お茶を飲んでひと休み
ひとまず、少しだけ休憩させてもらおう。
キッチンに行った瞬間、あることに気付く。
ここの家には茶葉すらないのだ。
一瞬だけ愕然としたものの、キッチンの外に広がる光景を見てハッとなった。
庭にはたくさんの薬草が生えている。茶葉にできそうな葉っぱは、豊富にあるのだ。
裏口から外に出てすぐに、鼻先に清涼な香りが漂っているのに気付く。
これはミントの香りだろう。
寒さに強く、外でも冬越しができるミントは、寒い季節でも元気いっぱい生えそろっていた。
ここには種類豊富なミントが植えられていた。
肉料理のソースやお菓子作りによく使う〝ノース・ミント〟に、リンゴの爽やかな香りが特徴の〝アップル・ミント〟、歯磨き粉やガムに使われる〝ペパー・ミント〟などなど。
ざっと見て、二十種類以上のミントが育てられているようだ。
どれにしようか悩むほどで、熟考した結果、甘い香りが特徴の〝カーリー・ミント〟に決めた。
ぷちぷち摘んでいると、ミントの濃い香りが堪能できる。
台所に置かれていたかごにミントを入れていると、ミントの汁で指先が濡れているのに気付いた。
先ほど、オイゲンから言われた言葉が甦ってしまう。
――お前のその緑色に染まった手は、いつ見ても気持ちが悪いな!
緑色に染まった手を気にするなんて、いつ振りだろうか。
純粋に言葉をぶつけられたときは、強い言葉に傷ついてしまった。
けれどもこの手は、私にとっての当たり前だ。
長年、薬草に触れ、精一杯魔法薬を作ってきた証でもある。
夜会に出るときには必ず手袋を嵌めて隠さなければならなくても、この手は私の一部である。
別に、彼にどう思われていようと、今は関係ない。
頭を横にぶんぶん振って、オイゲンについては忘れることにした。
ミントはこれくらいで十分だろう。
立ち上がって、家に戻る。
キッチンには浴槽にあったような魔法仕掛けの蛇口があった。
捻ると魔法陣が浮かび上がり、浄化された水が出てくるようだ。
薬缶で湯を沸かそうとしたが、その必要はないらしい。薬缶は蓋の持ち手が魔石になっていて、表面の呪文を摩ると自動で湯が沸く魔技巧品であることに気付く。
食器棚にあったガラスのティーポットを使わせていただこう。
水で洗ったミントをポットにぎゅうぎゅうに詰め込み、あつあつの湯を注いでいく。
テーブルの上に置くと、じわじわ色が出てくる。
五分ほど蒸らしたら、生葉ティーの完成だ。
乾燥させた茶葉もおいしいが、このように摘みたての薬草を使ったお茶もおいしい。
カップに注ぐと、ミントのいい香りがふんわり漂う。
その香りを吸い込むだけで、ソワソワと落ち着かなかった気持ちが、落ち着いてくる。 あつあつの生葉ティーをさっそくいただく。
ほんのり甘く、ミントの爽快感が口いっぱいに広がった。
冷え切った体もポカポカ温まる。
ほっこりしているところに、話しかけられた。
『おいしいの~ん?』
声がした足元のほうを見ると、綿埃妖精が興味津々とばかりにこちらを見ていた。
「おいしいですよ。あなたも飲みますか?」
そう問いかけると、綿埃妖精はこっくりと頷いた。
深いお皿に生葉ティーを注いで床の上に置くと、綿埃妖精はその中にダイブした。
飲むというよりは、綿が吸収したと表現するのが正しいだろう。
『美味なり~~!』
独特な喜び方だが、お気に召していただけたようで何よりであった。
お茶を飲んでしばし休んだあとは、荷物の整理を行う。
メイドはいったい何を鞄に詰めてくれたのか、確認した。
鞄には喪服が四着と下着、ブラシに化粧品一式と、必要最低限の品々が入っている。
もともと物には執着していなかったので、十分暮らせるだろう。
そんな私の様子をアライグマ妖精の姉妹が見ていたようで、声をかけてくる。
『ベアトリス、こっちにアリスの服、あるよ』
『かわいい服、たくさんだよ』
『きっと似合うはず!』
アリスというのはお祖母様の名前だ。なんでも五十年前にお祖母様が着ていたドレスなどが、保管されているらしい。
部屋を見て回ったときは、ドレスが保管されているような部屋はなかったのだが。
アライグマ妖精の姉妹は階段をタタタ! と駆け上がり、私を案内してくれる。
『ここ!』
『ここだよ!』
『隠し扉なの!』
アライグマ妖精の姉妹は何もない壁をカリカリと掻いていた。
「ここにお祖母様のドレスが?」
近付いて手をかざしてみると、魔法陣が浮かび上がる。
触れると扉が現れた。