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結婚三年目の離婚

「ベアトリス! お前とのくさえんは今日限りだ! 離婚してやる!」


 夫であることを放棄しようとする男、オイゲンは胸に愛人ヒーディをいだきながら宣言する。

 彼とは一度も夜を共にしない白い結婚だった。結婚してから早くも三年――いつかはこうなると思っていた。


 オイゲンは愛おしそうな視線をヒーディに向けながら、私に報告してくる。


「いいか、よく聞け! ヒーディのお腹には、僕の子がいるんだ! このイーゼンブルク公爵家の跡取りとなるだろう」


 ずっと、些細な何かが離婚のきっかけにでもなるに違いない、と確信していた。

 彼とヒーディの間に子どもができることも、ある程度は想像していたのだ。


 そのためか、彼の言葉を冷静に聞く私がいる。


「お前との結婚は、お祖父様がどうしても、と言うから〝してやった〟んだ! そのお祖父様が死んだ今、この結婚を続ける意味はまったくない」


 そう。彼の言う通り、オイゲンとの結婚は十年前、先代公爵だったお祖父様が決めたことである。

 そんなお祖父様は十一ヶ月前に亡くなってしまった。

 あと数日待ったら喪が明けるというのに、その前に離婚を切り出してくるなんて、呆れた話である。


典薬てんやく貴族であるイーゼンブルク公爵家は長らくお前が牛耳ぎゅうじっていたが、それも今日で終わりだ! これからは、僕の妻となるヒーディが筆頭薬師を務めるんだ!」


 それを聞いて呆れてしまう。

 彼女は私と同じ魔法学校の魔法薬学科を卒業しているものの、成績は卒業するまですべての試験で最下位。おまけに他人のレポートや課題の薬草を奪ったり、代理人に試験を受けさせようとしたり、とさんざんだった。

 そんな彼女が退学にならなかったのは、商人である父が魔法学園に多額の寄付をしていたからだろう。 


「ベアトリスめ! さっきから僕をバカにしたような目で見て、なんとか言ったらどうなんだ!?」


 返す言葉が見つからないのが本心であるものの、何も言わなかったら癇癪かんしゃくを起こすだろう。


「……本当に、彼女とふたりでやっていける、と思っているのですか?」

「お、お前は、ヒーディをもバカにしているのか!? 彼女が言っていたことは本当だったんだ! お前はいつも陰湿で、ネチネチと小言を言い、陰でいじめていたんだ!」

「心当たりがこれっぽっちもないのですが」

「何を言っているんだ! ヒーディが少し買い物をしただけで、文句を言っていたそうではないか!」


 彼の言う〝少し買い物をした〟というのは、ヒーディが二千万ゲルトもするダイヤモンドの首飾りを購入した日に物申した件を言っているのか。

 公爵家の総資産を見たら、二千万なんてちっぽけな金額かもしれない。

 けれども彼女は、そういった少しの買い物を、お祖父様が亡くなってからというもの、何回も繰り返していたのだ。

 そのような派手な暮らしをしていたら、公爵家の財政はあっという間に傾いてしまうだろう。

 その点をやんわりと指摘してみる。


「イーゼンブルク公爵家の財産は、かつての当主達が節制した暮らしを続け、病に伏した人々を助けるために魔法薬を作り、長年かけてこつこつと築いたものです。それを湯水のように使ったら、あっという間になくなってしまいますよ」


 ヒーディの実家は大金持ちなので、その辺の金銭感覚がおかしくなっているに違いない。

 彼女の父親はたった一代で莫大な収益を得て、商会を大きくしていった。

 だがそれも、人身売買や薬、違法武器の取り引きなどで得たものだという噂を小耳に挟んでいる。

 正義感の強いお祖父様がもっとも嫌うような、裏社会の住人であった。

 それをオイゲンも知っていたからか、お祖父様が生きている間はヒーディの存在を必死になって隠していた。


「ヒーディのお父様みたいな莫大な収益は、イーゼンブルク公爵家には入ってきません。それについてしっかり把握しておかないと、いつか身を滅ぼすことになるでしょう」

「なっ、み、身を滅ぼすだと!? お前はそうやって、お祖父様の真似をしてネチネチうるさいことを言う! 本当に、お祖父様そっくりだ!」


 尊敬していたお祖父様に似ているなんて、褒め言葉でしかない。ありがたく受け取っておく。

 オイゲンは幼少期から、厳しく接していたお祖父様に対し苦手意識があったのだろう。

 お祖父様は次期当主として育てていた息子を亡くし、自分が死ぬ前にオイゲンを一人前にしようと必死だったのかもしれない。

 一方、父親を若くして亡くした一人息子であるオイゲンは、それはそれは甘やかされて育った。

 魔法学校も行きたくないからと家庭教師を雇い、独学で魔法薬を習得したというが、彼が調合しているところなど一度も目にした記憶がなかった。

 さらに、社交場にも顔を出さずとも一度も注意されたことがないという。

 彼をイーゼンブルク公爵家の当主にするのが不安だから、とオイゲンの従妹であり、お祖父様の弟子であった私に白羽の矢を立てたのだろう。


 正直、私とオイゲンの相性はよくないと思っていた。

 幼少期から顔を合わせるたびに、オイゲンは私に対し「分家の娘の分際で、本家に足を踏み入れるとはな!」、とバカにしたような態度に出ていたのだ。

 そのたびに口で言い負かせていたのが、よくなかったのだろう。

 適当にはいはい、と言って従う振りでもしていたら、私達の結婚は少しは平穏だったかもしれない。


 オイゲンは私との結婚をたいそう嫌がっていたが、お祖父様に厳命され、しぶしぶ承諾するしかなかったのだろう。


 私も彼に付き合っている余裕なんてない。少しでも早く跡取りを産んで、あとは仕事に集中しよう。なんて考えていた。


 そんな彼は、初夜に信じがたい行動をしてくれる。  

 オイゲンはヒーディと共に現れ、「お前を本当の妻にするつもりはない! 真なる妻はこのヒーディだ!」なんて言ってくれたのだ。


 夫婦の寝室から追い出された私は、お祖父様に相談しようか迷った。

 けれども、私達の結婚を、お祖父様はおおいに喜んでいて、珍しくお酒をたくさん飲み、気持ちよく眠っていると耳にした。

 そんなお祖父様を叩き起こして、オイゲンが結婚初日から愛人を連れてきて、夫婦の寝室を乗っ取っただなんて言えるわけがない。


 彼がひとつのものに執着した記憶はない。結婚する前も、恋人はとっかえひっかえだった。ヒーディにもいつか飽きるに違いない。そう決めつけてから仕事に追われるうちに三年経ち、お祖父様が亡くなってしまう。

 ここでの暮らしもあと少しかもしれない、なんて考えていたので覚悟はできていた。

 顔を真っ赤にして怒るオイゲンから目を逸らし、そっとため息を吐く。

 彼は幼少期から、まったく変わっていないようだ。

 オイゲンは私に向かって、筒状に巻いた羊皮紙を投げつけてくる。 


「ベアトリス・フォン・イーゼンブルク! 今すぐ離婚承諾書に署名をして、この家から出て行くんだ!」


 激昂するオイゲンの隣で、ヒーディが勝ち誇ったように、にやりと微笑んでいた。

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