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庭を散策しよう

 しばらくゆっくり過ごそうと決めていたのに、ふとした瞬間に魔法薬について考えてしまう。

 早朝はいつも、お祖父様のためにエリクシールを作って金庫にしまうのが日課だったので、何もしないとなるとソワソワしてしまう。

 離婚をして自由になったというのに、考えることはいつもイーゼンブルク公爵家のことばかりだった。

 それも無理はないのかもしれない。

 私は十三歳のときから十年間もあの家で育ち、一族の繁栄を第一に考えて働いてきたのだから。

 そんな私を、セイブルが覗き込む。


『おい、ベアトリス、どうしたんだ? ため息なんか吐いて』

「あ――無意識でした」


 長年私を見てきたセイブルに、隠し事なんてできないだろう。

 正直な気持ちを告げる。


『不治の病だったじーさんのために、毎日せっせとエリクシールを作っていたとはな』

「ええ……。ぜんぜん効果はなかったのですが、何も薬を飲まないよりはマシかと思いまして」


 お祖父様の病気については、国中の魔法医に診察してもらった。お祖母様の親友であり、王室典薬貴族であるザルムホーファー侯爵にも相談したものの、過去に例がない症状で治せる薬はないと言われるほどの病気だった。


『これまでのお前は、敬愛するじーさんのために生きていたんだ。けれどもこれからは、自分のために生きろ』


 そうだった。

 わかっていたのに、人は簡単に変わることはできないのだろう。

 私の心の中にはお祖父様の存在が大きく占めていて、亡くなってからも尚恩に報いたい、という気持ちが大きかったのだ。


『じーさんのことを忘れろとは言わんが、お前は十分頑張ってきたんだ。じーさんについては心の奥底に大切にしまって、余裕を作っておけよ。そうしたら、自分自身についてじっくり考えられるだろうから』

「セイブル……ありがとうございます」


 彼の言うとおり、私はお祖父様について考え過ぎていたのかもしれない。

 いったん心のキャンバスをまっさらにして、そこから自分なりの未来を描けばいいのだ。


 このままぼんやりしていたら、いつまで経っても物思いに耽ってしまうだろう。

 ひとまず、動こう。

 今日はいい天気なので、庭の散策でもしようか。

 立ち上がった瞬間、綿埃妖精が私のもとへコロコロと転がってきた。


『外に出る~?』

「ええ」

『だったら、これをどうぞ~』


 そう言って、何かをペッと吐き出した。

 床の上を転がるのは、火魔法の呪文が刻まれた魔宝石である。


「これは……」

『魔宝石カイロ! 持っていると、体が温かくなるや~つ!』


 今日は寒いから、と綿埃妖精は付け加える。

 魔宝石カイロを手に取って、呪文を指先でそっとなぞる。すると、魔法が発動し、全身がじんわり温かくなっていった。


『どう?』

「ぽかぽかしてきました。とても温かいです」

『よかったー!』


 なんでもこれは、五十年以上前に、寝台の下に転がっているところを、綿埃妖精が発見したらしい。

 持ち主はお祖母様だったが、当時は寝たきりとなっていて、渡しそびれたまま今に至っていたと言う。


「私が使ってもよかったのでしょうか?」

『平気! 使ってくれたら、アリスが喜ぶや~つ!』


 ならば、ありがたく使わせていただこう。

 背伸びをして、屋外用のエプロンをかける。玄関にかけてあった麦わら帽子を被って外に出た。

 風はひんやり冷たかったものの、魔宝石カイロのおかげで外套を着込まずとも寒くない。

 今日も威勢のいいリス妖精達がせっせと働いていた。


『よお! 今日は何を採りにきたのか?』

「少し散策しようと思いまして」

『そうかい! 何か欲しい薬草があったら、気軽に聞いてくれよな!』

「ありがとうございます」


 今朝は霜が降りていたようで、地面を踏むとザクザク音が鳴る。

 草木の表面はうっすら凍っていた。

 春に比べると、薬草の勢いは衰えているように見える。

 しかしながら、枯れているように見える薬草は冬越ししているものばかりで、春になったら青々とした葉を付けるのだ。

 一方で、耐寒性のあるローズマリーやタイム、レモンバームなどは元気いっぱい。

 霜にも負けずに、青々と生い茂っていた。


 目的もなく歩いていると、温室に行き着く。

 傍にいたリス妖精が話しかけてきた。


『お前がイーゼンブルク公爵家の若い者か!』

「ええ、初めまして。ベアトリスと申します」

『おうよ!』


 リス妖精は小さな手を差しだしてきたので、指先でそっと摘まみ、握手を交わした。


『ここの温室では、魔法薬に使う薬草を栽培しているんだ』

「そうだったのですね」


 魔法薬に使う薬草は通常、魔力が満ちた森へ採りに行くのがお決まりだ。

 まさか、自家栽培に成功させていたなんて。


「中を見てもよろしいですか?」

『おうよ、もちろん!』


 内部は暑くもなく、寒くもない。一定の温度が保たれているようだった。


「ここは――!」


 魔法薬を作る中でもっとも重要となる、ヒール薬草が生い茂っている。

 しゃがみ込んで見てみると、魔力も豊富に含まれていた。

 どうやって栽培に成功したのか。周囲を見渡す。

 ガラスでできた温室には、いたる場所に魔法陣と呪文が書かれていた。

 魔法陣の中心には魔宝石が填め込まれており、これを使って魔力をヒール薬草に付与しているようだ。

 魔法陣に描かれた魔法式が少し変わっていて、しばし観察してしまう。


『これはアリスが考えたものなんだ』

「お祖母様が……」


 薬草の採取に向かう薬獣は危険と隣り合った中で、主人の命令をまっとうする。

 魔物に襲われ、帰ってこない薬獣というのも珍しくなかった。

 それに心を痛めたお祖母様が、安全に薬草を採取できるように考えたのが、ここの温室らしい。


「けれどもどうして、この技術を使わなかったのでしょうか?」

『魔力を大量に消費するからだと思うぜ。ここの温室は五十年間、グレイが封印していたから、時が止まっていたんだ』


 なんでも私がやってきたことにより、封印が解けてしまったようだ。

 魔法陣に書かれた呪文を読み取ってみると、管理者が魔力を付与すれば、継続して使えるような仕組みになっていた。


『あそこの、魔宝石がチカチカ点滅しているところがあるだろう? あれが魔力が切れかけた合図だ』


 魔力の付与は誰にでもできるわけではないらしい。

 リス妖精曰く、お祖母様は魔力をたくさん持っていたものの、お祖父様はここに付与できるほどの魔力を持っていなかったようだ。


「だからお祖父様は、この技術を使わなかったのでしょうね」

『ああ、だろうな。ただ、お前さんは魔力をたくさん持っているから、ここを維持できるかもしれない』

「魔力の付与なんて、したことがないのですが」

『ここのは、手をかざすだけでできるぞ』


 ならば、試してみようか。

 立ち上がって、点滅している魔宝石に手をかざしてみる。

 すると、眩いくらいに光り輝いた。

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