなポテンシャルを秘めているように思えた。

「ビー、荷馬車に長時間乗って、体が悲鳴をあげているだろう。そんな中で長椅子でなんか眠ったら、体がカチコチになって動けなくなるぞ」

「そ、それはたしかに、そうかもしれません」

 諦めて寝台に一緒に眠ろうと誘われる。

「ビーがどうしても気になるようであれば、魔法の壁を作ることも可能だ」

 ただ、魔法の壁はエルツ様が起きているときだけ展開されるらしい。

「ビーが眠るまで起きているから、心配するな」

「わ、わかりました。お願いします」

 そんなわけで、二人用の寝台の中心に魔法の壁を作った状態で横になる。

 先ほど五時間ほど寝ていたのだが、疲れていたのかすぐに眠ってしまった。

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