情報収集
「あの、私、アネモネ・フォン・ソビドールの姪で、ちょうどケルンブルンに立ち寄ったので、挨拶をしにやってきたのですが――」
「お引き取りくださいませ」
バタン! と大きな音を立てて閉ざされる。
扉を閉める激しい音が、拒絶の大きさを物語っていた。
ここまでやってきたのに、ソビドール家の当主にすら会えないなんて。
「エルツ様、申し訳ありません」
「どうして謝る? ソビドール家は明らかに凋落していて、ここにアネモネ・フォン・ソビドールは不在、何かあったとばかりに来客を拒むというたしかな情報が入手できたではないか」
「え、ええ、そうですね」
これ以上、ここで情報収集することは難しいと判断したらしい。
「扉が開いたタイミングで、簡易使い魔を放ったのだが、あの老執事と当主以外、屋敷には誰もいないようだ」
「ほんの少しの面会時間に、そのようなことをされていたのですね」
「まあな」
簡易使い魔というのは、紙に呪文を書き込み、蜂のような形に折ったあと、やらせたいことを念じるだけで遂行してくれる魔法らしい。
もしも誰かに見つかりそうになったら、燃えてなくなるようだ。
便利な魔法があるものだ、としみじみ思ってしまう。
「さて、あとの情報収集は街で集めるか」
「何かわかればいいのですが」
「おそらく、ここよりたくさんの情報が得られるだろう。なんていったって、他人の不幸は蜜の味、だからな」
まず、向かった先は大衆的な酒場である。
そこには商人や冒険者など、さまざまな人達がお酒を楽しんでいるようだった。
もしかしたら、ケルンブルンでもっとも賑わっている場所かもしれない。
カウンター席の端っこに座り、エルツ様はお酒を注文していた。
こういうお店に入るのは初めてなので、どうにも落ち着かない。
エルツ様はぐっと接近し、周囲の人達には聞こえないような小さな声で話しかけてきた。
「こういった場所では他人の不幸話で盛り上がる。おそらく何年も同じ話をし続けているだろうから、領主一家の話も聞けるだろう」
エルツ様の言うとおり、すぐ背後でお酒を飲んでいた男性達が、ソビドール家について話し始めた。
「しかし、領主様一家も災難だったなー。あれからもう、二十年以上経つのか?」
「そんなにかよ」
「あれはなかったわ」
何やら領民達の同情を誘うような出来事があったらしい。
「まさか、出戻りの娘が男と逃げるだけならまだしも、財産のほとんどを持って逃げるなんて、とんでもない悪女だ」
どくん! と胸が大きく鼓動する。
伯母がここにいない理由は、駆け落ちしたからだった。
さらに、ソビドール家の財産のほとんどを持ち逃げしてしまったらしい。
伯母の名前を出したときに、執事が激しく拒絶するような態度を見せるのも無理はなかったのである。
「これだけ聞けたら十分だな」
エルツ様は提供されたお酒を魔法で蒸発させたあと、お代を置いて席を立つ。
「ビー、行こうか」
「はい」
なんでも酒場で出されたお酒は、酒精が極限まで薄められ、代わりに喉がピリピリ痺れるような薬品が入っていたらしい。
「中毒性がある危険な薬品だ」
「知らずに、皆飲んでいるのですね」
「みたいだ」
このように痩せた土地であれば、お酒も満足に入荷できないのかもしれない。
「この地方は、一度がさ入れをしたほうがよさそうだな」
「伯母が起こした事件が本当ならば、放っておくことはできません」
ただこれは、噂話レベルである。
間違った情報でないか、確認をしなければならないらしい。
「ビー、こっちだ」
どうやら情報の真偽を確かめる方法があるようだ。
エルツ様が向かった先は、どこにでもあるような雑貨店である。
クマが描かれた看板は王都でも見覚えがあった。常にカーテンが閉ざされており、店内が見えないので、実際に入って買い物したことはなかったのだが。
営業中かもわからない状態なのだが、エルツ様は慣れた様子で入店する。
扉を開くとカランカラン、と鐘の音が鳴り、店の奥から「らっしゃい」という店主らしき声が聞こえた。
エルツ様はずんずん店の奥に行き、絵画の裏に貼り付けてあったブローチを剥がして精算台へと持っていく。
銀貨を差しだすと、店主から「こっちだ」と案内される。
通された先は、壁一面の棚の中に羊皮紙の巻物が積み上がった部屋。
「何が知りたい?」
「二十年ほど前に起きた、アネモネ・フォン・ソビドールの駆け落ち及び横領事件について」
どうやらここは情報を売る店だったようだ。
金貨と引き換えに、店主は羊皮紙を差しだしてきた。
エルツ様はすぐに手に取り、文字を目で追う。読み終わったあとは、私にも見せてくれた。
そこには酒場で聞いた情報がほぼそのままの状態で書かれている。
間違いのない出来事だったようだ。
もうひとつ、エルツ様は欲している情報を金貨一枚で購入する。
「アネモネ・フォン・ソビドールについて詳しく知る人物はいないだろうか?」
「下町のほうに、昔、現イーゼンブルク公爵の乳母を務めていたという女性が住んでいるようだ」
その女性は侍女として、伯母と共にイーゼンブルク公爵家にやってきたらしい。
同じような時期に子どもを産んだため、乳母に抜擢されたようだ。
「離婚するときも、彼女は一緒にケルンブルンに戻ってきており、侍女として傍にいたらしい」
伯母が失踪したあと、元乳母の女性はケルンブルンに残った。その後、彼女の羽振りが妙によくなったという噂話もあったようだ。
「つまり、何かしらの口止め料を受け取っている可能性があるな」
もう一枚金貨を渡すと、元乳母の女性の名前と、住処がある場所について教えてくれた。




