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ベアトリスのお城

 グリちゃんは長距離飛行でくたびれたのか、少し休んでいくようだ。

 すぐ近くに井戸があったので、水をくみ上げて木製のバケツに移す。すると、嬉しそうに飲み始めた。

 井戸の水は湧き水を汲んでいるようで、とてもきれいだった。


 アライグマ妖精の姉妹をかごから下ろしてやると、庭のほうへ楽しそうに駆けていった。

 彼女達も、かつてエルミタージュで暮らす薬獣だったらしい。

 懐かしいと声をあげ、跳ね回っていた。


 家の裏手に馬が寝泊まりする厩があるらしく、グリちゃんはスタスタ歩いて行った。

 あとを付いていくと、立派な厩に驚く。

 すぐ近くに藁が積み上がっていたので、敷いてあげるとグリちゃんは喜んでその場に座り込んだ。


 私も家の中で少し休ませていただこう。

 玄関に近付くと、魔法陣が浮かび上がった。そこには古代文字で、〝ここに入るに相応しい者だけ手をかざすように〟と書かれてある。

 そっと手をかざしてみると、扉が開いた。

 玄関ホールには大きな魔石ランプがぶら下がっていて、一歩足を踏み入れると自動で点灯する。

 魔石ランプが明るく照らすのは、猫のシルエットだった。

 

『よお! おかえり!』


 明るく声をかけてきたのは、よく見知った黒猫――。


「まあ、セイブル!?」

『エルミタージュでは初めましてだな』


 さっき別れたばかりなのに、どうして彼がここにいるのか。


「セイブル、なぜこちらにいるのですか?」

『俺様の本拠地はここだから』

「え?」

『俺様はこのエルミタージュと契約を結んでいたんだよ。王都の屋敷を守っていたのはおまけだ』

「そう、だったのですね」


 もともと彼はエルミタージュの家猫妖精で、長年、好意でイーゼンブルク公爵家の屋敷を守護していたらしい。


『あの屋敷を守るのは止めた。守護する価値のある者がいないからな』

「では、お祖父様が亡くなってからも居続けていたのは?」

『それはお前がいたからだよ』

「セイブル……ありがとうございます」


 まさか私を守るために屋敷に残ってくれていたなんて知らなかった。

 セイブルの体を抱き上げ、頬ずりをした。すると、セイブルはゴロゴロ喉を鳴らす。


『ふはは! 王都の屋敷は俺様がいなくなったから、大変なことになっているかもな!』


 いったい何が起こるのか、まったく想像できない。

 唯一、ヒーディのお腹にいる子どもだけが心配なのだが……。

 詳しい話は聞かないほうがよさそうだ。


『ここにやってきたのは五十年ぶりだ。やはり、本拠地は落ち着く』


 セイブルがこの家にいる様子は不思議としっくりくる。それはこの家に対する想いの強さなのだろう。


『家の中を案内してやる。ついてこい』

「ええ、お願いします」


 五十年もの間放置されていた家だが、埃の一粒すら落ちていない。


「セイブル、家の中の掃除はどなたかしているのですか?」

『ああ、あいつだ』


 そう言ってセイブルが前脚で示した先にいたのは、拳大の綿の塊だった。


「あ、あれは……!?」

『綿埃妖精だ。知らないのか?』

「初めて拝見しました」


 セイブルが手招きすると、綿埃妖精とやらがコロコロ転がってくる。

 近くで見ると、つぶらな瞳や口などが確認できた。


『この屋敷の清掃を担当する、綿埃妖精だ。おい、こいつは新しい管理者のベアトリスだ。挨拶しろ』

『お掃除するよ~ん』

「ど、どうぞよろしくお願いします」


 綿埃妖精もこの家と契約している妖精らしい。ゴミに含まれる魔力を食料にしているようだ。


『床の艶が気になるときは、ワックスをこいつに食わせるんだ。色を塗り直したいときは、ペンキを食わせろ』

「そんなことをして、大丈夫なのですか?」

『平気だよ~ん。むしろ好物』

「さ、さようでございましたか」

『こいつは悪食なんだよ』


 他、掃除に関することであれば、なんでもできるらしい。

 ひとりで暮らす上で、頼りになる存在になりそうだ。

 お近づきの印に、綿埃妖精に魔宝石を与える。すると、おいしそうにカリコリ食べてくれた。


『お、おいし~い!』

「よかったです」


 悪食だと聞いていたので、お口に合わないかも、と思ったのだが、喜んでくれて何よりであった。


 セイブルの案内は続く。


『ここはダイニングだな』


 かわいらしい野花メドウ柄の壁紙が一面に貼られており、カントリー風のテーブルや椅子は温もりを感じる。  

 テーブルにはパッチワークの織物クロースがかけられていた。


『これはお前の祖母ばあさんが作った力作だよ』

「お祖母様が……」


 お祖父様はお祖母様についてあまり話したがらなかった。

 裁縫ができるなんてことも、初耳である。


 ダイニングのすぐ隣はキッチンで、棚には美しい陶器の食器が並べられていた。

 琺瑯ほうろう製の純白のキッチンストーブは、きれいに手入れされていて、煤の一粒すら付いていない。

 キッチンストーブには二階にまで繋がる長い煙突が伸びていて、暖房の役割も果たしているのだろう。


 食品棚には空瓶などが大量に置かれていた。食べかけの食品などはいっさいない。

 おそらく、お祖父様が長い期間、ここへは立ち入らないだろうから、と食品を残さなかったのだろう。


『ベアトリス、次はこっちだ』

「ええ」


 浴室には洗濯機がどっかり鎮座していた。

 魔石を入れると自動で洗濯、乾燥までしてくれる魔法仕掛けの魔技巧品まぎこうひんである。

 洗濯機はかなり高価だと聞いたことがあるが、使用人のいないエルミタージュでの暮らしに欠かせない品だったのだろう。


『これは百年以上前のものだ』

「今でも動くのでしょうか?」

『さあ、知らん』


 洗濯は慈善活動で教えてもらったので自分でもできる。

 しかしながら、仕事で忙しくなったときは、洗濯をしている暇などないだろう。

 

「動いたら非常に助かるのですが」

『あとで試してみろよ』


 浴室には陶器製の猫脚バスタブが置かれていた。

 バスタブに取り付けてある蛇口を捻ると、浄化した湯が出てくる仕組みらしい。

 これも、魔石をセットして使うようだ。


 他にも客室や客用寝室、アトリエ、二階には寝室、物置など、地下には調合を行う製薬室など、生活をするのに困らない物が用意されていた。


『今日からお前が、ここの主だ!』

「私の家……!」


 それはなんとも心が躍るような言葉であった。 

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