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謝肉祭の始まり

 ついに謝肉祭当日を迎えた。

 まだ朝だったのだが、太陽がさんさんと照りつけ、汗ばむような気候となっている。

 寒いかもしれないと思って火の魔石を用意していたのだが、必要ないようだ。

 モモとアライグマ妖精の姉妹の見送りを受けて家を出る。

 人が多くなる前に現地へ行こう、と思ってグリちゃんに乗って王都へやってきたのだが、すでにすごい混み具合である。

 謝肉祭は三日間開催され、私がお店を出すのは二日間である。

 果たしてどれほど売れるのか。ドキドキと胸が高鳴っていた。

 私が出店を許可されたのは、王都の中心にある噴水広場だ。

 噴水を背にした状態で長方形のテーブルが置かれていた。そこにエルツ様の姿があった。

 この辺りは入場制限がされているようで、客の姿はない。グリちゃんが降りられるスペースがあってよかった、と思いつつ、着地してもらった。

「ビー、おはよう」

「おはようございます」

 エルツ様は目立たないよう、外套の頭巾を深く被った姿でいた。

 ただそれも挨拶をするのと同時に外され、美貌が露わとなる。

「この辺りは静かだが、他はすでに人が押しかけているようだ」

「ええ。上空から見たのですが、大勢の方々がいらっしゃっているようで」

 一日目がもっとも多いらしく、この辺りも相当な混雑が予想されているようだ。

「ここに置いてあるのが試食用のカップと、洗浄を行う魔技巧品だ」

 ガラスは薄い青色でとても美しい。洗浄の魔技巧品は大きな水晶型で、触れると水が球状になっているものだとわかる。よくよく見ると中は水が渦巻いていて、コップを入れると自動洗浄してくれるらしい。非常に便利な品のようだった。

「使い方は大丈夫そうか?」

「はい、ありがとうございます」

 これがあれば、たくさんの人達に試食をしてもらえるだろう。

「ビー、これを」

 エルツ様が差しだしてくれたのは、転移の魔法札だった。

「私の研究所へ繋がっているものだ。ここからいつでも休憩しにくるといい」

「ありがとうございます」 

 この辺りは噴水があるので他の場所よりは涼しいだろう。けれども慣れないことをすると普段以上に疲れてしまうので、お言葉に甘えさせていただく。

「商品はこれか?」

「あ、はい!」

 グリちゃんの荷鞍に積んであった荷物をエルツ様が直々に下ろしてくれた。慌てて私も荷物が入った鞄を下ろす。

 頑張ってくれたグリちゃんには、魔宝石をたっぷりあげた。

 エルツ様はグリちゃんの頭を優しく撫でつつ、声をかける。

「ビーは私が責任を持って隠者の隠れ家エルミタージュまで送るゆえ、今日はゆっくり休んでおくとよい」

 グリちゃんは『ぴい!』と返事をするように鳴くと、飛んでいった。

「あの、エルツ様、よろしいのですか?」

「ああ、帰りは私に任せるように」

「はい、ありがとうございます」

 その後、エルツ様と一緒に商品を並べ、開店準備は整った。

 最後に、アライグマ妖精の姉妹と一緒に作った木製看板を出す。

蜂蜜薬局ファーマシー・ビーか。いい名前だな」

「エルツ様がビーと呼んでくださるので、名付けてみました」

「天才の発想だ」

 まさか褒めてもらえるとは思わず、照れてしまう。それを誤魔化すように、商品について説明した。

「実は、商品に自家製蜂蜜を入れているんです」

「ビーは養蜂までしていたのか?」

「はい」

 召喚した魔法蜂に蜜を集めてもらい、完成させた蜂蜜なのだ。

 とっても甘くて濃厚な味わいがするのが特徴である。

「とにかく薬効がすごくて! 今度、おすそ分けしますね」

「楽しみにしている」

 エルツ様はこの前貰った薬草キャンディも気に入ってくれたようだ。

「今日も購入したいが、客のために取っておかなければならぬな」

「もしも余ったら差し上げますね」

「余るわけがないだろう」

 エルツ様は憤ったように言ってくれる。

 ここまで私が作る物を評価してくれるのは、世界のどこを探してもエルツ様くらいだろう。ただ、評価と言っても過大評価なのだが……。

 まあ、認めてくれる人が一人でもいるというのは幸せなことだ。エルツ様に感謝しよう。「手伝えるのはここまでのようだ」

「お忙しいのに、ありがとうございました」

「いや、いい。ビーの顔を見たかったし、声も聞きたかったから」

 朝から甘いことを言うエルツ様の言葉をどう受け流そうか考えていたら、ぐっと接近してくる。

「ビー、三日目は私のために空けているだろうな?」

「も、もちろんです!!」

 一日中、エルツ様が嫌と言うまで付き合うつもりだと言うと、満足げな様子で頷いてくれた。

「ビー、休憩にやってきたときは声をかけてくれ」

「えーっと、お休みのようでしたら、顔を見せに参ります」

「楽しみにしている」

 エルツ様はそう言って、転移魔法を展開させて自室へ戻ったようだ。

 火照った頬を手のひらで冷やしつつ、懐中時計を取りだして時間を確認する。

 謝肉祭が開始されるまであと十分くらいか。 

 まずはお隣さんに挨拶をしよう。

 横の机では宝石があしらわれたお守りアミュレットの販売が行われるようだ。

 店主らしき男性は、純白の法衣に身を包んでいる。おそらく聖職者なのだろう。

「はじめてお目にかかります。私は隣で魔法薬を販売する、ベアトリス・フォン・イーゼンブルクと申します」

「おやおや、イーゼンブルク公爵閣下でしたか! 私はノア・フォン・ウッド、しがない聖職者です」

 にっこり微笑みながら挨拶を交わしてくれた。

 逆側はまだ誰もきていないようだ。

 他、販売されているのは銀細工にドレス、魔宝石などなど、貴族をターゲットにした品々ばかりだった。

 そうそうたる店の中に、私は出店していることが明らかとなった。

 果たして、魔法薬は売れるのか。

 ハラハラしているところに、謝肉祭の開始を知らせる空砲が撃たれたのだった。

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