覚醒薬やめますか?それとも魔族やめますか?
エルカートさんが火炎魔法を使って、仲間だった衛兵達を天に送り出したその頃。村の外では、クレアのハイキックをまともに受けた吸血鬼ブラスレクが倒れたままだった。
「…何だ?こんなモノか…期待外れも良い所だな…」
クレアは呟きつつ、シーアを見る。シーアの方も既に狼達の殲滅を完了していた。
「シーよ。よくやった。本気でやって四、五秒と言った所か。無属性魔法も手慣れたものだな」
「手ごたえがないから全然面白くなかったでしゅ」
「まぁ、そう言うな。吹っ飛んだ吸血鬼を見ろ?わらわの適当な蹴りであのザマだぞ?所詮は力を手に入れたとてダメなヤツはあの程度という事だ…」
シーアは、クレアと交代で獣人のように変質した狼達を五秒掛からず、殲滅した。
まずはプロテクトを周囲に拡げてから、突進していく。狼達を吹っ飛ばしつつ、その中心辺りに到達すると無属性魔法『誘引』を使い、狼達を強制的に引き寄せる。
同時にいつも周囲に飛ばしているサーチの無数の小さな衛星を、自らの周りで超高速回転させる。
次の瞬間、強制的に引き寄せられてた変質狼達は、サーチで飛んでいる無数の衛星の高速回転でその肉体を削られた。
ジューサーの中に入れた野菜の如く、狼達はあっという間に粉微塵となった。
最後にシーアは『圧縮』を使い、周辺に飛び散った狼達の肉片を凝縮して一つの塊に纏めてしまった。
「後であねさまに燃やしてもらうでしゅ…」
そう言うと、凝縮した塊を慎重に瓶に入れるシーア。残り五十体程だったとは言え、クレアの言う通り、瞬時に判断しての無属性魔法の行使も手慣れたものだ。
二人が見ている前で、ブラスレクが漸く動き始めた。ヨロヨロと立ち上がるその姿は、腕は折れ顔面は半壊していた。
「…フ、フフッ…やはり人間は…この程度の力が…限界である…な…」
ブラスレクの独り言を聞き取ったシーアは、クレアに報告する。
「あいつ、シー達を人間だと思っているでしゅよ…?」
「…何だと?ヴァンバイアの癖にわらわ達の正体に気付いていないのか…?」
二人が話しているのが聞こえなかったのか、ブラスレクは一人ブツブツと喋り続ける。
「…つ、次は吾輩から、行かせてもらう、ぞ…。見るが良い、人間共よ…これが吾輩が手に入れた力だ!!」
そう言うとブラスレクは、「オオオォォッ!!」と声を上げる。
次の瞬間、まず上半身の筋肉が肥大化し盛り上がる。次に腕、両足と三倍程の大きさに肉体を変化させた。折れた腕と半壊した顔面も完全再生していた。
「…うわっ、気持ちわるいでしゅ…」
「…あれが何だと言うのだ?新しく手に入れた力?大きくなっただけでわらわ達に勝てると思うておるのか、アイツは…」
クレアが溜息を吐いて肩を竦める中、一人ブツブツ呟くブラスレク。
「…真覚醒薬アローゼルは血液によって吾輩の全身に巡り、爆発的な力をもたらす…。この力は人狼の能力を爆発的に引き出し、ヴァンパイアの吸血と爪攻撃による感染でその数を増やしていくのである!!」
ご丁寧に説明するブラスレクの話を、腕組みをしたまま聞いているクレア。その隣で、シーアが大きなあくびをしていた。
「…しかしながら狼達や人間のように弱い者ではこの新覚醒薬に感染すると耐えられず、その姿を変質させた後、爆死に至る…。この力は吾輩のように魔力が高く適性がある者でなくては使えぬのだ。吾輩は選ばれし者なのだッ!!」
徐々に興奮度を増し、叫びに変わったブラスレクの言葉に、再度溜息を吐くクレア。
「…能書きはいいから早く掛かって来い。精々、わらわを退屈させてくれるなよ?」
「ククッ…死に急がなくても今見せてやるわッ!!まずはオマエからだッッ!!」
ブラスレクは叫ぶと、その巨体を軽く跳躍させる。そして上からクレアに襲い掛かってきた。
「シー、下がっていろ。魔族のプライドを捨て、覚醒薬などというものに頼る愚か者の性根はわらわが叩き直してやるッ!!」
シーアはすぐに下がると、闘いを観戦する事にした。
ブラスレクの両手指から伸びた鋭い爪の攻撃を、スッと紙一重で躱すクレア。
ドゴオオォォォォンッッ!!
大きな音と共に、大きく地面が揺れて抉れる。
「…ふむ。確かに通常のヴァンパイアの動きではないな。人狼のそれの動きに近い。そしてパワーもそこそこ上がっている様だな…」
続けざまに両手両足の爪で、クレアに格闘戦を挑むブラスレク。しかしその攻撃は当たるどころか掠りもしなかった。
「フ、フハハハッ、引き裂かれたくなければ避けろ避けろォッ!!」
クレアは軽く体捌きで爪攻撃を避けつつ、龍眼で観察する。
…ほぅ。ただの爪攻撃かと思ったが、その先に魔力を込めているのか。スキルに魔力を流して攻撃、だから避けていても強く残ったスキルの残滓が、鋼線の様に相手を切り刻む、という事か…。
ブラスレクの攻撃を軽く捌いていたクレアのガントレットに、魔爪攻撃が干渉する。
それによってプラチナガントレットが斬れたり、破壊される事はなかったが、露出していた肘辺りを斬られてしまった。
…ほほぅ!!闘気アーマーを通り抜けたか!!中々面白いが…吸血鬼と人狼の力を融合させただけの芸の無い力だな…。
「フフッ、フハハハッ!!傷を負ったなッ!!もうオマエは終わりだァッ!!」
クレアはやれやれと言った感じで、肩を竦めた。
「貴様はバカなのか?この程度の傷でわらわが終わる訳なかろう?」
「人間よッ!!軽口を叩いていられるのも今のうちだッ!!ククッ、すぐに真覚醒薬が血液によって全身を巡り…」
そこまで言うとブラスレクは掌を上に向けて開く。
「…バァン!!オマエも村の中にいる警備兵のように怪物になり、最後には爆発するのだ!!」
「…フゥッ…貴様、未だに気付いておらぬのか?村の中から人間が爆死する音が聞こえたか?我が主とティーが対処しているのだ。そのような事にはならぬ!!」
そして話を続けるクレア。
「…貴様は凄く鈍い魔族なのか?それともその真覚醒薬とやらの力によって本来、魔族が持っていた感覚を失ったのか?魔族であれは上位種の存在に気付くであろう?」
「…ん?人間、何を言っている?まるで吾輩よりも優れた上位種の様な話し方だな…?」
二人のやり取りに、シーアは離れた所で腹を抱えて笑い転げていた…。
「…いししっ、あいつまだ気づいてないでしゅ…」
「…の様な、ではない。わらわは貴様より上位種の存在だ。それに気づかぬとは魔族のプライドを捨てた上に、大事な物まで失ってしまったようだな…」
クレアの言葉に、目の前で顔を強張らせたまま、すぐに飛び退くブラスレク。
「…何を知ったような口を…。吾輩は全ての魔族を上回ったのだ!!この先は吾輩が真の魔皇としてこの世界に君臨…」
そこまで言ったブラスレクの顔が蒼褪めた。目の前にいるクレアが、腕からアローゼルの効果を出して見せる。
「…こんなチンケな力を得る為に、魔族を捨てたか…。この程度の力ではフィーアを倒す事など出来ぬな…」
言った瞬間、ブラスレクに急速接近するクレア。
「…ではこれから面白いものを見せてやる。貴様を勘違いさせたこの力を使い、フィーに代わってわらわがお仕置きしてやろう…」
一瞬にして接近され、それが見えなかったブラスレクは危険を感じて、後ろへ逃れようとする。
しかし、アローゼル効果を得たクレアの動きには付いていけなかった。
ブラスレクの敗因は相手が何者であるかに気付けなかった事にある。上位種に力を感染させてしまった場合どうなるのか?
それを今から自らの肉体で思い知る事になる。
ブラスレクは、クレアの拳から吹き出す自身よりも強大な覚醒薬効果で、あっという間に半身を呑み込まれてしまった。
「ひィィッ…グフッ、グオォォォッッ!!そんなッ、バカなッ…吾輩の何倍もあるアローゼルを魔力で具現化するなどッ…」
そのまま、その場に倒れ伏すブラスレク。半身は失くしたが、ブラスレクはすぐに逃亡を図った。
瞬時に、自身を小さな無数の蝙蝠と化す。
しかし、蝙蝠化のスキルが強制解除され、元の半身に戻ってしまう。
「これで解ったであろう?貴様ではわらわを倒せぬ…。そして、ただ普通に貴様の得た力を見せてやるのもつまらんからな…オマケを付けておいてやったぞ?」
そこまで言うとクレアは、半身で倒れ伏したまま、あがくブラスレクに近づいていく。
「なッ、何故だッ…!!わ、吾輩の力がッ…スキルが強制解除されてしまうッ…!!」
「…少しだけ、わらわの体内で『怨蝕』を混ぜておいた。貴様はもうスキルも魔法も使う事は出来ぬ。では怨蝕に呑まれる前に…」
「…なッ、何ィッ『怨蝕』だとォッ!!ま、まさか…オマエ…いや…そんなバカなッ!!何故、黒龍が下界にいるのだッ!!」
クレアはブラスレクの胸倉を掴んで高く持ち上げる。
「…貴様もはぐれ者、わらわもはぐれ者だ。気付くのが遅過ぎたな。さぁ、時間だぞ?この状況を引き起こした貴様にお仕置きだ。死んだ者達に懺悔するんだな!!」
そして今にも、高速連打のラッシュを放とうとした瞬間、クレアの隣に白衣を着た老人が突然、現れた。
「…スマンが、お嬢さん。そやつはワシの大事な実験体じゃて…。そのまま消されると困るでのぅ、フォッフォッ…」
突然現れた老人は、クレアに持ち上げられていたブラスレクに小さな何かを投げつけた。
瞬間、ブラスレクはその場から消えてしまった。
「…ふむ。わらわに気配を感じさせる事無く接近するとは…。爺は人間か?」
「フォッフォッ、ワシか?ワシはとうに人間を辞めておるわぃ。お嬢さんこそ人間ではないな…?」
改めて対峙する二人。突然現れた老人を警戒し、シーアが戦闘態勢に入る。
「フォッフォッ、二対一は困るでのぅ。スマンが今日の所はワシも引き上げさせてもらうかのぅ…」
離れていたシーアをチラッと見ると、老人は瞬間、消え…いや、消える事が出来なかった。
スゥーッと消えていた老人の身体は、強制力を持って引き戻された。
「…何じゃ?何故、発動せんのじゃ…おかしいのぅ…?」
「一連の怪物騒ぎの元凶は爺か。やり過ぎたな。我が主から制裁があるのでな。逃がすわけにはいかぬのだ」
老人は足元を見る。クレアが影を踏んでいた事に気が付くとすぐに飛び退く。
「ほほぅ、影を使ってワシに干渉したか…。じゃが残念な事にその主とやらの制裁を喰らう訳にも行かんからのぅ。スマンがここらで退散させて貰う…」
再びスキルを発動しようとした瞬間、老人は肩をガッと強く掴まれた。
「オイッ、ジジィ!!…現れると思ってたぜ!!巨大センチピード、継ぎ接ぎキメラ。で、ついに魔族で実験か?人間まで巻き込みやがって、このマッドジジィが!!一番やっちゃいけない事をやりやがったな!!」
「…はて?何の事かのぅ…?」
惚けて後ろを振り返る老人。そこに幼児を背負った男が立っていた。