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家を追放された魔法薬師は、薬獣や妖精に囲まれて秘密の薬草園で第二の人生を謳歌する(旧題:再婚したいと乞われましても困ります。どうか愛する人とお幸せに!)  作者: 江本マシメサ
第四章 私は私だけの人生を生きますので!

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鳥マスクの人物

 独特な香の匂いと共に、記憶が甦る。

 オイゲンが〝先生〟と呼ぶ鳥マスクの人物は、私の居場所を魔力から探し当てられるほどの、実力のある魔法使いだ。

 なぜ、そのような人物がオイゲンに従っているのかわからない。

 雇うお金だって、オイゲンが所持しているようには見えなかった。


「先生、あの女を捕まえてください! 大切な奴隷どれいだから、傷付けないでくれると助かります」


 私が頑なな態度を見せたので、取り繕うことなど止めたのだろう。

 わかっていたが、これがオイゲンの本性なのだ。


 鳥マスクの人物はオイゲンの願いを聞き入れたのか、僅かに頷く。

 回れ右をし、窓から逃げようとした。

 けれどもそれより早く、鳥マスクの人物は私の背後へ転移してきた。

 そうだった。彼も転移魔法が使えたのだ。


「ベアトリス、これで終わりだ!!」


 鳥マスクの人物は私の腕を取り、ぐっと引き寄せる。

 背後から抱きしめられるような体勢となってしまった。

 服に染み込んでいるであろう香の匂いは、至近距離で嗅ぐとなんだか意識がくらくらしてきた。

 これはいったいなんなのか。考えれば考えるほど、意識がぼんやりしてくる。

 力もぐったり抜け、抵抗する気力さえなくなっていた。

 もうこれまでか。

 そう思ったのと同時に、エルツ様が手のひらに刻んでくれた魔法陣が輝く。

 すぐに私は残りの力を振り絞って叫んだ。


「エルツ様、助けてください!」


 きっとすぐに駆けつけてくれるはず。

 そう思っていたのだが、エルツ様は現れない。


「エルツ様だと? お前、男がいたのか?」


 オイゲンが悪魔の首でも取ったような表情で接近してくる。


「大人しそうな顔をして、不貞を働いていたわけか」

「ち、違……」


 私はどうでもいいが、エルツ様をそのような目で見られたくない。

 そもそも、私がエルツ様と出会ったのは離婚が成立してからだ。

 屋敷にヒーディを連れ込み、子どもまで作ったオイゲンのほうこそ、不貞行為を働いていたというのに。


ひざまずいて、僕に誠心誠意謝罪しろ。ああ、お祖父様にも、謝ってもらおうか!」


 そう言って、オイゲンは当主の証であった懐中時計を出してきた。

 あれはお祖父様が大事にしていて、毎日の手入れをかかさなかった銀の懐中時計である。

 今はオイゲンが適当に扱っているからか、黒ずんでいた。

 美しかった懐中時計は見るも無惨な状態になっている。


 オイゲンは雑な手つきで懐中時計のチェーンを握り、私の目の前にぶら下げてきた。

 悔しい。お祖父様の懐中時計をそんなふうに扱うなんて。

 すぐにでも取り上げたかったが、自由を奪われているのでどうにもならない。


 イーゼンブルク公爵家の家紋として懐中時計に刻まれた鷹獅子グリフォンの目の下が黒ずみ、まるで涙を流しているように見えた。


「ほら、謝れ! ほら!」


 右に、左にと揺れる懐中時計だったが、突然、私の背後にいた鳥マスクの人物が握りしめる。


「なっ、先生! どうかしたのですか?」

愚鈍ぐどんな男め」

「は?」


 それは初めて聞く鳥マスクの人物の声。

 聞き覚えがあったので、心底驚いてしまう。


 鳥マスクの人物はオイゲンから懐中時計を取り上げ、私を横抱きにする。


「せ、先生! なぜ、そのような行動を!? ベアトリスは、僕の寝室に運んでください!」

「二度と、そなたの言うことなんぞ聞き入れぬ!」

「へ!?」


 鳥マスクの人物が後退すると、オイゲンはハッとなる。


「待ってください!! 先生!! その小汚い懐中時計は差し上げますので、ベアトリスだけはそこに捨てて行ってくだ――!」


 オイゲンがこちらへ接近してきたものの、足元に魔法陣が浮かび上がり、強い風に晒される。

 その場に立っていられなくなり、転倒した。


「先生!!」


 その言葉を最後に、景色がくるりと入れ替わる。

 下り立った先は、エルツ様の研究室だった。


 鳥マスクの人物は私を椅子にそっと座らせる。


「あの、エルツ様……ですよね?」

「ああ、すまなかった」


 鳥マスクを外した下に現れたのは、エルツ様だった。


「どうして……?」

「この姿でずっと、イーゼンブルク公爵家に潜入して調査をしていたのだ」

「そう、だったのですね」


 服に染み込ませていたのは、感覚を鈍らせる薬らしい。

 匂いで正体がバレないようにする目的と、オイゲンの判断力を低下させるためにまとっていたようだ。


「もうこれも必要ない」


 そう言って、鳥マスクや外套を火魔法で燃やす。

 いまだにぼんやりしていた私に、エルツ様は気付け薬を飲ませてくれた。


「大丈夫だろうか?」

「はい、おかげさまで」


 鳥マスクの人物の正体がエルツ様だったなんて、誰が想像できようか。

 

「まさか私も、鳥マスクを装着した状態で、初めてそなたと会うことになるとは思いもしていなかった」


 何度か潜入するも、お祖父様に関する情報は発見できなかったらしい。

 書斎に何かあるのではないか、と思っていたものの、魔法仕掛けの鍵だったため、こじ開けることができなかったようだ。


「では今日も、私と落ち合う以前から、イーゼンブルク公爵家の屋敷にいらしていたのですね」

「ああ、そうだ」


 名前を呼んでもこないわけである。


「最後に、あの男からグレイが大切にしていた懐中時計でも奪ってやろうと考えていたから、呼びかけに応じてしまった。そなたには怖い思いをさせてしまったな」


 エルツ様にとっても、お祖父様といえばと言っても過言ではないくらい、懐中時計を象徴的に思っていたようだ。


「懐中時計のためとはいえ、呼びかけに応じることができず、本当にすまなかった」

「いえ……。鳥マスクの人物に対しては、ずっと引っかかっていたんです」


 魔力を辿って居場所を特定できるのであれば、オイゲンはすぐに私を捕まえるよう命じていただろう。

 なぜ、それをしないのか疑問だったのだ。


「それに以前、出会ったときに、オイゲンが暴力を振るおうとした瞬間、妨害するように話しかけていたので」


 思い返すたびに、ほんの少しだけ悪い人ではないのではないか、と思ったくらいだ。

 鳥マスクの人物に遭遇したあとに出会ったエルツ様が、申し訳ない様子でいたのは同一人物だったからなのだ。


「ひとまず、懐中時計は取り返すことができた。幸いにも、オイゲンはこれをくれると言っていたから、盗難ではない。安心して受け取ってくれ」

「エルツ様、ありがとうございます」


 手入れがされていない懐中時計は黒ずんでいるものの、ギリギリ取り返しのつかないような状態ではない。

 時間をかけて磨いたら、きれいに生まれ変わるだろう。

 オイゲンから取り上げてくれたエルツ様に、心から感謝した。

明日から第5章がスタートします。

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どうぞよろしくお願いします。

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