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最終話 絆

 伯爵の血しぶきを全身に浴びて、僕は真っ赤に染まっている。まさに『殺戮侯爵』、これ以上僕にふさわしい別名なんてないだろう。人を殺すだけ殺して、誰も救えたことがないのだ。

 僕は伯爵を見下ろした。彼は床に血だまりを作りながらもまだ息があった。あぁ、とどめを刺さないと。この男を、殺さなくては。

「ステラ、剣を貸して」

 僕の剣を握り絞めたままの彼女に声を掛ければ、彼女は首を横に振った。それに僕は困ってしまう。あの剣以外、僕は武器を持っていないのだ。

「ステラ」

「オスカーお兄様」

 ステラは泣きそうな顔をしながらも、凛とした声で告げた。

「お兄様は、優しい人です。私達を守ってくれました」

「……何も守れなかったよ」

「いいえ! お兄様がいなかったら、私達は死んでいました! お兄様は、いつも私達を助けてくれた……ルークお兄様の手当てだってしてくれたし、絵本も読んでくれた!」

 彼女の瞳から涙が零れ落ちる。

「オルレアン伯爵家に引き取られた時だって! お兄様が婚約してくれたから私は救われました! お兄様がいたから、私は頑張れたんです!」

「そうですよ、兄上」

 ルークがステラの言葉を引き継ぐ。

「監禁されていた時、いつも兄上が助けてくれました。ステラの言う通り、兄上がいなかったら俺達は死んでいました。俺達が今生きていられるのは、全て兄上のおかげなんです!」

「……でも僕は、人殺しだ」

 二人がどんなことを言ってくれても、僕はただの大量殺人鬼だ。今も伯爵を殺そうとしている。

「二人の兄になる資格なんてない」

 こんな優しいことを言ってくれる二人の兄になんて、僕はなれないのだ。


「ルークお兄様」

 ステラが何故かルークに声を掛ければ、彼は頷いた。僕はその二人の様子に首を傾げるが、ルークは何をするか分かっているかのようにステラの傍に寄った。そして、彼女の手を握りしめる。

 剣を持つ彼女の手を、彼は握り絞める。

「な――――」

 僕はそれに目を見開いた。二人は一体、何をしようとしているのだ。僕は二人を止めようと手を伸ばしたが、その手が届くことはなかった。


 その瞬間、二人は剣を伯爵の首に突き刺した。


「――――――っ!」

 僕は二人の行動が信じられなくて、言葉にならない悲鳴を上げた。しかし二人は、僕の様子を気にすることなく絶命した伯爵を淡々と見下ろす。

「あぁ、やっと殺してやりました」

「俺の妹に酷いことをした報いだ」

 二人は、今自分達がしたことを理解しているのだろうか。ルークとステラは二人で握っていた剣から手を離して僕の方に向き直る。きっと蒼白になっているだろう僕に、二人はなんてことないように言った。

「これなら、殺戮侯爵の弟と妹に相応しいですか?」

 ――――あぁ、なんてことだ。

 僕はその言葉に崩れ落ちた。瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちて止まらない。それは血だまりに落ちていく。

「……なんっ、で」

 どうしようもなく声が震える。僕は泣きながら叫んだ。

「なんで、どうして!」

 自分でも何を喚きたいのか分からない。

 二人が人を殺したことを嘆けばいいのか、伯爵の死を嘲笑えばいいのか。分からない。

「どう、して……!」

 どうしてそこまでして僕の弟と妹になりたいのだろう。


 僕達は血だまりの中、抱きしめ合った。

「一人で背負わないでください、兄上」

「そうですよ、だって私達兄妹なんでしょう? 皆で背負いましょう」

「兄上、貴方が俺の兄でよかった……本当に、そう思えるんです」

「お兄様、ずっと昔から私達を助けてくださって、本当に感謝しています」

 一人の死体が横たわる中、僕達は身を寄せ合った。血だまりが広がり、僕達は皆赤く染まる。

 皆、血塗れだ。それでも僕達は血塗れになって初めて、家族になれた。

 血塗れの僕達は、ようやく家族になれたのだ。

「お兄様、もう侯爵なんてやめて逃げてしまいましょう」

 ステラが楽しそうに言った。

「平和な町があるんでしょう? 私達三人、家族水入らずで暮らしましょうよ」

「いいですね、ステラ。広い家なんでしょう? 三人で暮らしましょう。楽しみですね、兄上」

「本当に楽しみです!」

 ステラは笑った。つられてルークも嬉しそうに笑う。

 僕は涙で滲む視界で、二人の笑顔を見た。二人は幸せそうに笑っている。僕を抱きしめて、二人は笑っているのだ。

 それを見て、思う。


 僕は二人を、守れていたのだろうか。

 僕は二人を、救えたのだろうか。


 分からない。

 ただ確かなことは、今、二人は僕の目の前で微笑んでいる。だから僕も微笑んだ。

「――――愛しているよ」

 僕は二人にそう告げた。




 ***




「旦那様、頼まれていた計算が終わりました」

「えっ、もう終わったのかい?」

 とある長閑な町にある店の奥で、二人の男が話していた。青年が店主に計算結果が書かれた紙を渡せば、店主はぱっと破顔する。

「いやぁ、君が来てくれてから本当に助かっているよ!」

「いえいえ、次は何をすればいいですか」

「そうだなぁ、じゃあこれを――――」

 店主に新しい紙を渡されたところで、店先から可愛らしい声が聞こえてきた。

「お兄様ーっ、お兄様にお客様ですよ!」

 その声に、青年と店主は顔を合わせる。店主は青年が受け取った紙をその手から回収した。

「君の可愛い妹が呼んでいるよ。これは後でいいから行っておいで」

「あ、はい。すみません……」

 店の主人に頭を下げてから青年が店先に出れば、そこには少年と少女が立っていた。二人ともこの店で働いている従業員だ。そして二人の前には一人の女性が立っている。

「おや、ルメール夫人ではないですか。お久しぶりです」

「久しぶりねぇ。この前はありがとう」

 見覚えのある顔に青年が挨拶をすれば、彼女はころっと笑った。この前、というのは恐らく彼女の幼い息子が迷子になっていた時のことだろう。店の近くでうろうろしていたから、青年が夫人の家まで連れて行ったのだ。

 彼女は持っていた袋を青年に渡す。

「この前のお礼に、これ、うちで取れた林檎よ」

「いいのですか?」

 袋の中を覗けば、確かに林檎が三つ入っていた。

「どれも絶品よ。良かったら三人で食べてね」

「お兄様、私にも見せてください!」

 夫人の言葉に少女が反応して、袋の中を覗き込む。少年も一つ林檎を取り出して、嬉しそうに頬を緩めた。

「美味しそうですね、わざわざ俺達にもありがとうございます」

「二人も前、うちの息子と遊んでくれたでしょう? そのお礼よ」

 夫人がぱちんとウインクした。

 彼女はせっかく店まで来たからと、幾つか店の商品を買っていってくれた。青年が会計をしていると、夫人は「そういえば」と声をかけてくる。

「ねぇ、聞いた? あのねぇ、なんとか伯爵とかいうお偉いさんが死体で発見されたそうなのよー」

「……伯爵?」

「そうなのよ! 全く、王都は怖いわねぇ! なんだかその人、かなり悪いことをしていた人みたいでねぇ。あと、『殺戮侯爵』とかいう人もいるらしいのよ。どうもその人が伯爵を殺したとか! 伯爵の娘を誘拐して、今も逃亡中らしいわ。怖いわねぇ」

 怖いと言いつつ、彼女は楽しそうだ。この平和な町では物騒なことは滅多に起こらないので、時折都会から流れて来る噂話は町の民の娯楽の一つだ。

「へぇ、殺戮侯爵、ですか……」

「とっても怖い人らしいから、三人とも気を付けるのよ! まぁ、こんな何もない田舎になんて来るはずがないけれどねぇ」

 それを聞いて青年と少年、少女の三人は顔を見合わせふふっと笑いあう。

「えぇ、そうですね、気を付けます」

 青年はそう言って、夫人につりを渡した。




 本編はここで終了です。次話から番外編『モニタ〇ング! ~ばれるか、ばれないか~』を投稿します。本編一年後、三人が仮装して王都を練り歩きます。殺戮侯爵とばれるか、ばれないか! お楽しみに。

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