表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家を追放された魔法薬師は、薬獣や妖精に囲まれて秘密の薬草園で第二の人生を謳歌する(旧題:再婚したいと乞われましても困ります。どうか愛する人とお幸せに!)  作者: 江本マシメサ
第四章 私は私だけの人生を生きますので!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/99

久しぶりのイーゼンブルク公爵家

 庭の草花はそれぞれ高価で稀少な物もあった。

 けれどもオイゲンは価値を把握していなかったようで、放置していたみたいだ。

 正直ありがたい。

 お祖父様の書斎の鍵が隠されたワイルドストロベリーの鉢もそのまま置かれてあったので、無事回収できた。

 裏庭でエルツ様と一時的に合流し、鍵を手渡す。


「祖父の書斎は二階の西側にある、獅子のノッカーがある部屋です」

「わかった」

「屋敷に入ったら、一階の窓を開けておきますので、そこから侵入してください」


 もしも調査が終わったら、使い魔であるブランを寄越してくれるらしい。

 窓を三回、嘴で鳴らす音が撤退の合図だとか。


 別れ際に、オイゲンとの面会は無理しないように、とエルツ様は言ってくれた。


「手を、いいだろうか?」

「は、はい」


 手を出しかけたものの、薬草を摘んで緑色に染まった指先が目に付く。

 オイゲンは私の手を見て、気持ち悪いと言われたことを思いだしてしまったのだ。


「どうした?」

「いえ、手が、緑色に染まっているな、と思いまして」

「別になんともない。毎日薬草を扱う魔法薬師ならば、そうなるのは不思議ではないだろうが」


 エルツ様はあまり気にするなと言って、優しく握る。


 緑色に染まった手を、働き者の手だとも、気持ち悪いだとも言わずに、ごくごく当たり前のものとして受け取ってくれた。

 それがどれだけ嬉しかったか。言葉にできない。

 私が心の奥底で求めていたのは、この言葉だったのだ、と確認する。


 エルツ様は私の手を握ったまま、何やら呪文を唱える。手のひらに魔法陣が浮かび上がった。


「あの、エルツ様、こちらはなんなのですか?」

「お守りだ。私の名を呼んでくれたら、すぐに駆けつけるから」

「ありがとうございます。とても心強いです」


 オイゲンと会わなければならない私に、祝福を施してくれたらしい。

 温かな心遣いであった。


 ひとまずエルツ様はここで待機。私はオイゲンと面会の約束を果たすため、玄関のあるほうへ向かう。


 それにしても、屋敷の外観は酷いありさまだ。

 窓には蜘蛛の巣が張られていて、ガラスも曇っている。

 レンガには苔が張り付き、劣化も激しい。

 どこもかしこも美しかった屋敷は、見るも無惨な状況と化していた。


 屋敷の様子に戦々恐々としつつ、扉をコツコツ鳴らした。

 いつもならば、使用人が出てくるのに、その気配はまったくない。

 

「ごめんください」


 声をかけても反応はなかった。仕方がないと思い、勝手に中へと入らせていただく。

 毎日手入れされていた絨毯は汚れ、一歩進んだだけで埃が舞う。

 庭同様、人がいるような気配はまったく感じられなかった。

 魔法薬師達同様に、庭師や使用人達もこの家を離れたのかもしれない。

 使用人の代わりに、どぶネズミがタッタカ走っているのを目撃する。

 クモやムカデなども、我が家のような顔で床を這いずり回っていた。

 これが家猫妖精であるセイブルの守護がなくなった屋敷なのだ。

 途中、ケホケホと咳き込み、窓を広げる。

 外から流れてくるのは、食材が腐ったような臭い。

 まったく空気の入れ換えにはならなかった。

 ここからエルツ様が入ってくることを考えると、心から申し訳なくなる。


 はあ、とため息をひとつ零し、先へと進んだ。

 それにしても、オイゲンはいったいどこにいるのか。

 一階にある客間にはいなかった。

 今日、訪問することは手紙で伝えていた。懐中時計で確認したが、すでに約束の時間は過ぎている。

 もしや、二階にある私室にいるのか。

 盛大なため息と共に、階段を上っていった。

 オイゲンの私室なんて、夫婦であったときですら近付かなかったというのに。

 二階の廊下を歩いていると、声が聞こえた。

 何やら大変盛り上がっているように聞こえる。

 声のもとを辿っていくと、寝室に行き着いた。


「やだー、公爵様ったら」

「いや、本当だ。いずれここは元通りになる。あの女、ベアトリスさえ戻ってくればな!」


 寝室の扉は僅かに開いていて、会話は筒抜けだった。

 男性の声はオイゲンだろうが、もう片方はヒーディではなく、聞き覚えがない。


 何やらキャッキャと楽しそうだが、ここに彼らがいたら、エルツ様が調査する妨げとなるだろう。

 心を悪魔にして、扉を叩いて中へと入った。


「オイゲン、そこにいらっしゃるの?」


 カーテンが閉ざされ、薄暗い寝室に侵入する。

 そこには着衣が乱れた男女が横たわっていた。


「きゃあ!」

「な、なんだ、お前は!」

「なんだって、今日、面会の約束をしていた者ですけれど」

「べ、ベアトリスか!!」


 女性はメイドだったらしい。私を見た途端に毛布に包まってしまったが、エプロンドレスが寝室に脱ぎ捨てられていた。


「オイゲン、これはいったい――?」

「ち、違うんだ!」

「違う?」

「あ、ああ、そうだ。この女が、僕が昼寝をしていたところに潜り込んできただけなんだ」


 あろうことか、オイゲンは毛布に包まっていメイドに今すぐ出て行くよう命じる。


「こ、公爵、さっきまでとっても優しかったのに、どうして突然、酷いことを言うのですか?」

「うるさい!! いいから僕の前から消えていなくなれ!!」


 メイドは眦に涙を浮かべながら、部屋から去っていく。

 その様子を見たオイゲンは、勝ち誇ったようだった。


「ベアトリス、すまない。狼藉者ろうぜきものが潜り込んでいたようで」

「あら、そうだったのですね」


 いくら私でも、ここで何があったかわからないほど鈍感ではない。

 来客があるとわかっていながら、どうしてこのような行為を働けるのか。 

 信じられない気持ちになる。


 オイゲンは服の乱れを直したが、ボタンすら自分で留められないようで、ちぐはぐだった。

 きっとこれまで、自分の身の回りのことはすべて従僕にやらせていたのだろう。

 服すらまともに着ていないのに、オイゲンはキリリとした表情で言った。


「ベアトリス、これからは僕達の時間だ」


 全身に鳥肌が立って、ここから逃げ出したくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ