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遺されたメッセージ

 そこには〝イーゼンブルク公爵家の血を引き継ぐべきものよ、王室典薬貴族の証とともに在るように〟と書かれていた。

 文字の癖から、お祖父様が刻んだものと思われる。

 この部分は普段、懐中時計の底を填め込むようになっていて、見えないようになっていた。手入れをすれば気付くようにここに刻んだのだろうか。

 王室典薬貴族の証といえば、お祖父様が私に託し処分するように言っていた外套のことに違いない。

 二階の寝室に行き、王室典薬貴族の証たる外套の前に立つ。

 お祖父様は私やオイゲンに、何か伝えようとしていたのだろうか。

 メッセージには王室典薬貴族の証とともに在るように、とあった。

 一緒にすればいいのか、と思って外套のポケットの中に入れてみた。

 次の瞬間、目の前に突然花模様の魔法陣と文字が浮かび上がってくる。

 

「こ、これは――」


 書かれてあったのは、〝真実は風と共に去って行った〟とあった。


「お祖父様、いったいどういうことなんですか?」


 何を意図してこの言葉を遺したのか、まったく理解できなかった。

 今日一日、さまざまなことがあったので、冷静に考えられないのかもしれない。

 一晩経ったら、何かわかるだろう。

 明日の私に期待し、早めに休むことにした。


 翌日――再度、懐中時計を外套の中に入れてみる。

 昨日と同じように、花の魔法陣とお祖父様からのメッセージが浮かび上がった。

 改めて見ても、意味がわからない。

 私がいくら考えても、謎を解明できないのかもしれない。

 こうなったら、エルツ様の手を借りよう。

 パーティー用のドレスと、お祖父様の外套、懐中時計などを持って出勤することとなった。


 エルツ様は研究室で魔法書を読んでいた。

 今日も眼鏡姿である。

 以前、私が似合うと言ってからというもの、眼鏡姿を見せてくれるようになった。

 クルツさんには「老眼鏡、再開したんだ」と言われたようだが、気にも留めなかったらしい。


「ビー、おはよう」

「おはようございます」

「今日は大荷物だな。全部ドレスか?」

「いいえ、祖父の王室典薬貴族時代の外套もあるんです」


 ひとまずドレスの入った袋は余所に置いておき、テーブルにお祖父様の外套を広げた。


「いったいどうしたんだ?」

「昨日、懐中時計の本体にメッセージがあることに気付きまして……」


  〝イーゼンブルク公爵家の血を引き継ぐべきものよ、王室典薬貴族の証とともに在るように〟とあった。


「祖父の外套と懐中時計をリンクさせると、魔法が発動したんです」

「ほう?」


 エルツ様の前で見せてみた。


「懐中時計を外套のポケットに入れるだけでいいようで」


 三回目も魔法は展開された。

 花の魔法陣が出現したあと、祖父からの〝真実は風と共に去って行った〟というメッセージが浮かび上がる。


「これは――なんだ?」

「エルツ様にもわかりませんか?」

「ああ、というか、この魔法陣に見える花模様はなんなのだろうか?」


 魔法陣かと思っていた花模様のそれは、魔法陣ではなかったらしい。


「この花は庭で見た覚えがある。ちょうど今頃から、春先まで咲いている――」


 名前が思い出せない、とエルツ様は苦悶の表情を浮かべる。


「一瞬なので、わかりにくいですよね」


 魔法陣でないとしたら、花にも何か意味があるはずだ。

 花が見えるのは、ほんの一瞬である。

 私は三回も見ているのに、花の種類を特定できずにいた。


 もう一度、魔法を展開させる。今度はエルツ様もしっかり確認できたようだ。


「わかった。あれは〝ウインド・フラワー〟だ」


 風当たりのいい場所に咲き、春風に揺れる様子が愛らしいことからウインド・フラワーと呼ばれるようになったという。


「ほら、あの辺りにも咲いているだろう」


 エルツ様が指し示す方向に咲いていたウインド・フラワーは、別名のほうを記憶していたようだ。


「あれはアネモネ――!?」


 口にした瞬間、ヒュ! と息を吸い込む。


「ビー、どうかしたのか?」

「ア、アネモネというのは伯母……オイゲンの母親の名前です」

「なるほど。それでは、グレイが遺していたメッセージが示す〝風〟とは、そなたの伯母を表していたわけだ」


 〝真実は風と共に去って行った〟――つまり、お祖父様が抱える謎について、伯母がなんらかの情報を把握しているのだろう。


「今、その者はどうしている? 何度かイーゼンブルク公爵家に潜入したが、それらしき女性は見かけなかったのだが」

「伯母は……オイゲンを出産したあと、一年も経たずに離婚した、と聞いておりました」


 なんでも結婚後五年間、子どもができなかったようで、それをイーゼンブルク公爵家の親族に責められていたらしい。

 お祖父様は原因は病弱なオイゲンの父親にある、と言って注意を呼びかけていたようだが、それすらも「当主に色目を使って、味方へ引き入れている女狐め!」と罵られていたようだ。

 出産後、伯母は役目を果たしたと宣言し、離婚を切り出したらしい。

 子どものことで長年苦しめることとなったからか、伯父は伯母を引き留めなかったようだ。


「そのあと、伯母は持参金とともに実家に帰った、という話を聞いたのですが」

「なるほど」


 オイゲンには懐中時計、私には外套。

 このふたつが揃ったら、謎を解明するヒントが出るように仕込んでいた。

 お祖父様はきっと、私とオイゲンが協力して解明することを望んでいたのかもしれない。

 残念ながら、奇しくも私が二つとも入手し、メッセージに気付くこととなったのだが。


 オイゲンはお祖父様が遺していたものを、何もかも手にする気だった。

 それなのに、簡単に懐中時計を手放してしまう。きっとメッセージについては知らなかったに違いない。

 お祖父様は懐中時計の手入れについてオイゲンに教えていただろうが、彼は一度もすることはなかったのだろう。


「エルツ様、祖父の部屋にあった布で覆われた肖像画は、メッセージとなんらかの関係があるように思えてなりません」

「言われてみればそうだな」


 謎のすべては、伯母が握っているに違いない。


「ビー、その者の実家はどこにある?」

「西にある、ケルンブルンという街だったかと」

「ならば、現地に向かおうぞ」

「え、あの、ケルンブルンは馬車で一日半かかる距離なのですが」

「竜に乗ったら数時間で済むだろう」

「竜、ですか?」

「ああ。始祖に譲ってもらった」


 なんでもエルツ様はクリスタル・エルフの始祖に対し、同じ名前のせいで迷惑をしていると苦情を入れたらしい。 

 すると、詫びだと言って竜を譲ってくれたようだ。


「昨晩、正式に契約を交わした医獣えいじゅうだ」

「は、はあ」


 竜といえば、使役できる幻獣の中でも最強と言われている。

 契約だって、竜が認めないものは却下されるのだ。

 エルツ様は問題なく、竜に認められたということになる。


「では、私はグリちゃんで」

「いや、竜と鷹獅子は同じ速さで飛ぶことはできないだろう」

「言われてみれば、そうですね」

「別に、一緒に竜の背中に乗ればいいではないか」

「私を乗せてくれますでしょうか?」

「もちろんだ」


 ただ、ケルンブルンに行く前に問題があるのに気付いてしまった。


「エルツ様、診察はどうするのですか?」

「クルツがいるだろうが」


 タイミングよく、クルツさんがやってきた。

 寝不足のようで、欠伸をしている。


「おはよう。外はいい天気だな~」

「まったくだ」

「魔法医長、珍しく朝からご機嫌のような……?」

「これからビーと出かけるからな」

「それはいいねえ~~って、診察は!?」


 エルツ様の一言で目が覚めたらしく、クルツさんの背筋がピーーンと伸びた。


「診察はそなたがしてくれ。見習い期間は長かったが、もう一人前と見なしてもいいだろう」

「いやいやいや! 都合がいいときだけ、一人前認定しないでほしいんだけど!」

「今日は国王陛下の往診に行くだけだ。人数は多くない」

「待って! 大変なお方の診察じゃん! 俺じゃ無理じゃん!」


 クルツさんの叫びが、研究室に響き渡る。

 さすがに可哀想だと思ったのか、国王陛下の診察を終えてから出発することとなった。 

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