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森の奥地にある、隠者の住処

 グリちゃんの前脚に装着したすずで作られている足輪には、鞍や手綱が収納されている。

 刻まれた呪文を指先で摩ると、出てくるという仕組みだ。

 先々代の当主が付けたものらしいが、グリちゃんのお気に入りらしい。


「グリちゃん、鞍を装着しますね」

『ぴっ!』


 まずはクッション性のある鞍用のパッドをグリちゃんの背中に広げ、その上に鞍を乗せる。続いて腹帯のベルトをゆっくり優しく締め、鞍が動かないようにする。

 最後に頭絡とうらくくちばしに付けて手綱をかけたら、グリちゃんに騎乗する準備は完了だ。

 嘴の下をかしかし撫でながら、「頼みますね」と声をかけた。

 アライグマ妖精の姉妹をかごに入れて、鞍に吊しておく。

 続いて私も鐙を踏んで鞍に跨がった。


「グリちゃん、準備ができました。エルミタージュへの案内を、お願いします」

『ぴいいいっ!』


 グリちゃんは純白の翼をはためかせ、大空へと飛び立つ。

 上空は地上よりも寒い。ぴゅうぴゅうと音を立てる風がナイフのように鋭く吹き付ける。

 頬はジンジン痛み、耳は凍っているのかと錯覚するくらいだ。

 こうして真冬にグリちゃんに乗って空を飛ぶことは初めてだったので、この寒さは想定外であった。

 外套の頭巾を深く被り、なんとか耐える。


「ムク、モコ、モフ、寒くないですか?」

『平気ー!』

『寒くないよー』

『ベアトリスは寒いの?』


 暖めてあげようか? と聞かれたものの、空の上で動くのは危険だろう。ありがたい申し出だったが、丁重にお断りをした。


 王都から離れ、広大に広がる森の上を飛んでいく。

 この辺りは標高が高いのか、雪が降っていて真っ白だった。

 その上空はより一層冷えている気がして、奥歯が震えてガタガタと音を鳴らす。

 あと少しの辛抱だと言い聞かせ、到着するのをしばし待つ。

 私が凍えているのに気付いたからか、グリちゃんは急いでくれたようだ。

 王都を飛び立って四十分ほどで、森の中へと下りていく。

 着地したのは、森の中にぽっかり開けた場所であった。

 そこには何もなく、思わず辺りをキョロキョロ見回してしまう。


 ひとまず、ここまで案内してくれたグリちゃんに、魔宝石の粒をたっぷり与えた。

 手のひらにおいてあげると、小さな舌を器用に動かして食べてくれた。

 舌が手のひらに触れるたびにくすぐったかったが、しばしの我慢である。

 ムクとモコ、モフが入ったかごを手に持ち、これからどうすればいいのかしばし考える。

 ここから歩け、という意味なのだろうか。

 森の奥を覗き込んでも、民家があるようには思えないのだが……。


『ぴいいっ!』


 グリちゃんが私に近付き、チェーンに繋いで首から提げていた鍵を嘴で咥える。

 手に持つように、と訴えているような気がした。

 鍵を手に取ると、突然目の前に魔法陣が浮かんだ。

 それは時計のような形で、中心に鍵穴があった。


「ここに鍵を挿すのでしょうか?」

『ぴい!』


 そうだ! と言ってくれたような気がして、鍵を挿して回した。

 すると、時計の針がくるくると進んでいく。

 よくよく見たら、魔法陣に年代と日付が刻まれていた。そこには、以前お祖父様がエルミタージュを訪れたであろう、五十年前の日付が記されている。

 お祖父様はおそらく、お祖母様が亡くなってから、ここに足を踏み入れていないのだろう。

 時計の針が止まると、年代と日付が今日のものに変わった。

 それだけでなく、私の足元に魔法陣が浮かび上がり、景色が一変する。


「わっ、きゃあ!」


 足元を掬われるような感覚は一瞬のことで、すぐに豊かな庭へと下り立った。


 雪がうっすら積もった、薬草に囲まれていた。

 庭を囲むように木々が鬱蒼うっそうと生えていて、庭の中心には東屋がある。

 他にも、温室や噴水などがある立派な庭だった。

 振り返った先にあるのは、二階建ての家。

 本を伏せたような形の切妻きりづま屋根が特徴的で、蜂蜜はちみつ色のレンガでできており、かわいらしい雰囲気の建物だ。


 五十年もの間、誰も足を踏み入れていないのに、草木はまったく枯れておらず、庭も整然せいぜんと整えられていた。


「ここがエルミタージュ……」

『そのとおり!』


 独り言のつもりだったのに、ハキハキとした返事が聞こえて驚いてしまう。

 アライグマ妖精の姉妹やグリちゃんの声ではない。

 威勢のいい、職人みたいな声色だった。

 声が聞こえたほうを見ると、そこにいたのはねじった手巾を頭に巻いたリス妖精である。手には枝切り用のはさみを握っていた。


「あなたは、ここの薬獣ですか?」

『ああ、そうだ!』


 庭にある木の実や薬草をいただく代わりに、草木の手入れをしてくれる食客薬獣だという。そういえば、お祖父様の手紙に、庭の草木は薬獣が世話をしていると書かれてあった。


「この庭にはあなたみたいな薬獣がいるのですか?」

『たくさんいるぜ!』


 詳しい数は把握していないようだが、リス妖精の薬獣達は日々、薬草や木々の手入れをしてくれているようだ。


「紹介が遅れました。私はエルミタージュの管理を新たに任された、ベアトリスと申します。これからよろしくお願いします」

『ああ、頼むぜ!』


 リス妖精はお近づきの印にと言って、たくさんのクルミを分けてくれた。

 今の私に返せるものはないが、少しずつ何か与えられるようになればいいな、と思ったのである。  

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