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王都にて再会

 友人は社交界デビューした年に出会った女性である。

 名前はメアリ。私よりも早く結婚し、現在子どもがふたりいる。

 ちなみに夫であるディンディル伯爵は正義感に溢れた熱血的なお方で、オイゲンがもっとも苦手とするようなお人柄だろう。きっと繋がりはないはずだ。

 メアリは幼少期から病弱で、私に魔法薬を煎じてほしいという手紙を年に数回交わしていた。

 ついでに離婚について報告したのだが、すでに新聞社の報道で知っていたのか、さほど驚いている様子はなかった。

 そんなメアリと会うのは半年ぶりか。

 結婚してから、お互いにあまり時間がなくなり、夜会以外で会う機会が減ってしまった。

 元気に暮らしていただろうか。その辺の近況も聞きたい。

 伯爵家を訪問すると、執事が丁重に出迎えてくれた。

 客間に通され、メアリと再会する。


「メアリ、久しぶりですね」

「ええ、本当に」


 かなり心配をさせてしまったようで、メアリの瞳には涙が滲んでいた。


「その、ベアトリスの離婚を新聞で知って、どうしているのか、ずっと気になっていたの」


 鳥翰魔法で送った手紙に住所など書いていなかったので、余計に心配していたようだ。


「今、どちらに住んでいるの?」

「それは――ごめんなさい。まだ、言えなくて……」


 お祖父様が遺したエルミタージュにいる、とはっきりと伝えることはできなかった。

 彼女は古くからの友人で、信用に値する人物なのに。

 どうしてか嫌な予感がして、脳内で警鐘けいしょうがカンカン鳴っているように思えてならなかったのだ。

 オイゲンに裏切られて、どこか疑心暗鬼になっているのかもしれない。


「ベアトリス、さっそくで悪いけれど、ヒール・ポーションをいただけるかしら?」

「ええ、もちろん」


 手紙にハイクラスのヒール・ポーションだと書いたら、一本金貨一枚で買い取ってくれると言ってくれた。

 ロークラスの物は大銅貨、ミドルクラスの物は半銀貨ほどの価格なので、ハイクラスのヒール・ポーションはかなり高価である。


 綿埃妖精がかごから飛び出したので、メアリを驚かせてしまう。


「なっ!」

「びっくりさせてごめんなさい。この子、妖精なんです」

『ども~~』


 綿埃妖精はヒール・ポーションを一気に口から放出する。

 太陽の光を浴びたヒール・ポーションは、宝石のようにキラキラと輝いていた。


「まあ、これがハイクラスのヒール・ポーションなのね」

「ええ。私も――」


 初めて作ったものだ、と口にしようとした瞬間、廊下から執事の焦ったような声が聞こえる。


「こ、困ります! 今はお客様がいらしておりまして」

「その客とやらに用事があるんだ」


 どけ! という乱暴的な言葉と共に、執事の嘆くような声が聞こえた。

 粗暴としか思えない声に、聞き覚えがあった。

 怯えるメアリを庇うような位置に立った瞬間、扉が勢いよく開かれた。


 登場したのはオイゲンであった。彼を目にした瞬間、ゾッと鳥肌が立つ。


「ベアトリス、やはりここにいたのか!」

「いったいなぜ、あなたがここに?」

「〝先生〟がここにいると、教えてくれたんだ!」


 オイゲンが手で示すのと同時に、全身黒ずくめの人物が姿を現す。

 服に香でも焚いているのか、嗅いだ覚えのないような薬草の匂いが鼻先を掠めた。

 その異様な姿を前に、メアリが悲鳴をあげる。 

 オイゲンが先生と呼んだ人物は、カラスに似た鳥の仮面を装着していた。

 あれは大昔の闇の魔法医が被っていた、病気の感染を防止する装備である。

 猫背気味であるものの、それでもなお背が高く、体も大きい。

 露出している部分が鳥マスクしかないので性別は判別できないが、おそらく男性なのだろう。ただそこに黙って立っているだけなのに、威圧感があった。


 そんな鳥マスクの人物を従え、虎の威を借る狐のように、オイゲンは威張った態度でいた。


「ベアトリス、お前の居場所なんて、すぐに特定してやったぞ!」


 あの鳥マスクの人物に頼み込んで、屋敷に残っていた私の魔力痕を辿って捜索したに違いない。

 これまで発見されなかったのは、探す範囲が狭かったからなのだろうか。

 ひとまず、動揺を見せてはいけない。冷静になるよう努めながら問いかけた。


「オイゲン、ここがディンディル伯爵家だということを、お忘れなのでしょうか?」

「うるさい! この一ヶ月、どれだけ苦労して、お前を探していたかわかっているのか?」


 彼の何もかもが理解できなかった。


「探していたって、私をイーゼンブルク公爵邸から追い出したのは、紛れもなくあなたご自身でしょう」

「そういうことを言いたいのではない! お前がやらかした愚行について、問い詰めたいだけだ!」

「愚行とは?」


 オイゲンは親の敵を発見したような顔で私を指差し、糾弾し続ける。


「お前はイーゼンブルク公爵家の魔法薬師共を、連れていっただろうが!」

「え……?」


 なんでも私が屋敷を追い出されてすぐに、後を追うように他の魔法薬師達も出て行ったらしい。


「そんなの、存じませんでした」

「嘘を吐け! お前が全員奪ったんだろうが!」

「本当に、心当たりがないのです」

「こいつ――!!」


 オイゲンが拳を握った瞬間、鳥マスクの人物が肩を叩く。

 手には煙が出る香炉を手にしていた。

 鳥マスクの人物がオイゲンの耳元でボソボソ囁くと、彼はこくりと頷き、背後に下がった。


「いいか、これから先生の魔法で真実を吐かせてやる!!」


 香炉から流れる煙はあっという間に部屋へ広がり、吸い込んでしまった。


「いいか、嘘を言っても真実を口にする魔法だから、虚言は通用しないぞ!」


 意識がぼんやりし、くらくらしてきた。

 そんな状況で、オイゲンが問いかけてくる。


「お前は、魔法薬師達をどこに連れて行ったんだ?」

「〝そんなの、知りません〟」


 自分の意思に反して、質問に答えてしまう。

 これがあの鳥マスクの人物の魔法なのだろう。


「お、おい、嘘を吐くな!」 


 オイゲンが叫ぶと、すかさず鳥マスクの人物が耳打ちする。


「え? あ、嘘が吐けない魔法だったか」


 しーーーーんと静まり返る。

 真実を聞き出すために鳥マスクの人物を雇ったのだろうが、欲している情報は得られなかったというわけだ。


「だ、だったら、屋敷に不潔なネズミやら、気持ち悪いヘビやら、害虫やら、野良犬やらを送り込んだのも、お前だろうが!」

「〝いいえ、私ではありません〟」

「なんだと!?」


 それに関しても、まったくの濡れ衣である。屋敷を守護するセイブルがいなくなったので、もともといるはずだった生き物が戻ってきただけなのだろう。


「あ、あと、屋敷にいた薬獣を奪ったのも、お前だろうが!」

「〝違います。薬獣のほうが、私を選んだだけです〟」

「適当なことを言うな!!」


 オイゲンは拳を上げて私に殴りかかろうとしたものの、足をもつれさせて転んでしまった。


「どわっ!!」


 毛足の長いふかふかな絨毯にさらに足を取られることとなり、立ち上がるのに時間がかかる。

 よくよく見たら、綿埃妖精がオイゲンの足にまとわりついていたようだ。

 絨毯に上手く隠れつつ、攻撃していたのだろう。


「こ、この~~~~~ベアトリスめ~~~~~!!」


 転倒に関しては私はまったく悪くないのだが……。


 ようやく立ち上がったオイゲンに、鳥マスクの人物が人差し指を示す。

 どうやら質問はあとひとつだけ、と言いたいのだろう。


「ベアトリス、お前は今、どこにいるんだ?」


 その質問に、口が勝手に開きそうになる。

 エルミタージュだけは、オイゲンに知られたくない。

 奥歯を噛みしめるも、口が開いてしまう。

 もうダメだ――と思った瞬間、メアリが質問に答えた。


「〝彼女の所在地は、存じません〟」


 これまで感じていた強制力から解放される。

 どうやら、自白させる魔法の効果は切れたようだ。


「お、おい! 知らないって、どういうことだ! 早く言え!」


 オイゲンはメアリに詰め寄ろうとしていたが、ドタバタと騒がしい足音が聞こえた。


「メアリ、大丈夫か!?」

「あ、あなた!!」


 オイゲンが苦手であろう、ディンディル伯爵が駆けつけてくれた。

 メアリと私の無事を確認したディンディル伯爵は、オイゲンを捕らえるよう部下である騎士に命令する。


「わっ、どわっ!!」


 オイゲンは騎士にもみくちゃにされていたが、鳥マスクの人物は転移魔法で姿を消していた。

 あっという間にオイゲンは拘束され、客間から連れ出される。


「おい、こら! 諸悪の根源は、あの女、ベアトリスだ! 僕は悪くない!」


 そんな叫び声がだんだんと遠ざかっていく。

 ディンディル伯爵は客間の扉を閉めたあと、私に深々と頭を下げた。


「あのような者を勝手に侵入させる形になり、申し訳なかった」

「いえ、一緒にいた者が転移魔法を使っていたので、防ぐことは難しかったでしょう」


 私のせいで、メアリを怖い目に遭わせてしまった。

 重ねて謝罪する。


「ベアトリス、あんな人に難癖を付けられて、心配だわ」

「大丈夫です。私には頼りになる薬獣や妖精達がいますし、姿を隠すことができる場所もあります」


 その一言で、現在地が言えない理由をメアリは察してくれたようだ。


「まさか、強制的に情報を引き出す魔法があるなんて。あなたの住処を聞いていなくて、本当によかった」

「ええ……」


 私の嫌な予感は当たっていたわけである。

 これからも、エルミタージュにいることは口外しないほうがいいのだろう。


 ディンディル伯爵は詫びとして、ヒール・ポーションを倍の価格である金貨六十枚で購入してくれるという。

 その申し出を、ありがたく受け入れることとなった。

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