表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/99

白いカラスと

 メアリやディンディル伯爵を巻き込んでしまい、申し訳なく思う。

 ふたりは帰り道の心配をし、護衛を付けようかと提案してくれたものの、これ以上迷惑をかけるのも悪いので丁重にお断りした。

 オイゲンは騎士に拘束されたので、今日のところはこれ以上接触してくることもないだろう。

 問題は鳥マスクの人物であるが、彼は先生と呼ばれ、オイゲンが一目置くような存在であった。

 きっと大金を積んで、依頼したに違いない。

 オイゲンがいなければ、手出しをしてくることはないだろう。


 次に向かったのは、中央街にある市場だ。ここで食料などを買い足したい。

 お昼前だというのに、商店が並ぶ通りには大勢の人達がいた。

 一瞬でもぼんやりしていたら、人の波に飲まれ、自分の意思とは関係ない場所まで流されてしまうだろう。

 今日は綿埃妖精がいるので、重たい小麦粉や油などを買おうか。

 なんて考えていたら、目の前に白い羽根が落ちてくる。

 はらり、はらりとゆっくり舞うそれを、手で受け取った。


「これは――」


 思わず空を見上げると、白いカラスが私の上をくるくる旋回していた。

 あのカラスには見覚えがある。

 常連さんの手紙を運んできていた使い魔だ。

 白いカラスは珍しいので、見間違えるわけがなかった。

 上空から、声が聞こえる。


『見ツケタ、見ツケタ!!』


 いったい何を見つけたというのか。白いカラスは甲高い声で叫んでいる。

 普段は大人しい子なのだが、今日は興奮したように叫んでいた。


『ベアトリス、危な~い』

「え?」


 綿埃妖精の、のんびりおっとりとした注意でハッと我に返る。

 すぐ傍に、大きな荷車が迫っていたのに気付く。回避は間に合わない。

 ぶつかる!! 

 奥歯を噛みしめ、衝撃に備えたが、腕をぐっと強く引き寄せられた。

 路地に引き込まれ、衝突を回避する。


「――!!」


 私を助けてくれたのは、ボロボロの外套に身を包み、頭巾を被った男性だった。


 その姿にギョッとしてしまったのは、鳥マスクの人物と似たような外套を着ていたからだろう。

 今、目の前にいる人は、鳥マスクをかけていない。

 ただ、頭巾を深く被っているので、顔は見えなかった。


「あ、ありがとうございます」


 感謝の気持ちを伝えたあと、バサバサと鳥の羽ばたく音が聞こえる。

 先ほど上空で見た白いカラスが、男性の肩に着地したのだ。


『彼女、彼女ガ、イーゼンブルク公爵家ノ、薬師!』


 白いカラスが肩に止まっているということは、彼が常連さんだったのか。

 使い魔を使役し、私を探していたようである。


「何かご用でしょうか?」

「少し、話がある」

「あの、あなたはいったい、どこのどなたなのでしょうか?」

「ここは誰の耳目があるかもわからない。場所を変える」


 少し掠れていて、落ち着いた声である。声色から年齢を推測するのは難しいように思えた。


 彼について行ってもいいのか。

 先ほどのオイゲンとの事件もあったので、不安になる。

 立ち止まって考えていると、男性が振り返った。


「どうした?」


 私の代わりに、綿埃妖精が答えてくれた。


『知らない人に、ついていったら、いけなーいんだ!』


 綿埃妖精の言うとおりである。

 白いカラスには見覚えがあるものの、それだけで安全だとは言えない。

 男性はずんずんと大股で戻ってきて、私の前で頭巾を外した。

 腰まで届くような白く長い髪が、さらりと流れてくる。

 研ぎ澄まされたような美貌が、露わになった。

 透き通るような美しさに、気品を感じるような佇まい、それからナイフのような長い耳を見てハッとなる。

 それは国内で唯一存在する、クリスタル・エルフの血を引く一族――ヴィンダールスト大公家の一員である証であった。


 一度、王宮に飾られていた肖像画で、その姿を目にした記憶が残っていた。

 千年も昔、国王を不治の病から救い、人々に医術と薬術を伝え、大公の位を与えられて国に留まることとなったクリスタル・エルフの始祖の姿。

 ふと、思い出す。それは、社交界デビューをした日の、王宮での記憶である。お祖父様の案内で目にした、肖像画に描かれていた始祖の姿に、驚くほどそっくりだった。

 名前はたしか、エルツ・フォン・ヴィンダールスト、だったような。

 クリスタル・エルフは長命のエルフで、長くて千年ほど生きる。

 始祖は現在も在命で、王室典医貴族として治療に当たっている、という話を聞いた覚えがあった。


「あなたは、ヴィンダールスト大公家の」

「それだけわかればいいだろう」


 大公は吐き捨てるように言うと、私の手を握ってずんずんと歩き始めた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ