魔宝石について
エルツ様と別れ、隠者の隠れ家へ戻る。
庭ではアライグマ妖精の姉妹とモモが自作の歌を歌いながら踊っていた。なんだか癖になるような曲調である。それにしてもなんて無邪気な様子なのか。永遠に仲良くしていてほしい。
彼女達は私に気づくと、嬉しそうに駆け寄ってきた。
『ベアトリス様、おかえりなさいでちゅう』
続けてムク、モコ、モフもやってきて、私の胸に飛び込んできたので、ぎゅっと抱きしめてあげる。
その様子をモモが遠慮がちな様子で眺めていた。なんとなく、輪に入りたそうな空気を感じたので、モモにも声をかけてみる。
「モモもどうぞ」
『よろしいのでちゅか?』
「もちろん」
そう答えるやいなや、モモは嬉しそうに駆け寄り、私に優しく抱きついてきた。
幸せとはこういう状況を言うのだろう。しばらく寄り添って、もふもふとした毛並みとぬくもりを堪能したのだった。
モモが淹れてくれた紅茶を飲んで一休みしたあと、私は自室で魔石の加工を行う。
まずは魔石を革袋に入れて、金槌でがんがん打って細かくする。
次に、乳鉢に移して角を取るためにごりごり擂るのだ。
細かくなった魔石に魔力を付与させる。
「――魔力よ宿れ、付与魔法!」
魔宝石の周囲に魔法陣が浮かび上がり、じわじわ輝く。一度、パッと強く発光したら成功だ。魔宝石の完成である。
できたてほやほやの魔宝石を、早速モモやアライグマ妖精の姉妹のもとへ持っていく。モモは台所に置いた椅子にちょこんと座った状態でいた。物置にあった古いテーブルクロスのシミ部分に刺繍を入れてくれているようだ。
「モモ、ちょうどよかった」
突然私がやってきたので、モモは小首を傾げていた。
「よく働いてくれるモモのために、魔宝石を用意したんです。受け取っていただけますか?」
『魔宝石、でちゅか?』
ピンときていないようなので、実際に目で確認してもらったほうが早いだろう。
五粒ほど手に取って、モモの手のひらに載せてあげる。
『こ、これは――なんだか甘くて、いい匂いがしまちゅ!』
私の魔力の匂いを言語化してくれたのはモモが初めてだった。他の子達は、ただただおいしいと言ってくれるばかりだったから。
「こういうの、貰ったことはないのですか?」
モモはこっくりと頷いていた。
「どうぞ召し上がってください」
『た、食べるのでちゅか!?』
モモはびっくりして大きな声をあげる。そんなモモの声を聞きつけ、アライグマ妖精の姉妹がやってくる。
『どうしたの?』
『何かあった?』
『困りごと?』
心配そうに声をかけるムクとモコ、モフにも魔宝石を与えた。
彼女達は大喜びで、カリコリと音を立てながら魔宝石を食べている。
『おいし~』
『さいこ~』
『ごちそうだ~』
そんな反応を見たモモは、食べる決心が固まったようだ。
魔宝石を一粒手に取り、ぎゅっと目を閉じて食べた。
すると、次の瞬間には瞳を見開き、キラキラ輝かせた。
『お、おいしいでちゅ!!』
毛並みをフワフワに膨らませながら、二粒目、三粒目と次々と食べ始める。あっという間に食べてしまったようだ。
『このようなお品をいただいたのは、はじめてでちゅう!』
深々と頭を下げ、感謝の気持ちを伝えてきた。
『今後はこれまで以上に、頑張りまちゅ!』
「いえいえ、大丈夫ですよ。これまでの働きに対する報酬ですので」
そう言っても、モモは張り切った様子で刺繍の続きを行う。
「その、ほどほどでいいですからね」
『完璧に仕上げまちゅ!』
ひとまずテーブルクロスについてはモモに任せておこう。
自分の部屋に戻り、謝肉祭で販売する在庫について記録していたら、セイブルが窓の外から現れる。
『よう、忙しそうだな』
「おかげさまで」
乳鉢に残っていた魔宝石の欠片をセイブルの口元へと持っていくと、嬉しそうに食べていた。
『相変わらず、ベアトリスが作る魔宝石はおいしいな』
「そうですか?」
『ああ、極上だ。こんなもん、普通の使い魔や薬獣は貰えるもんじゃないからな』
通常、薬獣や医獣などの妖精、精霊、幻獣などと契約する魔法は、術者の魔力を与えるだけで成立する。
魔宝石のようなものは妖精や精霊、幻獣にとってはおやつみたいなものと言えばいいのだろうか。
「童話の女神様がよく、妖精達に魔宝石を与えていたんです。それを見て、あげるようになったのだと思っています」
『そうだったんだな。ここにいる奴らは幸せ者だ』
みんな貰っているものだとばかり思い込んでいたようだ。
『あのエルツの医獣も、お前の傍から離れたがらないんじゃないのか?』
「アライグマ妖精の姉妹と仲良しですからね」
エルツ様もモモの好きにさせるようにと言っていたので、彼女の意思を尊重しようと思っている。
『そういやもうすぐ謝肉祭だな。準備は順調か?』
「ええ」
魔法プリンと魔法スープの仕込みは終わっていて、状態保存の魔法をかけて保冷庫に置いている。他、薬草クッキーや薬草キャンディ、薬草ガムなど、お菓子関係も在庫を充実させていた。
「あとは当日を迎えるばかりです」
『そうか』
「売れるかどうか、不安なのですが」
セイブルににっこり微笑みかけると、額と額をぴったり合わせてきた。
ただこうしているだけなのに、なんだか心が癒やされる。
『お前のことは、いつもいつでも応援しているからな』
「セイブル、ありがとうございます」
オイゲンから離婚を言い渡され、屋敷を追いだされたとき、セイブルから声をかけてもらったことがどれだけ嬉しかったか。
「あなたはいつも、私に勇気をくれます」
『それはよかった』
これからもずっと、傍にいてほしい。そんなささやかなことを願ってしまった。




