虚(ホロウ)。
クローナの一撃必殺の拳打が俺の身体を突き抜けるその瞬間、俺の身体は霧のように霧散した。そして霧散したその状態で再び、俺の身体が大きく光る。
≪合成上位スキル、虚獲得。発動しました≫
またしてもクローナの上を行くように、俺のスキルが合成されて攻撃を完全に躱した。
「…そ、そんなッ…!!そんなバカなッッ!!人族如きが…人間が我ら龍族の上を行くなど…あり得ぬッッ!!」
俺は少し離れた場所で『虚』を解除する。クローナは動きを止め、身体を震わせている。その顔は強張り、完全に動揺していた。
「アーッハッハッ!!だから言ったでしょう、母上!!我が主は強いのですッ!!固定概念に囚われた龍族では計り知れない力を持っておるのです!!」
高笑いをしつつ、得意気に言い放つクレア。そんなクレアに妖精族三体が突っ込みを入れる。
「…いや、姉さま…。本来は姉さまが闘ってクローナ様からの自由を勝ち獲るのが筋じゃろ…」
「…そーでしゅよ。代理で闘って貰ってる人が得意になったらダメでしゅ…」
「すぐ調子に乗るからダメなのよ…」
三体の突っ込みにも全く動じる事無く、腕を組んでいつもの自信を取り戻すクレア。
「…ふむ。確かに、予想を上回る人間ですね…。しかし、攻撃を一度上回り、避けたとしても、まぐれというのもあります。もう一度、確認させて貰いましょう…」
そう言うと、俺の目の前に一瞬で現れるクローナ。その目は血走り、口角が上がっていた。狂気に満ちた目は心底、闘いを楽しむ戦闘狂人だ…。
そして再び、一気にラッシュを撃ち込んでくる。
「行くぞッ!!二倍速『殲滅拳打ッッ!!』人間よッ、これが避けられるかァッ!!」
漸く、余裕を取り戻していたクレアも、まだまだ本気を出していなかったクローナを見て再び焦りを見せる。
「…そんなッ、母上はまだ本気ではなかったのか…」
焦るクレアに、ティーちゃんのポケットの中から闘いを眺めていたリーちゃんが話す。
「クローナ様の本気はまだあんなモノじゃないけどね。その昔、現龍神様と闘った時は四倍速を使ってたよ?」
「…何だと…ょ、四倍速…そんなッ…あぁぁ、主ッ…なんとか頑張って下されッ…!!」
先程の攻撃の二倍速で、上から殲滅拳打で襲い掛かってくるクローナ、俺はそれを下から迎撃する。
「全て流せッ!!イミテーションミラーッ…!!」
≪相手の全攻撃を確認、最適化します≫
その瞬間、クローナの両腕から繰り出される超音速のガドリング砲を、俺のイミテーションミラーが冷静に分析し、迎撃を最適化していく。
そして再び、撃ち合いになった。
しかし、殲滅拳打が二倍速になっても、最適化された俺の闘気を纏った腕はクローナのラッシュを外側へと滑らせ流していく。
「…クッ、またも人間のスキルが龍族のスキルを上回るかッッ!!そのような事はあり得ぬッッ!!」
押し込まれ始めた瞬間、一瞬にして間合いを取り、一撃滅殺拳打に切り換えるクローナ。先程と同じ展開になったが、俺はクローナが下がったその一瞬の間で、神速五段を発動する。
すぐに『ストームライダー』を発動させて、一撃必殺の拳打を放とうと構えていたクローナの両側面と背後の三方向から攻撃を繰り出す。
「…させぬわッッ!!」
しかし、瞬時に反応したクローナは、三方向から繰り出すストームライダーごと、俺を弾き飛ばそうと右裏拳を回転して放つ。
両者の攻撃がぶつかり合う直前、その戦いは唐突に終わりを告げた。
「おぬしらッッ!!そこで何をやっておるッッ!!今すぐ闘いをやめんかァァッ!!」
その怒号に、俺とクローナの攻撃はぶつかる寸前で止まった…。
◇
その場の空気を切り裂くような怒号に、俺とクローナの攻撃が止まる。
怒号の主はベルファのハンターギルドのマスター、禅師爺さんだった。禅爺が歩いて近づいてきながら、俺に問い掛ける。
「…一体これはどういう事じゃ?スラティゴを襲撃していた狼達はどうした?おぬしらは何故ここで闘っておる?」
禅爺はスラティゴの救援に来たようだ。後ろに軍を引き連れていた。
「…あぁ、えーとですね、変質した狼達はうちのメンバーが殲滅しました。これからスラティゴの村の中の片付けに行く所だったんですが…」
俺はチラッとクローナを見る。今度はクローナを見て問う禅爺。
「…ご婦人は何故、ここで闘っておるのかな?この者は王国のギルドに所属するハンターですぞ?」
厳めしい顔をした禅爺を見て笑いを浮かべ、俺をチラッと見るクローナ。
「…フフ、わたしは娘が結婚したと聞いたもので…。娘と婿殿、子供達に会いに来たのですよ」
「…では会いに来たその婿と何故、闘いになっておるのか?聞かせて頂こう」
禅爺の前をゆっくりと歩きながらクローナが話す。
「…婚姻に際して、我が一族には決まり事があります。我が一族と肩を並べるほどの実力を持っているか、というものです…」
歩きつつ、禅爺を見て話を続けるクローナ。
「…娘が結婚したと聞きまして、それで婿殿の実力を測っていた所なのです」
クローナの説明に、顔をしかめる禅爺。
「…闘っていた理由は解りましたが、王国領内であまり派手な動きをされると困ります故、以後気を付けて頂きたい…。王国のハンターと闘うという事は王国の敵と見做される可能性もありますのでな…」
「…えぇ、解っております。以後は気を付ける事としましょう…」
その言葉に禅爺が頷く。
「お願いしますぞ?ご婦人…」
続いて禅爺は今回の変質狼によるスラティゴ襲撃の詳細を俺に聞いて来た。
「…まずはスラティゴに行きましょう。そこで今回の件について経緯を話しますので…」
その言葉に頷いた禅爺は軍を引き連れ、俺達と共にスラティゴに向かった。
俺は歩きながら、クレアからフラムを渡して貰い抱っこすると、『スキル付与』を使ってフラムに『まねっこ』を返しておいた。
村に入ってすぐ、ベルファの軍は禅爺の指示で破壊された建物の片付けの手伝いを始めた。
話に入る前に、俺は改めてクレアとその母親であるクローナ、先日ファミリーに入ったリベルトの紹介をした。
「…ふむ。しばらく見ぬうちに仲間が増えたか…。しかも、もう一人子供がおったとは…」
俺が抱っこしているフラムを見て、厳めしい顔を和らげる禅爺。商業ギルドは一部破壊されて片付け中、ハンターギルドは小さいので、仕方なく俺達は宿屋のオープンテラスでテーブルを囲んで話していた。
「リベルトとは西大陸で会いまして、ファミリーの相談役と情報収集をして貰っているんですよ…」
別件でたまたま報告に戻ってきたリベルトが、村の門の前でエルカートさんに会い、俺達に連絡をしたと話した。
俺達が話していると丁度、スラティゴの村長アグラーさんと共にエルカートさんが合流した。アグラー村長は、日焼けした褐色の肉体を持つ壮年の男だ。年齢は四十位だろうか?
短髪の黒い髪、彫りの深い西洋人の様で穏やかな顔付だ。漁師のような恰好をしているが、聞く所によると魔法戦士らしいとの事だ。
時々、スラティゴに来た時に、海辺側で釣りをしているのを見た事はあるが、話した事は一度もなかった。
俺達は、アグラー村長に各々(おのおの)、挨拶をした。
「うむ。噂…というかしょっちゅう盗賊を捕まえて来るという話はよく聞いて知っているよ」
笑いながら、挨拶を帰してくれる村長。最近は盗賊退治をやってないが、確かに一時期、やたらと盗賊を捕まえて引き摺って来てたなw
挨拶が終わった所で、今回の騒動を見ていたエルカートさんが説明を始めた。
◇
夕方に差し掛かる前に、南にあるヴォルフの森が騒がしくなり、狼達が森から出て来て、すぐに変質を始めたそうだ。
森の中から次々と現れる狼達。最初は数十体だったものが膨れ上がり、門を護る衛兵だけでは手に負えなくなった。
エルカートさんはすぐに村の中から、非番の衛兵を呼んで出動するように村長に要請した。
その間に、増え続ける狼達を減らす為に、リベルトがスキル『二十二面相』を使う。
過去に狼の獣人王を見た事があるリベルトは、狼達が恐れる狼獣王に変化し咆哮を上げた。
驚いた変質狼達は一部、、狂乱している者がいたが、まだ変質してない狼達は恐怖に怯え、森の中へと逃げて行ったようだ。
その直後に、妖精の転移でスラティゴに到着したクレアが、リベルトに衛兵三人を連れて中に避難するように指示した。
再び、数を増して村に襲い来る変質狼三百体をクレアが迎撃する。ここからエルカートさんから話を引き継いだ俺が説明をする。
「…別件で席を外していたのですが、連絡を受けて俺達もここへ戻って来たというわけです」
どうやら時系列的には、リベルトがスラティゴに戻ってきた辺りでベルファへの救援伝書を飛ばしたようだ。
そこからこの件の元凶である覚醒ヴァンパイアと、帝国のマッドサイエンティストについて話した。
魔族である吸血鬼のブラスレクが帝国の実験研究に加担していた事、そして覚醒薬を調合したと思われるジード博士も領内に侵入しており、一連の怪物騒動にも、このマッドサイエンティストが関わっていた事を話した。
その後、両者と闘いになり、吸血鬼ブラスレク、ジード博士共に逃がしたと報告する。
「…ふむ。今や領内の奥地でも油断できんのぅ…」
禅爺の言葉に、エルカートさんも頷く。
「…禅師先生、スラティゴも防衛を強化したい所なのですが…。良い案はありませぬか?」
村長の言葉に、禅爺が唸る。
「…うぅむ…今は国境に戦力を集中しておるからのぅ…。難しい所じゃな…」
そう言いつつ、俺の方をチラッと見る禅爺。
「…ホワイト、おぬしはスラティゴを拠点にしていると言っておったな…?何かいい案はあるかのぅ…?」
急に話を振られても、いい案などある訳ない…。禅爺から話を振られた俺は、しばらく考えた後に思いついた事を話した。
「…そうですねぇ…。各前線にいるPTや、能力者などに休暇を取らせるという名目で来て貰うのはどうです?あくまでも休暇ですが、今回のような件があれば防衛に出て貰うという事で。勿論、その分の報酬やら保証は別で出す、というのはどうでしょう…?」
「…おぬし、簡単に言っておるがそれでは前線が手薄になる。しかも金はどこから出すんじゃ…?」
そんな事言われてもなぁ…。お金はスラティゴが出すとして、そもそも前線に防衛が集中し過ぎてバランスが取れてないからこんな事になってるんじゃ…。
禅爺に突っ込まれて、再び考える振りをする俺。
「…その案、悪くないかと思いますよ?」
煩悶し、悩むふりをしている俺の前で、声を上げたのはリベルトだ。おおっ、さすが元軍人。言ってやってくれっw
「別に全ての前線から一組づつ戻って来て貰うのではなく、各前線からローテーションでPTか個人能力者に来て貰えばよいかと思います」
続けてリベルトが話す。
「領内の奥地であればSランクやAランクの者が一組かもしくは個人でもいれば、このスラティゴの防衛としての抑えは効くかと。一組のPTや個人能力者であればお金を出すのは海洋貿易をしているスラティゴであればさほど負担にはならないかと思いますが…」
リベルトの言葉に、皆一様に頷く。
「禅師先生、このスラティゴ防衛の件、何卒王宮に打診して頂けませぬか?勿論、スラティゴからも王宮に緊急伝書を送りますが、前線のPTや能力者を動かすとなると王宮に顔の効く先生でなければ…」
そう言いつつ、禅爺に頭を下げるアグラー村長。その隣で、エルカートさんも頭を下げている。二人に頭を下げられ、考えに耽る禅爺。
「…解った。何とか王宮にいるサエク様に打診してみる…」
村長とエルカートさんの嘆願を聞き入れた禅爺が俺を見る。
「…済まぬが今回の件で王宮からの裁可が下るまで暫くの間、おぬしにスラティゴ防衛を頼みたい。良いか…?」
…えぇ、まぁ良いですが…。了承しようとした俺の言葉をクレアが突然、遮った。
※補足。合成上位スキル『虚』は『神速』+『朧』+『すり抜け』でプラチナスキルです。