一日目を終えて
結局、魔法プリンは一つも売れなかった。魔法スープの噂を聞きつけてやってきた人も、風邪を回復するプリンと聞いて難色を示していた。
皆、ある程度疲労感と共に生きているものの、風邪というピンポイントな症状を回復するとなるとすぐに必要としてくれないのだろう。
ご家族にお土産などどうですか? と言っても、都合良く風邪を引いているわけがなかった。
一応、魔法プリンは状態保存の魔法をかけ、一週間は保つ。けれども通常の薬と比べたら保たないので、購入意欲も湧かないのだろう。
夕方を知らせる鐘が鳴ると、周囲の商店は次々と閉店していた。
ウッド氏も今日のところはお開きにするらしい。
「貴族の方々はこれから夜会ですので、夜間にお店を開く意味がないのですよ」
「そうだったのですね」
「イーゼンブルク公爵閣下はどうなさるのですか?」
「私も帰ります」
夜は治安が悪くなるというので、長々と滞在しないほうがいいだろう。
ウッド氏と別れてからせっせと荷物を詰めていたら、エルツ様がやってきた。
「ビー、待たせたな」
「エルツ様!」
不安な気持ちで一日中仕事をしていたので、エルツ様の顔を見た途端に安堵してしまう。「今日一日、どうだった?」
「魔法スープは完売しました」
「そうか。それはすばらしい」
意外と疲れを抱え込んでいる人が多く、好評を博したのは意外だった。
「ただ、魔法プリンはぜんぜんでして」
「ならば、今日の販売分は私が買い取ろう。入院棟で風邪が流行っているらしく、症状が酷い子どもに食べさせるゆえ」
「よろしいのですか?」
「ああ」
エルツ様が何やらぶつぶつ呪文を唱えると、魔法陣が浮かび上がる。
召喚魔法だったので医獣を呼ぶのか。なんて思っていたのだが、登場したのはクルツさんだった。
「あ――うわ!」
驚いた。契約下にないクルツさんを召喚できるなんて。エルツ様だからできる芸当なのだろう。
たまにこういうことがあるのか、召喚された側であるクルツさんは特に抗議などしていなかった。
「クルツ、すまない。この魔法プリンを病棟に運んで、風邪の症状があって辛そうな子に食べさせるよう係の者に言ってきてほしい」
「わ、わかりました」
魔法プリンを受け取ったクルツさんは、そのまま送還される。
「ビー、お代だ」
「あ、ありがとうございます」
魔法プリンの問題は解決したものの、明日はこうもいかないだろう。
二日目に販売するための魔法プリンは三十個ほどある。一日目は五十個だったので、比べると少なめだが、それでも売れる自信がない。
「帰るか」
「はい」
「その前に、少し付き合ってくれ。祭りの様子を、上空から見て回ろう」
どうやって? と言う前に体がふわりと浮かんだ。
「えっ、きゃあ!」
バランスを崩しかけた私の手を、エルツ様が握ってくれる。
エルツ様の背中には妖精のような羽が生えていた。白銀に輝いていて、とてもきれいだ。
「まあ! エルツ様の羽、お美しいです」
「ビーの羽もエメラルドのように美しい」
「わ、私の背中にも生えているのですか?」
「ああ、そうだ」
エルツ様の浮遊魔法は背中に羽を生やすものらしい。なんでもその羽は各々の魔力を読み取って、さまざまな色で輝くようだ。
「ビーの魔力は緑に関連したものなのだろうな。自然の緑を深く愛する心が、魔力に現れているのだろう」
「そうなのですね」
自分で確認できないのが残念である。
エルツ様は浮遊魔法だけでなく、姿消しの魔法も展開させていた。
「これで、上空を飛んださい、少し風が吹いたとしか思われないだろう」
「その、助かります」
「では、行こうか」
エルツ様が手を引き、浮遊魔法初心者の私を導いてくれる。
ただ、手足をどう動かしていいのかわからず、体が安定しない。
そんな私を見かねたエルツ様は、腰に腕を回して支えてくれた。
「その、何もかも申し訳ないです」
「いいや、こうしてビーと寄り添えるのは役得だから気にするな」
エルツ様に支えられながら、謝肉祭が行われている街の上空を飛んでいった。
「それにしても、とんでもない人込みだな」
「ええ」
噴水広場は初日に限定して入場制限があり、貴族以外は入れなかった。そのため、どれくらい人がいるのかわからなかったのだが、実際に目にすると驚いてしまう。
皆、謝肉祭の名物である串焼き肉を食べつつ、楽しんでいるようだ。
他にも食べ物系の露店はいくつも出店されていて、どこも長蛇の列ができている。
今年は揚げた肉が人気のようで、大勢の客が押しかけているようだ。
「明日は噴水広場もこのような状態になるのでしょうか?」
「興味本位でやってくる者達はいるだろうな」
噴水広場の出入り口となる通路には騎士が立っていて、身分を確認したのちに入場を許可していた。入れない者達の文句の声なども聞こえていたのだ。
「明日はトラブルを想定して、モモを連れていくとよい」
「モモ、ですか?」
「ああ、そうだ。ああ見えて、けっこう強いからな」
モモが戦う様子など想像すらできないのだが、エルツ様が言うので間違いないのだろう。
「どうやって戦ってくれるのですか?」
「主に拳だな」
まさかの武闘派だったわけである。攻撃魔法でも使うのかと思っていたので、意外であった。
明日はモモが退屈しないよう、アライグマ妖精の姉妹も連れて行こう。
途中、大勢の人だかりができていると思って覗き込んだら、曲芸が行われていた。
楽しげな音楽に合わせて、二足歩行の猫妖精が右に左にと単純なステップを踏んで踊っているようだ。
たったそれだけなのに、観客は沸いていた。
うちのアライグマ妖精の姉妹やモモだったら、もっとかわいく踊るのに。なんて思ってしまうのは親バカ的な感情なのだろうか。
「ビーはああいうのに興味があるのか?」
「あ、いえ、かわいいな、と思っただけです」
「そうか」
曲芸が行われている辺りを抜け、街から少し離れた郊外までやってくる。このまま帰るのかと思いきや、エルツ様は「そろそろだな」と言ってぴたりと止まった。
何事かとエルツ様のほうを見たら、空を指差す。
星でも出ているのか、と顔を上げた瞬間、夜空に火花が咲いた。
「わ――!」
美しい花火が次々と上がっていく。
そういえば初日は花火があるのをすっかり忘れていた。
「ビー、どうだ? 怖くないか?」
「ぜんぜん。その、とてもきれいです」
これまで謝肉祭のある日は花火が上がる音を聞くばかりだった。
「花火がこんなに美しいものだったなんて、知りませんでした」
「そうか」
上空で見る花火は大迫力で、手を伸ばしたら届きそうなくらいである。
うっとりしながら眺めたのだった。
花火が終わると、エルツ様は私を隠者の隠れ家まで連れて行ってくれた。
モモが出迎えてくれたのだが、エルツ様を見てギョッとした表情を浮かべている。
『その、ベアトリス様、せんせ、お帰りなさいませでちゅう』
エルツ様が命じた謝肉祭を手伝うという任務はすでに終了しているのに、医局へ帰っていないことについて後ろめたく思っているのだろう。
続いてアライグマ妖精の姉妹も登場し、モモをぎゅっと抱きしめながら迎えてくれた。
「モモよ、楽しく過ごしているようだな」
『ちゅう』
「よい。ビーが許す限り、ここで過ごせ」
『よいのでちゅか?』
「ああ。これまでモモはよく働いてくれた。それゆえ、自分の意思でしたいことをしても罰は当たるまい」
モモの表情がぱーーーっと明るくなり、ムクとモコ、モフと抱き合っていた。
寛大な判断をしてくれたエルツ様に感謝したのは言うまでもない。




