専属魔法薬師としての契約
契約書には私が不利になるような条件はいっさい書かれていない。
それどころか、かなり優遇された契約だった。
王宮への出勤は最低でも月に一度。いつでも連絡が取れる魔法の鏡を支給。薬草茶は金貨一枚で買い取り。魔法薬はクラスによって買い取り価格を決定する。契約の破棄は私の意思でいつでも構わない――などなど。
魔法薬の買い取り価格を提示してもらったが、どの薬局で売るよりも高価だった。
「どうした? 何か不満な点があれば、条件をよりよいものにするが」
「いいえ、条件がよすぎて、戸惑っているだけです」
エルツ様はピンときていないようで、これからの働きによって報酬を上げるとも言っていた。
「その、私の魔法薬を確認せずに、契約を結んでもいいのですか?」
「いや、そなたの魔法薬師としての実力はグレイの話を通して把握している」
「祖父が甘い可能性など、考えなかったのでしょうか?」
「それはないな。グレイは自分にも他人にも厳しかったから、孫娘のかわいさだけで、褒めるような男ではない。実力云々を判断したのは、それだけではないからな」
なんでも他の魔法医から、私の話はかねがね聞いていたようだ。
「イーゼンブルク公爵家のベアトリスに処方箋を送ると、的確で質のよい魔法薬が患者の手に渡ると評判だった。それだけではなく、患者への処方ミスを防ぐ疑義照会に助けられたことも一度や二度ではないと話していた」
疑義照会というのは、魔法医の処方箋に違和感を発見したさいに、これでいいのかと確認するやりとりである。
たいていの魔法医は魔法薬師に魔法薬の処方は合っているのか、と聞かれるのを嫌う。
裏で毛嫌いされているだろうな、と思っていたのでホッとした。
「これだけ言っても心配ならば、そなたが作った魔法薬を確認することもできるが」
「私の、魔法薬」
そう呟いたのと同時に、綿埃妖精がテーブルの上にヒール・ポーションをペッと吐き出した。
『予備~~~!』
メアリに販売した三十本、きっちり用意していたはずなのに、一本多く持ち歩いていたようだ。
テーブルの上に転がるヒール・ポーションを、エルツ様はすぐに手に取る。
「なんだ、これは!」
「ヒール・ポーションです」
「わかっている! このような高品質な魔法薬を見たのは初めてだ、という意味だ」
ハイクラスに分類される魔法薬の中でも、作る人によって品質が異なるらしい。
私が作ったヒール・ポーションは、その中でも最高品質と言っても過言ではない、とエルツ様は口にする。
「私が見込んでいたとおり、そなたは天才的な魔法薬師のようだ。この先、隠居するのはもったいない。ぜひとも、専属魔法薬師として、活躍してほしい」
ここまで評価されたら、断る理由なんて思いつかない。
魔法薬の販売先にも困っていたので、これはまたとない機会だろう。
下町に薬局を作るにしても、ある程度のまとまった資金が必要にもなるだろう。
断る理由なんて思いつかなかった。
「私でいいのならば――」
「私でいい?」
卑下するような発言はよくないのだろう。
これまで、あまり褒められることなどなかったので、ついついへりくだるような発言をしてしまうのかもしれない。
これ以上、自分を貶めるようなことを言うと、私を評価してくれたエルツ様にも失礼になるだろう。
「わかりました。これから、エルツ様のお力になれるよう、尽力いたします」
エルツ様はそれでいい、とばかりに深々と頷いていた。
空中に浮かぶ契約書に指先を添えて名前を書くと、光り輝く文字が浮かんだ。
ベアトリス・フォン・イーゼンブルクと記入すると、魔法陣が発光し、パチン、と音を立てて消えていった。
「これにて、契約成立だな」
契約書については、呪文を唱えたらいつでも出し入れが可能となっているらしい。
「ひとまず、このヒール・ポーションを買い取らせていただこう。これだけの魔法薬となると、価格は一本、金貨六十枚ほどか」
「なっ!? そ、それはあまりにも、高すぎるのではないでしょうか?」
「適正価格だ」
先ほど、同じヒール・ポーションを三十本、金貨六十枚で販売してきたところだ、と説明すると、呆れられてしまう。
「疑うというのであれば、これから薬局に確認に行く」
エルツ様は立ち上がると、ボロの外套を着込んで頭巾を深く被った。
その後、私へ手を差し伸べる。