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封じられし温室にて

 あまりの眩しさに目を閉じる。

 光が治まったあと、そっと瞼を開くと、周囲の景色が一変していたのでギョッとした。


「こ、これは……!?」


 温室に生えていたヒール薬草が、キラキラと輝いているのだ。

 同じく目にしたリス妖精は瞳を大きく見開く。


『なんだこれは! 一瞬にして、上位のヒール薬草になってしまうなんて!』


 薬草には自生する場所の魔力の質によって、ランクが異なる。

 下位、中位、上位の三種類に分かれており、それぞれのランクは魔法薬の仕上がりにも影響する。


『ここに生えていたヒール薬草のランクは下位だったんだが、すべて上位になっているようだ』


 上位ランクのヒール薬草なんて、凶暴な魔物が生息する森にしか自生していない。

 私がこれまで扱っていたのは、最高でも中位ランクのヒール薬草である。


「いったいどうして……?」

『いや、お前さんがたった今付与した、魔力のおかげだろうが!』

「そ、そうだったのですね」

『ヒール薬草をこんな状態にして、大丈夫なのか!?』

「大丈夫、というと?」

『具合が悪くなったり、吐き気がしたり、していないか?』

「ああ、そういう意味でしたか」


 魔力とは人間の命と強い繋がりを持つものだ。

 大量に魔力を失うと、人は生命を維持できなくなる。

 うっかり魔力を大量に付与し、亡くなった事件も過去にあったのを思い出す。


「私はなんともありません」


 むしろ、体が軽くなったと思うくらいである。


『なるほど。お前さんは体にありあまるほどの魔力を有していた、というわけだ』

「はあ」


 魔法薬を作るために、そこまで魔力を消費しない。そのため、魔力をたくさん持っていると言われても、特になんとも思わなかった。

 ただ、この薬草の温室を維持し続けるためには、魔力があったほうがいいのだろう。


『とりあえず、ここにあるヒール薬草は刈り取って魔法薬作りに使うといい』


 ヒール薬草は根っこから引かずに、葉っぱの部分を刈り取って使う。

 そうすれば、一ヶ月後には新しいヒール薬草が生えてくるのだ。 

 リス妖精と協力し、鎌を使ってヒール薬草を刈り取る。

 ヒール薬草に刃を入れると薬草の匂いが漂ってきた。

 長年かぎ慣れた、安心するような匂いである。


「ふう……。思っていたよりも、たくさんありましたね」

『そうだな』


 これだけあれば、ヒール薬草を使って調薬する〝ヒール・ポーション〟が三十本くらいは作れるだろう。

 それらを売ったら、半年は暮らせるはずだ。

 薬獣達にも、それぞれご褒美が買えるだろう。


 これから何をしようか、予定は特になかった。

 けれども、お祖母様が遺してくれた温室のおかげで、魔法薬作りに取りかかれそうだ。


 地下に製薬室があった。設備も整っていたので、すぐに作れるだろう。

 リス妖精が持ってきてくれたかごにヒール薬草を入れ、家に戻った。

 アライグマ妖精の姉妹が私を出迎え、質問を投げかけてくる。


『おかえりなさい!』

『休憩にする? それとも調薬する?』

『お手伝いするよ!』

「ポーションを作りたいので、手を貸していただけますか?」


 アライグマ妖精の姉妹はもちろん、と深々と頷いてくれた。

 皆で地下の製薬室まで下りて行く。

 ここも綿埃妖精がきれいに掃除してくれたようで、地下特有のカビ臭さなどは感じない。

 製薬室には空の薬瓶が並んだ棚に、調合用の大釜、調薬用の薬研やげん石臼いしうす、乳鉢、製丸器、ふるい、こね鉢、粉砕機、蒸留機などが置かれていた。

 大鍋には蛇口が付いていて、捻ると魔法で精製された水が出てくる仕組みだ。

 その昔は井戸から水を運んでいたというので、魔法のおかげで今はずいぶん楽に魔法薬が作れるようになっている。


「では、始めましょうか」

『はーい』

『待っていました』

『頑張る!』


 立派な大釜があるので、一気に三十本のヒール・ポーション作りに挑む。

 まずは精製水でヒール薬草を洗っていく。

 桶に張った水でムクがヒール薬草を器用な手つきで洗ってくれた。

 私は大釜に精製水を満たし、魔法で火を点ける。

 ここの火加減が重要なのだ。

 大鍋のふちが少しぶくぶくする程度の温度を保ちつつ、次なる作業を行う。

 モコが魔宝石をハンマーで叩いて細かくしたあと、モフが乳鉢を使ってすり潰していく。

 その工程を横目で見ながら、ムクが洗ってくれたヒール薬草を刻んだ。

 これらの材料をすべて大釜に入れ、調薬杖でかき混ぜると、魔法陣が浮かび上がる。

 最後に呪文を唱えた。


「――調合せよフォーミュレイト!」


 大釜の中が輝きを放ち、魔法陣がパチンと音を立てて消えてなくなれば、ヒール・ポーションの調薬は成功する。


 完成したヒール・ポーションはキラキラと光っている。下位、中位のヒール・ポーションには見られなかった反応だ。

 すぐにアライグマ妖精の姉妹が声をあげる。


『わ〜、すごい!』

『ハイクラスのヒール・ポーションだ!』

『初めて見た!』


 ハイクラスのヒール・ポーションは、上位のヒール薬草を使っただけでなく、熟達した魔法薬師でないと作れないはずだ。自分やアライグマ妖精の姉妹の頑張りが認められた気がして嬉しくなった。


「ムク、モコ、モフ、お手伝いしてくれて、ありがとうございます」


 頭を撫でると、皆、心地よさそうに目を細めていた。


 ヒール・ポーションは一晩置いて冷まし、薬瓶に詰めたら、すぐにでも出荷できる状態になる。

 薬瓶を消毒したり、ヒール・ポーションを瓶に詰めたりする作業は、アライグマ妖精の姉妹がやってくれるようだ。

 私の仕事はここまでというわけである。


 大量のヒール・ポーションを作ったのは数年ぶりか。

 なんとか上手く調薬できたので、安堵の息が零れた。

 ムクとモコ、モフは手を叩いて、成功を喜んでくれた。 

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