感染。
俺達は変質した森の狼達に襲撃されたスラティゴに来ていた。突然の狼達の変質、二つの傷と吸血化。そして異常な程の肉体増強とバーサーク化。
これは確実に、何者かが意図的に起こしたものだろう…。
厄介な事に、これを起こした元凶は姿を隠しているようだ…。そいつを捜す為に、俺はフラムに隠れているヤツがいないか聞こうとしたその瞬間―。
村の中から、大きな破壊音と共に激しい叫び声が上がった。
俺は慌てて振り返る。村の門は、狼の侵入を防ぐために閉じられていた。侵入されたとは思えないが…。
そこへ、リベルトが転移で門の外に出て来た。
「ホワイトさん、すぐに中に来て下さい!!大変な事になってます!!」
「どうした?中で何が起こってるんだ?モンスターが入り込んだのか?」
「…いえ、そうではなく負傷した衛兵が…」
言い澱むリベルトが発した次の言葉に、俺は衝撃を受けた。
「…負傷した衛兵が…モンスター化しています。このままだと村中が…」
俺は、負傷した衛兵がモンスター化していると聞いて、倒れて搾りカスの様になった狼を見た。
狼達との戦闘の際に傷を受けた事で何か細菌の様な物が入り込んだのか…?
「…ホワイトさん、これは『感染』に近いものかと思います…。恐らくですが噛まれたり、傷を負うと血液を媒介して狼達の様になるのだと思います…」
俺がリベルトの見解を聞いていると、数メートル離れた場所に突如、浅黒い肌をした体長二メートル程の男が現れた。
「…クックックッ、如何にも!!それは正に『感染』であるな…」
リベルトの見解に、拍手をする男。そいつは黄色い吊り上がった眼と牙を持った如何にもヴァンパイアと言った感じだ。
しかし着用していたタキシードは、筋肉の異常な増強によってほとんど破れ半袖半ズボン化している。
黒い髪は逆立ち、全身の血管が浮き出て脈動していた。
…元凶はコイツだな。やっと現れたか…。
「…吾輩、ヴァンパイアのブラスレクと申す。以後お見知りおきを…」
そう言った男は、胸に手を当て礼をする。
「これをやったのはお前か?吾輩くん…」
俺の質問に、礼をしたままピクっと反応したヴァンパイアのブラスレクはゆっくりと顔を上げると俺を見た。
「…ふむ。其方は人間かな…?」
「あぁ、そうだけど何か…?」
しばらくの沈黙の後、突然激昂するブラスレク。
「人間如きがァッ!!気軽に吾輩に話をするでないわッ!!新しく力を得た相手として人間では物足りぬが、まずはお前からである。その貧弱な肉体を引き裂いて血を啜り肉を喰らってやるわッッ!!」
「…あっ、そう。激昂してるとこ大変悪いけど、俺忙しいんだわ。俺が直接叩き潰したかったけどそうも言ってられないんでね…」
俺の言葉に、ブラスレクは村の方をチラッと見る。
「…そうであるな。早く行かぬとあの村は全滅であるな。ならば行くが良い。止められるものなら止めてみろ。お前が死んでいなければ後からゆっくり殺しにいってやろう…」
俺は、吾輩くんがなんかほざいている間に、皆に指示を出した。
「シーちゃん、クレアと交代で狼の殲滅。噛まれたり傷を負わない事…」
それからと言いつつ、続けて俺は指示を出す。
「ブラスクかフリスクか知らんけど、あのヴァンバイアはクレアが叩き潰してくれ。俺はすぐに村の中を確認してくる」
「解っておりますとも。しかしまぁ、新しい力を手に入れたとかでいい気になっている様な、はぐれ吸血鬼などわらわの相手にはなりませんがな…」
そう言いつつ狼を殴り飛ばし、蹴り上げるクレア。
「シーよ、交代だ!!狼達を全力で殲滅しろッ!!」
クレアと交代したシーちゃんはプロテクトを纒い、高速タックルで狼達を吹っ飛ばして行く。
クレアはブラスレクに高速接近すると、ハイキックで蹴り飛ばした。吾輩くんは相当自信があったのかクレアの蹴りを腕でまともに防御した。
その瞬間、腕の肉と骨を断ち切るようにメキメキメキッ!!と言う音と共に、クレアの蹴りが吾輩くんの腕を折る。
吾輩くんは、折れた腕ごと顔まで纏めて蹴り抜かれて地面を錐揉みしながら、数十メートル吹っ飛んだ。
「二人とも頼んだぞ!!」
それを確認した後、俺はティーちゃんとリベルトに声を掛ける。
「ティーちゃんとリベルトは俺と一緒に来てくれ!!」
「わかった!!」
「解りました」
「フラムも行くぞ?良いか?」
「あぅっ!!」
俺の言葉に、元気よく応えるフラム。俺達は急いで転移を使って村の中へ入った。
◇
村の中に入った俺は、愕然とした。二階建ての洋館のような商業ギルドの一角、医務室が大きく破壊されていた。元衛兵だった者達三人が巨大化して叫び声を上げながら、周辺の施設を破壊している。
その姿は正に異形と言った感じだ。
狼達と同じ様に、全身の筋肉が異常に盛り上がり、破裂しそうな勢いだ。顔はボコボコにむくれて腕や手指は、ゴリラの二倍はある。
体長も元の身長より二倍だ。膨張しむくんだ様なその姿には、もはや人間の面影は無かった。
「先程よりも更に巨大化しています!!早く手を打たないとマズイ事になります!!」
元衛兵達の余りの変貌に、呆気に取られていた俺はリベルトの言葉でようやく我に返った。そこへ、住民と商人、旅人達を海岸側へ避難させたエルカートさんが戻ってきた。
「あぁ、良かった。アンタ、来てくれたんだな…」
「エルカートさん、大丈夫でしたか?」
「あぁ、俺は大丈夫だ。他の者も全員避難させた」
「あの三人以外では狼から攻撃を受けた怪我人は?他にあの三人から攻撃を受けた人はいますか?」
「いや、あの三人以外は、負傷はしていない。あの三人が変化を始めた時には、幸いな事に回復士もギルド職員もそこにいなかったんだ。不幸中の幸いと言った所だな…」
エルカートさんの言葉に、俺は頷く。
「…後は任せて下さい。リベルト、アレは血液が飛び散るとヤバいんだよな?」
「そうですね。今回の症状は血液からの感染です。血液や肉片が周囲に飛び散らない様に…」
一旦言葉を止めるリベルト。
「…素早く処理しなければなりません…」
相手は元人間だ。言葉を選んだのだろう。リベルトは苦々しい表情だった。周辺に影響の出ない様に、か…。
俺は頭をフル回転させるが、目の前の怪物が元人間である事で動揺し、冷静ではいられなかった。
「…スマン、思考が纏まらない。どうすればいい…?」
俺の言葉に、リベルトが素早く答えを出してくれた。
「…まずはあの三人の足止めを。その後、範囲内で完全に凍結させて下さい。周辺に飛び散らない様に、範囲内で細切れに粉砕して…その後、完全燃焼させましょう。それで感染源は死滅させる事が出来るはずです…」
「…解った。まずはあの三人がバラバラに動き出す前に、俺が接近して足止めする。後はティーちゃん、凍結を頼む…」
「わかった」
「凍結した後、俺が粉砕するから…」
言い澱む俺を、ティーちゃんが見上げる。
「…一番つらい役をやって貰う事になるが、アンソニー以外、それを出来る者がここにはおらんのじゃ…。その後は、わたしに任せるんじゃ。あの三人が成仏できるように完全燃焼させるからの…」
「…あぁ、解ってるよ…」
仕方ないんだと、自分に言い聞かせつつも、気持ちはやるせなかった…。
「…エルカートさんとリベルトは念の為に下がってて…」
そう言いつつ、俺はフラムが落ちない様に布でしっかりと背中におんぶで括りつける。
そして俺は、『神速』を発動した。
「…始めるよ。神速発動!!」
一瞬にして元衛兵だった怪物の足元に接近した俺は地面に右手を付くと、範囲内でパラライズボルトを発動した。
バチバチッと激しい音と共に稲妻が明滅し交錯する中、三人を拘束した俺はすぐに元の位置に戻る。
「ティーちゃん、凍結だ!!」
「…うむ。氷結陣、『アイスフロスト!!』」
ティーちゃんの魔法発動ワードと共に、三人の下に青く光る魔法陣が現れ、同時に範囲内に白く光る氷と霜が降りる。
ダイヤモンドダストが現れてキラキラと光りを反射していた。氷結陣の範囲内が一気に凍結する。それを見て俺はアイスエッジとプラチナタガーを構えた。
俺は目を閉じる。
スラティゴには、よく盗賊を捕まえて連れて来たものだ…。ここの衛兵達にも短期間ながら顔を覚えて貰っていたんだ…。
差し入れをしたり、逆に色々な物を貰ったり…。その彼らを、今から俺が細切れに粉砕して殺すのだ…。一度は決心したものの、俺の気は重い…。
「…ホワイトさん、お気持ちは解りますが彼らを元に戻す事は叶いません。そして放置するとこの村が壊滅します。ご決断を…」
「…そうじゃ、今後もこのような事は起こりうる。彼らの為にもアンソニーがあの三人を開放してやるんじゃ…」
二人の言葉に、俺を目を開いた。
「…あぁ、解った。ティーちゃん、この後は完全燃焼で三人を成仏させて上げてくれ…」
「うむ。解っておる…」
フラムが俺を慰めるように、肩をポンポンする。
「…フラムもありがとうな、三人を化け物から開放してくる…」
俺は陰鬱な気持ちを振り切るように、完全凍結した三人に向かってファントムランナーを発動した。そして一気に間合いを詰めた後、神速四段で高速乱切りを放つ。
「神速四段、三方向から全力ストームラッシュッ!!行くぞッ!!」
一気に三方向から、タガー二刀で凍結した怪物を上から瞬間に細切れにしていく中、怪物になった元衛兵の目から涙が零れているように見えた。
たまたま、光が反射してそう見えたのかもしれない。しかし俺はその目が魂の解放を願っているように思えた。
殺してくれ、と…俺は感傷を抑え込む様に雄叫びを上げた。
「うおおおおォォッ!!」
神速四段、ストームラッシュでの高速乱切りで三秒、一気に氷のオブジェは細切れになり範囲内で崩れ落ちた…。
瞬間、俺の身体が光る。
≪合成上位スキル、『ストームライダー』獲得しました≫
いつものインフォにも、俺は何の感動も感じなかった…。すぐに俺はティーちゃんの元に戻る。
「ティーちゃん、やってくれ…」
「…解った。アンソニーよ、よくやった…。後はわたしに任せるんじゃ…」
俺達が見守る中、ティーちゃんが再び魔法を発動する。
「…成仏を願う。火炎陣、『轟炎…』」
しかし、ティーちゃんの魔法が発動する前に、後ろからエルカートさんが出て来て止めた。
「…済まない、待ってくれ。最後は…いや、最後くらいは俺がアイツらを送るよ…」
その言葉に俺はエルカートさんを見る。
「…大丈夫ですか…?」
「…あぁ、アイツらは数年前に初めてここに来た俺を仲間として認めてくれたやつらなんだ。俺もつらい所なんだが…逃げていられないからな…。だから最後は俺が…」
「…解りました。ティーちゃん、代わって上げて…」
「うむ。三人を天に送ってやるんじゃ」
無言のまま、頷いたエルカートさんは、すぐに魔法陣の構築に掛かる。
「…俺も魔導師だから同じ魔法が使えるんだ。この魔法は火炎系でも出力が高く、範囲内を完全焼却出来る…。三人とも成仏してくれ…火炎陣『轟炎昇流』…」
静かに魔法を発動したエルカートさんの目の前で、赤く光る魔法陣が構築される。
その魔法陣から、細切れになった三人の遺体を、青白い炎がまるで天に昇っていく龍のように燃やし尽くした…。