プロローグ
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その女はひどく焦っていた。
8時30分東京発博多行き。のぞみ17号の3列シート。彼女が眺める車窓の向こうは暗く、車内の風景を反射するばかり。
それもそのはず、現在位置は本州と九州を隔てる海峡の下、関門トンネルを猛然と走り抜けている最中だからだ。
窓際に座る女の隣には、品川から乗ってきた父娘らしき二人組が座っている。
二人の会話の会話を聞いていると、女はまるで自分の心の内を読まれているかのような気分に囚われる。
(お願い、……早く着いてちょうだい)
女は一刻も早く目的地にたどり着くよう心の内でひたすらに祈り、自らを暴かれるような恐怖に、じっと耐え忍ぶのだった。
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その父娘……特に父親らしき男の方は車両に乗り込んできた時から一際人目を引いていた。。
まず、目を引くのは黒い背広に時代がかったソフト帽。
上着の下には赤色の派手なシャツがのぞき、その上から白いサスペンダーでズボンを吊っているのがチラリと見える。
ネクタイも派手で、今時漫才師すら巻かないであろう真っ赤な物。
おまけに日が照っている訳でも無いのに気取ったサングラスを掛けている。
こんな服装をしている男など、今どき見た事がない。まるで昔のドラマに出てくる私立探偵のようないでたちだ。
そんな父親に連れられた小学生ほどの少女の方は至って普通の服装。 ただ、父親に好奇の視線が集まっていることに羞恥心を覚えているのか真っ赤になってプルプルと震えている。
男はしばらく辺りに視線を漂わせ、
「ここだな……」
と、(本人の認識では)さりげなく女の座る座席の前までやってくる。
だがそんな父親に向かって少女は、
「お父さんここは自由席なんだけど。
……やめなよ、そうやって綺麗な女の人の近くに座ろうとするの。
そんなだからお母さんに逃げられるんだよ」
と呆れた調子でツッコミを入れる。
「う、うるさい!」
男はそんな娘からの指摘に動揺を隠せない。
(本人の認識では) 格好良い服装もこうなっては台無しだ。
そんなしっかり者の娘と、少々情けない父親のやり取りに周りの乗客も少し頬を緩ませる。
ただ、女にとってはそんな事はどうでもよかった。 女にとって重要な事はこのまま博多まで逃げ切り、そこから海路で国外へ高飛びすることなのだから……。
だからこそ、女は少女からの
「すいませんお隣いいですか?」
という問いかけにも鷹揚に頷いてしまったのだ。
……その後、自らがどのような思いをするとかも考えぬまま。