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父娘探偵~父の威厳を取り戻せ!~  作者: ほらほら
Episode1 新幹線の女
9/18

岡山~広島 嗚呼、旅情

「腹が減ったな」


 そうポツリと男が呟いたのは、のぞみ17号が岡山駅を発車してしばらく経った頃だった。


「……そういえばそろそろお昼になるわね」


 少女も時計を確認しつつ男の言葉に応える。

 すると男は嬉しそうな笑顔を見せ、 勢いよく立ち上がった。


「よし、 弁当でも買って来よう!   

 列車の中で食べる弁当。これも旅の醍醐味だ」


 そう言った男の言葉を遮るように少女が口を開く。


「ダメよ」


 男はその言葉を聞くと信じられなことでも起きたような顔で、


「何故だ!」


と叫んだ。


 そんな父の姿に呆れつつ少女は答える。


「新幹線の中でお弁当なんか買ったら高く付くじゃない。

 お昼過ぎるけど、博多に着いたら駅のお蕎麦屋さんにでも入れば良いわよ」


 その言葉を聞き、男は眼を見開き、口角泡を飛ばす勢いで力説する。


「分かってない、分かってないぞ!

 お前は全然分かってない。

 駅の立ち食い蕎麦屋で素早く出された蕎麦を、列車の時間を気にしながら急いで手繰る。

 それはそれで良いものだ……。

 だが! 駅弁が高いからと、節約の為に駅に着いた後の遅い昼餉に駅蕎麦をチョイスするなど言語道断!

 それは駅弁と駅そばの双方に対する侮辱なのだよ……!」


 ……当然ながらその演説は周囲の乗客の耳にも届いている。皆一様に冷めた目で男を眺めているが、 当の本人はそんな事には全く気づいていない。

 そんな父の姿を見て少女は思う。


(本当にこの人は……)


 ごく稀に、話しかけるのを躊躇させる様な鋭い雰囲気を纏うときもあるが、大抵は子供の様な無邪気さを持ち、そのくせ気取り屋で直ぐに格好を付けたがる。


 娘からしても捉えどころの無い不思議な人だった。

 だが少女は知っている。

 その実、父はいつも自分を優しく見守ってくれていることを。

 そして、 父が時折見せるあの優しい表情。

 それは、 きっと自分しか知らない表情でもあるのだと、そう考えると少女は自然と頬が緩んでしまう。


 それを肯定的な仕草だと受け取った男は更に饒舌に語る。


「そもそも鉄道とはただの移動手段なのだろうか? 確かに人や貨物を遠方に効率よく運ぶための手段であることには間違いないだろう。

 ただ、物と違って人には心がある。感情があるのだよ! 何も考えずただ運ばれている訳ではない……。

 例えば朝の通勤通学、列車の中で人々は何を考えているのか……。

 職場での作業や学校での勉強、或いはそこでの人間関係。

 当然、考えて生まれる感情は正の感情だけではないだろう。負の感情を抱えた人間も大勢乗せている筈だ!

 そんな者達が押し合い圧し合い、混沌とした状況は正に社会の縮図。  人生交差点と言っても過言ではないんじゃないか!?」


 そこまで語り終えると男は満足げな表情で席に着く。


「……結局、お父さんはなんでお弁当が食べたいの?」


 そんな父を見て少女は尋ねる。

 すると男は得意げな顔で答えた。


「人生において食事は避けれ得るものでは無い。

 ならばその縮図においても同じことだ」


「……つまり?」


「……新幹線の中で弁当を食べるという雰囲気を味わいたいんだ」


 そう言って男は恥ずかしさを誤魔化すように笑う。

 その様子は、 とても一児の父とは思えないものだった。


 少女は、 そんな男に心の底から湧き上がる感情を、 抑えることが出来なかった。

 だから少女は言った。

 自分の想いを伝える為に。

 父に、 今一番伝えたかった事を。


「お父さんって、……ほんとバカ!!」

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